ハウレス・この世界最初の日の出を共に

──私がこの世界で年越しをすると決めて、大晦日の夕食はロノとバスティンが腕を奮ってくれた。

──少しでも私に馴染み深い……そして皆との大晦日を楽しめる食事をと、年越し蕎麦をはじめとして様々な料理が並んだ。

──私と食文化が近い、東の大地出身の執事の皆が喜んだことはもちろん、普段見慣れていない料理に興味津々な様子の執事たちの様子も、私には新鮮に見えた。

──私は、敢えて「皆と一緒に大晦日の食事を楽しみたい」と申し出て、特別に全員の揃う食堂で皆と夕食を楽しんだ。

──そして賑やかな年越しを済ませ、今はハウレスに部屋までエスコートしてもらい、余韻を味わっている。ハウレスは「暖炉の薪を増やしますね」と言って、私が冷えないように気遣ってくれた。

「主様、今夜は俺たちと過ごして下さって、ありがとうございました。とても楽しくて、忘れられない夜になりました。……この先、決して忘れたくない夜でもありますが」

──ハウレスは穏やかな笑みをたたえて、心から嬉しそうに話す。

──「私も忘れたくないくらい楽しかったよ。……でも、ハウレス……魚料理を前にして固まってたけど、大丈夫だった?」

「……あの料理ですか?まあ、正直に言えば……酢で味を整えた白米の上に、生魚の切り身を盛り付けた料理には衝撃を受けましたが……主様の世界では、海鮮丼と呼ばれているんですよね?」

──「うん。私の世界ではお刺身も好きな人が多いから。でも、この世界では珍しい料理だよね?」

「はい、生魚を食べる習慣そのものが珍しいです。東の大地出身のハナマルさんとユーハン、それから生魚を食べ慣れているラムリは美味しそうに食べていましたね。そんな彼らが少し羨ましくも思えました」

──「三人を羨ましく?」

「はい。──主様も嬉しそうに召し上がってらしたので……同じように楽しめる彼らは羨ましいです。主様と喜びを共有出来るわけですから」

──ハウレスの瞳からは、羨望と……微かな寂しさが伝わってくる。それを見て、そのままにしておきたくない気持ちが生まれた。ハウレスの寂しさを、喜びで埋めてあげられたらと願う。

──「なら、ハウレスも喜びを共有しよう」

「主様……?それは、どういう……」

──「一緒に初日の出を見よう」

「初日の出……ですか?」

──「新年の最初に見る日の出。二人で見て、思い出にしよう」

「主様……」

「……ありがとうございます。俺のために、そんな優しい心遣いをして下さって……俺は幸せな執事です」

──ハウレスは、一足先に……厳しい冬を乗り越えた花がほころぶような、柔らかくて見とれてしまう程の笑顔を浮かべた。

「日の出まで、少し時間がありますね。主様、仮眠を取られますか?」

──「大丈夫だよ。表に出るまで、一緒に部屋で話してよう。ハウレスも隣に座って」

「俺も、ですか?……いえ、執事の俺が主様の隣に座るなど……」

──「その方が、私も安心するから」

「安心して頂ける……ありがとうございます。そこまで仰って下さるのでしたら……恐縮ですが、座らせて頂きますね」

──ハウレスとの距離が近くなるのは少しだけ緊張するし、胸が高鳴るけれど、そこに嫌な感覚はない。むしろ嬉しさを感じて、私は日の出までの時間を、ハウレスととりとめのない会話を交わして……賑やかな年越しにも負けない充足感を味わった。

「──そろそろ日の出ですね。主様、コートとマフラーをお召しになって下さい。新年早々、風邪をひいてしまってはいけませんから」

──「うん、分かった」

──促されて、厚手のコートをはおり、フルーレが編んでくれたマフラーを首元に巻く。

「廊下はまだ薄暗いですから、お手をどうぞ」

──ハウレスが差し出してくれた手に自分の手を重ねる。彼の手の温かさに、とくんと心臓が跳ねた。気恥ずかしさで、手汗がにじみませんようにと願う。

──そして、二人で冬の花が咲く庭に出た。ハウレスが懐中時計を出して、時間を確認する。

「すぐに日の出です。あちらの空をご覧下さい」

──「ありがとう」

──重ねた手はそのままに、同じ空を見上げる。夜明け前の空は大いなる静けさで、うるさい程だった私の鼓動を落ち着かせた。

──「お日様が昇ってきた……綺麗……」

──思わず見入っていると、ハウレスもまぶしそうに見つめて、吐息のような呟きをもらした。

「……神々しいとは、こうした景色を言うのでしょうね。厳粛で、なのに慈しみを感じさせます」

「……この美しさに、とてもよく似た主様の記憶があります」

──「私の……?」

「はい。悪魔化した俺を主様が救って下さった時……あの時も、俺の中では……こんなふうに美しい光が射し込んできて、心を満たしてくれるような思いでした」

──「ハウレス……」

「叶うなら、何年先の未来でも……主様との記憶を重ねていきたいです」

「これは、俺の勝手な望みですが……いつか天使に脅かされない世界に出来ても、それでも俺は主様と……こうして日の出を迎えたいです」

──ハウレスは私に向き直り、吸い込まれそうな眼差しで言葉を口にする。彼らしい力強さで。

──それを受けとめて、私は自然と微笑んでいた。

──「ハウレスの願いは、いつかきっと叶うよ。私はそう信じてる」

「主様……。ありがとうございます、主様にそう言って頂けると、絶対に叶えてみせようと力が湧いてきます」

──そして、私とハウレスは、互いを離すことなく手を重ねて、昇ってゆく美しい太陽の光に誓いを重ねたのだった。

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