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[AI]言語聴覚士の読書~AIvs教科書が読めない子どもたち/AIに負けない子どもを作る~

病院ST(言語聴覚士)が読んだ本を咀嚼し嚥下する。リハビリセラピスト×ビジネス、時々短歌、自己啓発本の読書感想文。

[数値化のできない傾聴積み重ねAIには譲らぬラポール]

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はじめに[私と人工知能]

私はスマートフォンデビューをしたときからiPhoneを使い続けている。家では家族でiPadも使用し、3歳の娘もyoutubeで動画をみたりアプリで遊んでいる。ニュースで気になるワードも、今日の天気も、外食に迷った時も、まずsiriに尋ねる。そんなデジタル時代の利便性を毎日享受し、人工知能の技術は生活に当たり前に溶け込んでいる。5年程前から私が勤務する病院でも、ST部門の治療物品にiPadが登場するようになった。デジタルカメラやICレコーダーといった記録媒体、カレンダーやストップウォッチ等さまざまな機能が1台のiPadに内包され、絵カードや音読課題など治療に活用できるアプリも積極的に使用するようになった。それだけではなく、それまで主観的な評価が主だった発話明瞭度の評価にも、私はsiriを使用するようになった。音声入力装置で適切に反映されるかどうかが客観的な指標になるからだ。そもそも医療職種であるリハビリのセラピストは数値化が好きである。エビデンスに基づいた、客観的なデータや有意性に裏付けられた治療を良しとする。そしてこれはまさしく、人工知能の得意とする分野であろう。

[AI vs.教科書が読めない子どもたち 新井紀子著]

タイトルで惹きつけられる人も多いだろう。AIという先進的なHOTワードと子どもを対立構造としている。AIについて深く知りたいビジネスマン、"教科書"、”子ども"に親近性を持つ学生、育児に携わる親たちがつい手を取ってしまうタイトルになっている。その内容はさまざまな方が紹介し、要約し、レビューし、2019年ビジネス書大賞を受賞したお墨付きの一冊だ。著者の新井先生は『AIは東大に合格できるのか?』というプロジェクトのディレクターである。しかし、AIの特性をよく知る先生が述べるにはAIに東大合格は不可能だし、シンギュラリティ(技術的特異点、マトリックスとかターミネーターの機械が人間を超す転換期)は訪れないという。

ーーAIは意味を理解しているわけではありません。AIは入力に応じて「計算」し、答えを出力しているにすぎません。

AIは膨大ならデータを正確に記憶し数学で答えを導き出しているに過ぎず意味を理解しているわけではない。AIは読解力に弱点を持つ。映画のような世界はフィクションのままだ。だから、問題視すべきはAIが人間を超えていくということではない。計算しかできない、意味を理解していない、そんなAIのウィークポイントである読解力に劣ってしまう人間が、AIの苦手なものをなお苦手とする人間が、少なくないということだ。そういった人間がこの先AIに仕事を奪われるのは必然の未来である。

[AIに負けない子どもを育てる 新井紀子著]

前著では、読解力と生活習慣、学習習慣、読書習慣を比較しすべてにおいて相関関係を見出せなかった、というショッキングな結末だった。本著では、読解力テスト(RST)の詳細と例題、読解力を細分化したスキルの解説、そして読解力をどう伸ばしていくかについて提示されている。読解力のスキルはこうだ。

「係り受け解析」文の構造、文節の関係の理解「照応解決」代名詞が指す対象の把握
「同義文判定」2つの文が同じ意味か判定
「推論」前提から結論を導く力
「イメージ同定」文と非言語情報を対応する力
「具体例同定」定義と具体例の同定

短文の理解、文法の理解、言語と図の対応、語用論的側面、なるほど高次な言語理解力で展開される。

ーー(AIは)係り受け解析や照応解決、そして同義文判定の一部は、文章の意味を理解していなくても、パターンでもある程度解くことができます。けれども、推論、イメージ同定、そして次の具体例同定は、文が指す意味がわからないと、基本的に解くことができません。

AIにとって、前半に比べ後半は困難なスキルであり、それは多くの人間にも当てはまる傾向のようだ。しかし、私はこれを受けて、リハビリセラピストの仕事は簡単にAIに代替されないものであると確信した。

考察[リハビリテーションセラピストの仕事はAIに奪われない?]

10年後、20年後なくなる、なくならない仕事が話題になっている。有名なのはオックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授が発表した論文「雇用の未来—コンピューター化によって仕事は失われるのか」において発表された以下の図だ。

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聴覚訓練士、作業療法士が上位にランキングしている。他の指標でもセラピストの将来性はどちらかといえば楽観視できる結果が多い。私はこのランキングをかつて見たとき、やっぱ人に関わる仕事はAIには替わらないよね、リハビリってコミュニケーションが大切だもんね、と簡単に考えていた。しかし、今回このAIに関する2冊を通してその考えを深めることができた。そのキーとなったのが[イメージ同定]のスキルである。
[イメージ同定]は文と非言語の対応。私は言語を非言語情報と結びつける力、非言語情報に意味を見出し言語化する力だと解釈した。AIはこれを獲得するのに無数の教師データ(学習のための例題と答えのデータ)と紐付けしなければならない。私たちセラピストは臨床において、患者様の体格、姿勢、アライメント、運動動態、行動といった視覚情報から、聴覚、触覚で評価を深め、さらに性格や家族関係などのパーソナリティ、現病歴に至る目に見えない情報をすべて統合解釈し、問題点の抽出・治療プログラムの立案をする。訓練場面では1対1のコミュニケーションを持って対象者の最大限の能力を引き出し、機能向上を実践していく。この臨床の流れを実現するためにはあらゆる項目、レベル、それを掛け合わせた途方もない数のデータが必要になる。記載項目が決まっている計画書などには対応できても(技術実証が既に行われている)、非言語情報と言語情報を結びつけ、"意味をもって"個別具体的な介入を人に施していくことはAIには困難であろう。"なくなる仕事"はいわゆる業務がマニュアル化しやすい。だから、流れ作業として検査、テンプレートな治療を当て嵌める、そんな介入をしているセラピストや指導者は危機を待つべきだ。このような介入をしていてはAIに代替される"なくなる職業"になってしまう可能性も高い。

考察[読解力と臨床スキルを高めるために]

RSTの体験版では、私は具体例同定(理数)につまづいた。これはAIも最も困難とするスキルでもある。解説を読むに私は知的好奇心はあるが理数に苦手意識を持ち、論理と定義を理解する力が不十分のため経験で補おうとして自滅するーーまさに、と笑えるくらい言い当てられてしまった。では、読解力を高めるためにできることとして、RST、小中学校の紙上授業の例、プロジェクトの参加者の体験談を通して私なりに感じたことがあった。それは、読解力と臨床スキルの鍛え方は通じるところがあるということだ。
RSTの問題は、速く解けば良いものではない。AIと同じくキーワードを拾うような読み方では、必ず間違える。文に出てくる単語の定義、助詞の役割を理解し、各形態素の位置や全体の流れを把握する。問題と向き合い、細分化し、統合して解釈する。臨床における評価治療の流れと同じだ。"いかに目の前の問いに真剣に考え抜けるか"ということ。このテストはすごく頭が疲れる、評価治療も集中した思考が必要である。だから、今目の前にある臨床から逃げず、対峙し、考え抜くことこそ、リハビリテーションに携わるセラピストたちの"なくならない力"として高めていかなければならない。これは、どんなに時代が変化しても変わらない普遍的な生き抜くスキルなのだと思う。





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