ルカス・この世界最初の日の出を共に
──執事のみんなと賑やかな年越しを済ませたあと、私は一度元の世界に戻っていた。
──みんなと過ごせた楽しい時間の余韻が、眠ってしまうのを惜しませる。すると、指輪からルカスの声が聞こえてきた。
「初日の出ですか……主様と拝みたいものですね」
──たぶん、 聞こえるように呟いている。だけど、眠気もこない私は、さっそく部屋着から着替えて指輪を着けた。
──「ルカス、ただいま」
見張り台に佇んでいるルカスに声をかける。夜目に金色の瞳がきらめいて、それから優しく嬉しそうに細められた。
──「初日の出を見たいんだよね?」
「はい。共に眺めて、主様との絆を深めたい私の健気な心に応えて下さったんですよね?」
──いたずらに笑うルカスは、相変わらず言うことが大胆だ。初めこそ戸惑って照れてばかりいたけど、そこに存在する温かな心には馴染んでいて、心地よくさえ感じるようになっている。
「実は、主様と初日の出を見るために勉強したんですよ」
──「勉強?この世界でも初日の出について学べる本があるの?」
「はい。東の大地は主様とも近い風習が残されておりますので、本も多いんですよ」
「例えば、そうですね……初日の出とともに、毎年お正月に各家にやってきて豊作や幸せをもたらすとされる神様が現れるとされ、おめでたいと考えられていて、 初日の出を拝むことで、年神様にその年の豊作や幸せを祈る意味があるそうです」
──「なるほど……」
「はい、その年の幸福や豊かな実りを司る新年の歳神様は、この初日の出と共に現れると伝えられていることから、それを直接お迎えするという意味が込められているとか」
──「初日の出って、すごい縁起物なんだね」
「そうですね、それもありますが……何より、日の出を見ると、心身に良い作用をもたらす事が科学的に証明されているものがあります。 朝、目を覚まして朝陽を浴びると「セロトニン」という物質が分泌されて、心身が目覚め、健康に効果的といわれています。 これを数分間ゆっくりと行なうことで、メンタルにも体にも良い影響があるんですよ」
──いかにも医者らしいルカスの言葉には、今年の私の健康を思いやってくれる心が込められている。
「私は執事としても医者としても、主様の心身の健康を守りたいですから……神頼みなんて、私らしくないですけどね」
──「でも、気持ちは嬉しいよ」
「ありがとうございます、主様。……きっと主様に出逢う前の私なら、こんなのは迷信だと無下にしていたでしょうね。主様は、私の心のありようまで変えてくれました」
──「ルカス……」
「おっと、主様が風邪を召されては初日の出も意味がないですね。これを羽織って下さい」
──ルカスは明るい声音で、私に厚手のポンチョコートを差し出してくれた。確かに冬の夜は冷えるし、彼の気配りをありがたく受け取る。
──「ありがとう、ルカス」
「いえいえ。他にも体が温まるように、スパイスと果物を使ったホットワインも用意してあるんですよ。よろしければお召し上がりになって、日の出までの時間を過ごして下さいね」
──ヴァンショーだろうか。厚みのあるグラスには、スパイスや果物が見える。受け取ると、華やかな香りが心地いい。
「まだ熱いですから、気をつけて下さいね」
──「うん。至れり尽くせりだね、ありがとう」
「私は執事ですから、主様のためにと動くことはら当然ですよ。……まあ、執事として以上に尽くさせて頂きたいのですが」
──「また、そうやって……」
「おや?私の本心であり真心ですよ?」
──ルカスは私の反応を見て楽しそうだ。私は照れ隠しにホットワインを口にしてごまかした。
──「美味しいよ」
「それなら良かった。ワインを使ったものは得意なんですよ。スパイスはミヤジに頼んで分けてもらいましたが」
──確執のあったルカスとミヤジが、普通に接することが出来るようになっている。何気ない言葉から感じられて、私は嬉しいと思った。
「──さて、そろそろ日の出ですね」
──「うん。この世界の初日の出は初めて見るから楽しみだよ」
──二人でお日様が昇る方向を見つめる。やがて空が夜の闇から朝へと変わってゆく。
──「お日様が出てきた。綺麗……」
──澄み渡った空気に、太陽の光が映えて美しい。私は息を呑んで見入った。ルカスも息をついて、まばゆさに感嘆した様子だ。
「本当に……美しいですね。これは、特別な日の出だから、あるいは……特別なお方と見る日の出だからか……」
「……昔の高慢だった私なら、初日の出も単なる夜明けとしか思えなかったでしょうね。それを今、心が揺さぶられるくらい美しいと感じられている……それも、主様と出逢えたおかげですよ?」
「主様は、私に美しいものや日々の幸せを味わう心をくれたんです。生きている一日の繰り返しに彩りをくれた主様には、感謝の念が尽きませんね。……こうして、二人きりで秘密のような時間を過ごせる喜びも、私は嬉しくて仕方ないんです」
──そこまで言われてしまうと、頬が熱くなるのを感じてくる。けれど、ルカスの言葉には真摯な思いが込められていると信じられる。それが胸を高鳴らせて、嬉しくて……照れ隠しも言えない。
──初日の出なら、元の世界で何度も見てきた。だけど、こうして一緒に見る人によって、こんなにも穏やかで素晴らしい気持ちになれる。
──「ルカス。それは、私も初めて知ったことだったよ。初日の出がこんなに綺麗に見えるのは、きっと……この世界での出逢いがあったから」
──どきどきして言いにくいけれどルカスの心に応えたくて勇気を出してみる。ルカスは私を見つめて目を見開き、それから満たされた微笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、主様。……つまり今、私達は心を通い合わせて日の出を見ているということですよね?」
──「え、えっと……」
──ルカスの言葉遣いに翻弄される。それでも、心に偽りも嘘も通用しない。ルカスの言い方はともかく、私は彼と見る初日の出を素晴らしいと感じている。
「ふふ、どきどきさせすぎてしまいましたね。……ですが、主様。この時間帯は冷え込みが厳しいですから、私から離れずに身を寄せて下さいね。互いの体温を重ねれば寒さもやわらぎます」
──「あの、ルカス……それって……」
「ほらほら、主様。風邪をひいてしまいますよ?」
──すっかり元の調子に戻っているルカスは、楽しそうにイタズラめいたことを言って……しかし、譲る気はないと言わんばかりに私との距離を詰めてきた。
──心臓が激しく脈打って、彼に聞こえそうなほどだ。私は気づかれないようにと、日の出に視線を移した。ルカスの方を見たら、絶対に気取られてしまうから。
──「ルカス……誘ってもらえて嬉しかったよ」
──気恥ずかしくても、素直な気持ちは伝えたい。そっと声に出すと、ルカスは温かい笑顔で返してくれた。
「……私も、主様が来て下さって嬉しかったですよ。夜明け前の時間にでも、私の声に応えて下さるんですから」
「主様からの想い、しっかり受け取りました」
──「ル、ルカス?」
「──なんて、これ以上言ったら主様の心臓がもちませんね。言葉を尽くしたい気もしますが、この辺りでやめておきましょう」
──今年もルカスには何かと心を揺さぶられそうだ……そう予感しつつも、私は寄り添ったルカスの体温が温かくて、お日様が美しくて……しばらく、このままでいたいと心の中で願っていた。