新章・魔王の娘だと疑われてタイヘンです! 2巻第4章 魔神を倒す力ってなんなんですか!?①
「お父さまは隠しているつもりだったみたいだけど……」
「オレたちに隠れてつるんでた相手がまさか、魔神だったとはな……」
魔神同士の邂逅を密かに監視していた二人の少女がいた。
マナ・エナンジー、アラヤ・エナンジー。
魔王討伐の英雄の一人である魔法使い、サイオウが育てている双子の姉妹だ。
「このことはパパは知ってると思うか?」
「……思わないわ。ガビーロールの独断だと思う」
「じゃあ、パパを裏切ってるってことか」
アラヤは気色ばみ、こぶしを握りしめる。
「待ちなさい、アラヤ。ガビーロールは確かに裏切っていると思う。だけど、お父さまのことよ。それも想定の範囲内。そう考えているに違いないわ」
「……確かにな。パパなら考えてそうだ」
落ち着きを取り戻したアラヤを見て、マナはホッと胸を撫でおろした。
「だけど、アイツがなにをするつもりなのか、それは知っておいた方がいいと思うぜ」
むしろ冷静な妹の意見に一瞬驚かされるが、すぐに首肯する。
「そうね。それには同感よ」
そして二人は再び隠形の魔法に集中し、二柱の魔神の動向に注視した。
◇ ◇ ◇
「まさか魔神が現界に産み出されようとは。あなたもさぞやお困りのことでしょう、『母なる者』マリア。さぁ、私と共においでなさい。あなたは新たな同胞だ。喜んで力をお貸しいたしましょう」
表情の動かない面の奥でガビーロールが親しげに言う。
「その言葉は確かにありがたい。だが、遠慮させていただこう」
「……なんですと?」
「言葉のニュアンスから笑みが消えたな。そして現れたのは疑問ではなく怒り、か。私が申し出を拒否することは、貴公のシナリオにはなかったようだ」
一瞬の静寂。
二柱の魔神の間に緊張が走っているのが見てとれた。
「いやはや、確かにあなたが申し出を拒否することは想定外でした。ですが、他にどうするのです? 見ればなにやら苦痛があるご様子。私共魔神の仇敵である『聖女』や『将軍』らも、すぐにここを見つけ出しますよ? 彼女たちはそんなに甘い相手ではありません」
「そうだろうな」
「私の申し出の、なにが気に入らないとおっしゃるのです?」
新たな魔神はその質問に対し、あまりにも簡潔に答える。
「邪悪」
「……邪悪、とは?」
「感じるのだよ。貴公の口ぶりやその雰囲気から。私も魔神故、人間たちからは邪悪なる存在と位置づけられるのだろうが、それとはまた違う話だ」
マリアは正面からガビーロールを見つめ直した。
「新たな同胞だと言ったな? その同胞を誑かし、陥れて、なにをするつもりだ? 貴公からは、そういった邪悪な思惑しか感じ取れぬ。そも、私が現界に産み出された理由は、貴公が同胞である魔神を陥れ、その消滅に荷担したからか? それならば合点もいく」
「な、なにを、莫迦な……」
ガビーロールはたじろぐ。
「恐怖したな? ふむ、その閃きは実に興味深いな……」
魔神マリアの白い鎧の右腕がガビーロールの方へ伸びた。
虚を突かれたもののガビーロールはなんとか後方へと退く。
「私はな、ガビーロール、人の恐怖を糧にして新たな魔神を産み出す力を持っている」
「な……魔神が、新たな魔神を産み出す、ですと……?」
「故に恐怖の気配に非常に敏感なのだ。今、貴公が恐怖の感情に囚われつつあるのが、手に取るようにわかる。そこで閃いたのだ。魔神が感じた恐怖を元に魔神を産み出すことはできるのだろうか。そして、それはどんな存在になるのだろうか。貴公も興味があるのではないか? 貴公は好奇心旺盛な質だろう?」
「冗談ではありませんッ! 私も八柱の魔神将の一柱、『人形使い』ガビーロール! 産まれたての魔神に侮られるほど弱くはありませんよ!」
「ああ、いいぞ、ガビーロール。貴公の恐怖がより濃く感じられる。それこそが私の糧、それこそが私の滋養。わかるぞ、貴公の恐怖が、その恐怖の対象が」
「黙りなさい! 赤子ごときが、私のなにを知るというのです!」
ガビーロールは素早く空中に魔法陣を描き呪文を唱えた。
「終末の炎。地獄の炎。魂を焼き尽くす終焉の業火よ。裁け! かの者に永劫の断罪を!」
詠唱が完了すると魔法陣から赤黒い炎が怒濤のごとく噴き出し、マリアの白い鎧に包まれた身体を取り巻く。
「『インフェルナル・ブレイズ』。お察しかとは思いますがただの炎ではありません。魔神のあなたといえど、数秒で消し炭となります。その存在を消滅させることまではできませんが……」
だが。
魔神マリアは炎に取り巻かれたまま、涼しい口調で言った。
「魔神をも焼き尽くす魔法を常に用意しているというのは、貴公が魔神を陥れるつもりだという確たる証拠になりそうだ」
「な……」
そして、パチンと指を鳴らすと、マリアを取り巻いていた炎が煙のように霧散していく。
「もっとも、私を焼き尽くすことはできなかったようだが」
「莫迦な! 私の魔法を消去したというのですか!?」
「いい恐怖だ。力ある者の恐怖。それがなにより私の助けになる。おかげで痛みもずいぶんと楽になった」
「くっ……!」
ガビーロールはどこからともなく複数のリングを取り出すと、それを両手で回しはじめた。
それぞれのリングは少しずつズレながら回転し、大蛇がうねるかのような幻覚をもたらす。
「不可解、だな」
「フフフ、ただの大道芸だとお思いでしょうが――」
「いや、貴公の恐怖の対象が、だ。『不可解』『自分が理解できないもの』『想定の範囲外のもの』……いや、貴公はもっと狭量で、傲慢だ……ならば、こうか。『自分がこうだと思ったルールから逸脱しているもの』」
「黙れええええええええええええッ!」
◇ ◇ ◇
「これは!」
山中を先頭で進むラティシアがハッとして振り返った。
ロミリアも真剣な顔でうなずく。
そして、エリナも周囲をキョロキョロとしながら呟いた。
「なんか……山がビリビリしてる……」
「スカウティアの時に似てる……。鳥や山の動物たちも一斉に逃げだして……」
エリナに同意してフランも言う。
それはジントロル率いる魔王軍の残党が山に現れたときの記憶だった。
「あの時よりも、なんか何倍もすごい感じなんだけど」
「お見事です、エリナ様。その感覚を忘れないようにしてください」
とリエーヌ。
「じゃあ、これってやっぱり」
「はい。おそらくは、魔神の強力な魔力によるものと思われます」
だが、リエーヌのその答えにカナーンが異を唱えた。
「だけどおかしいわ。私には敵意のぶつかり合いに感じる。魔神になったマリちゃんがいるんだとしても、いったい誰と戦ってるっていうの……」
そんなカナーンにロミリアが同意する。
「カナーンの見立ては正しいわ。その疑問も含めてね。私にだってどうしてこんなことになっているのか見当が付かない」
「ではロミリア様、やはりこれは……」
「ええ。この魔力と気配、私にはそうとしか判断できない」
意見の一致を見たらしく、ロミリアとリエーヌがうなずき合った。
「二人でうなずき合っててもわかんないよ! なにが起こってるの!?」
「ごめんなさい、エリナ。どうやらね、魔神同士が戦っているようなの」
すぐに返ってきた質問の答えにエリナは目をパチクリとさせる。
「え? 魔神同士って戦うの? 仲間じゃないの?」
「だから、私にだって、どうしてそんなことになってるのかはわからないのよ」
「そこを議論してもはじまるまい。なに、人間だって人間同士での戦争なんていくらでもしている。魔神も一枚岩ではないということだろう」
ラティシアはその疑問を簡単に斬り捨てた。
だがエリナは食い下がる。
「もしかしたら、やっぱりマリちゃんの意志がちゃんとあって、他の魔神とケンカになっちゃったのかも」
「なっ…………おい、ロミリア! あり得るのか!?」
「わからないわよ、それも」
「まったく、おまえはなにもわからないのだな」
「ラティシアだってわかってないから私に聞いているんでしょうに」
「なんだと?」
「なによ?」
また険悪になった二人だったが、それをエリナたちに紹介でもするようにリエーヌが手のひらを向けた。
「この様に、立場ある大人であっても、いくらでもケンカをしはじめる方はいらっしゃるということです。魔神であってもそういうことはあり得るということなのでしょう」
なるほどとばかりにエリナたち三人はうなずく。
「でもさ、ロミリアとラティシアさんの場合は、仲がよすぎてケンカしちゃう感じだよね」
「な、なにを言い出すのよ、エリナ」
「だってロミリア、ラティシアさん相手だとりっくんの時とも違う感じだよ? もっと砕けてるっていうか……なんだろ? 気心が知れてる? っていうの? 女の人同士だから?」
「……そう言われれば、ロミリア先生、ルナが相手のときとも少し違う感じですね」
「でしょ、カナちゃん!」
カナーンの援護にエリナが喜んだ瞬間のことだった。
「ああああああああっ!」
フランが頭を抱えて声をあげる。
「な、なに!? フラン、どうしたの!?」
「え、えっと、あの、その」
フランはハッとしてエリナを見、カナーンを見、ロミリアとラティシアは飛ばしてリエーヌを見た。
そして慌てて、その袖を引っ張り、耳に手を当てる。
(エリナがあんなこと言うから、やっぱり昨夜はあの二人、お酒を飲んだだけじゃなかったのかなとかそういうアレがもうっ、もうっ)
リエーヌは一秒ほど考えてから、フランの耳にその返答をした。
(フラン様の、ス・ケ・ベ)
「リエーヌさぁぁんっ!」
ポコポコ叩きながらリエーヌにすがりつくフラン。
呆れた様子で「いつの間にかあの二人、すごく仲よくなってるね」とか話し出すエリナとカナーン。
ロミリアとラティシアはそれらを見てからお互いの顔を見合わせた。
「……ま、私たちが悪いわね」
「同感だ。確かにおまえ相手だとどうもたがが外れてしまう。猛省しよう」
そして、お互いにうなずく。
「はい、みんな注目! まずはごめんなさい。私たちが悪かったわ。もうこんな言い合いはしないから安心してちょうだい」
「私からも謝罪する。それよりも急ごう。向こうが戦闘してくれている今が好機だ。こちらの接近に気がつかない可能性が高まる」
「あ、そっか!」
「私とリエーヌで結界を張り巡らせる余裕もあるかもしれないわ。ともかく、地下迷宮の入り口まで急いで行くわよ。どうするかはそれから次第ね」
ロミリアとラティシアの指示にエリナたちもうなずいた。
「そうだ。コル、コル」
名前を呼ばれてエリナの服の中からコルが顔を出す。
「このすぐ先に地下迷宮の入り口があるはずなの。先に行って、入り口探しておいてくれない? 入り口は風が通るはずだから、コルならわかると思うんだ」
エリナの言葉を完全に理解しているのか、コルはキィと一声鳴くとエリナの服の中から完全ぬ抜けだし、バサリと一つ羽ばたいて上空に舞いあがった。
「よろしくねー」
また一つキィと鳴いてコルは飛び去る。
「じゃあ、行こう!」
そして、エリナたちも地下迷宮の入り口目指して山中を足早に進んでいった。
◇ ◇ ◇
ガビーロールは無数のリングを絶え間なく四方八方に投げつける。
それぞれのリングはそれぞれ違った軌道を描きつつも、魔神マリアに向かっていく。
リングは鉄の円盤をくり抜いただけのものだったが、ガビーロールの魔力付与によって鋼鉄の鎧でも紙のように断ち切れるほどの鋭さを持っていた。
それに加え、それぞれのリングは次なる魔法の起爆スイッチの役割を果たしており、対象を斬りつけた瞬間、そこを発火点に爆炎の魔法が発動する。
物理攻撃と魔法攻撃を同時に行うガビーロールの必殺の技だった。
だが、マリアはそんな無数のリングによる波状攻撃を、まるで蠅でも追い払うかのように、無造作に撥ね除ける。
鋭いはずのリングの刃にも、その刃が斬りつけた瞬間に発動する爆炎にも、まるで意に介した様子は見られなかった。
「なんだというのですか、あなたのその防御力は! プロシオンの爆発を利用した防御も凄まじいものがありましたが、あなたのそれはそんなレベルのものではない!」
「私の鎧は何者の攻撃からも身を護る。それだけのこと」
「戯れ言を!」
次々とリングを繰り出し、マリアを攻撃するガビーロール。
一切の攻撃が通用しないことに焦りを感じつつも、ふと、マリア側からの攻撃が一切ないことに気がついた。
「なるほど。防御力ばかりに気を取られていましたが、その力の代償として、あなたの方からも私を攻撃する術がない。そういうことなのですね!」
「確かに、私から攻撃する術はないな」
「それならば、いくらでもやりようはあるというもの!」
ガビーロールが手を合わせると、その間から一メルトほどのスティックが現れる。
軽やかにスティックを回転させるガビーロールだが、唐突にそれを逆回転させたかと思うと、スティックから布が現れ、ガビーロールの姿を隠した。
そしてスティックがもう一回転し、ガビーロールが姿を現したとき、その姿は何故か二つに増えていた。
さらにそれぞれのスティックがもう一回転し、二体となったガビーロールがさらに二体、すなわち四体へと増殖する。
「フフフ、驚かれましたか?」
「……貴公は『人形使い』。別段驚くには値しない」
「フン、かわいげのない。ですが、その余裕もここまでです」
四体のガビーロールはそれぞれに分かれ、魔神マリアを四方から取り囲んだ。
そして、同時に空中に魔法陣を描きはじめる。
「どんなにあなたが防御力が高かろうが無駄なことです! あなたをその周りの空間ごと封印させていただきますよ!」
「ふむ、四体の人形を同時に操りだしたのは、四方から結界を構築するためか」
「今頃気がついてももう遅いです。あなたには私の仲間になっていただきたかったのですが」
「仲間? 手駒の間違いであろう」
「その減らず口ごと封じてさし上げます!」
マリアの四方に配置された魔法陣が輝き、封印が為されようとするその瞬間、何者かがガビーロールの一体に襲いかかった。
詠唱が中断され、消滅してしまう魔法陣。
襲われているガビーロールは地面に押し倒され、その仮面ごと木製の頭部をねじ切られていた。
「な!? なんですか、あなたは!」
ただの木偶と化したガビーロールを踏みつけにして起ち上がったそれは、鼠の頭をした人型とでもいうべき存在だった。
「鼠の獣人!? いえ、この気配はまさか……」
鼠人間がその齧歯類特有の口でしゃべる。
「マザー・マリア、この人形共を駆逐すればよろしいですか?」
「然り。頼んだぞ、我が子よ」
「承知しました」
恭しくマリアに頭を下げる鼠人間。
だがその瞬間、足元の人形が突如として動きだし、鼠人間に爆炎の魔法を放った。
その衝撃に鼠人間の上半身は吹き飛び、下半身はどうと倒れる。
「鼠風情が! 私を侮らないでいただきたい!」
一体のガビーロールがそう叫んだのも束の間、さらに物陰から鼠人間が複数現れて、それぞれがガビーロールに襲いかかった。
「くっ、このっ! これは、いったい!?」
鼠人間は次から次へと地下迷宮の物陰から現れ、ガビーロールに襲いかかっていく。
「我が子らよ、おまえたちを犠牲にすること、申し訳なく思う」
「我らはマザー・マリアによって産み出されたもの。マザー・マリアのためならば喜んでその犠牲となりましょう」
「感謝する」
そうしている間にも、ガビーロールの魔法によって何体もの鼠人間たちが肉片となり、ガビーロールの方もまた一体、また一体と動かなくなっていった。
そして――
「わかりましたよ、魔神マリア。あなたは鼠を群体ごと魔神と化したのですね? どおりで一匹一匹を支配しようとしてもできないわけだ」
「人間の精神を媒介にした魔神よりははるかに脆弱な存在ではあるが、魔神は魔神。貴公のように策を弄するタイプの魔神にはこの数は有効だろうと考えたのだが、図に当たったな」
残り一体となってしまったガビーロールを、さらに出現した鼠人間たちが取り囲む。
「……仕方がありませんねぇ。この手段だけは使いたくなかったのですが、そう言っている場合ではないようです」
「なるほど。貴公ならば、この場から逃げ出す手段はいくらでもあるだろうな」
「いえいえ、滅相もない。私としてもあなたのような危険な魔神を放置しておくことはできませんから。そう、あなたのおっしゃった通りですよ。あなたは少々、ルールから逸脱していらっしゃる。ルール違反を犯した者には退場していただくのがこの世の決まりです」
二柱の魔神が相争う一部始終を見ていたマナとアラヤは、その凄まじさの前に顔を青ざめさせていた。
「……アラヤ、もう充分よ。巻き添いになる前に、ここから逃げ出しましょう」
「あ、ああ……そうだな……」
『爆炎を纏う者』プロシオンの戦いも凄まじいものがあったが、あの戦いはエリナたちを試していたのか、どこか遊んでいるような雰囲気があった。
だが、この戦いは違う。はじめから本気なのだ。
もちろん、どちらもまだまだ手の内は隠していそうだが、だからといって様子を見ている風でもない。
本気の魔神と相対したとき、果たして自分はまともに戦えるだろうか。
「アラヤ!」
「ご、ごめん、マナ」
「なにを考えてるのかわからないではないけど、わたしたちにはまだ早いわ。プロシオンにだって、あの子たちが協力してくれなきゃ勝てなかった」
「でも、オレたちにはあれがあるじゃないか」
「だからよ。わたしたちには魔神を倒す力がある。だから、戦わなくていいところで戦う必要はないの。もっと強くなって、こんな戦いにも割って入れるくらいになったらで充分。それくらいにまでなって、手の内の一つとして考えておく程度でちょうどいいのよ。わたしはそう思うわ」
アラヤにも言いたいことがありはしたが、マナの正論を覆せるほどのものではなかった。
言葉をぐっと飲みこみ、アラヤは双子の姉にうなずく。
だが。
「ずいぶん殊勝な心がけですねぇ。私としては、その魔神を倒す力、今ここで使っていただきたいと考えているのですが」
その声に驚いて二人が振り返ると、そこには道化師の人形が立っていた。
人形の背丈は一メルトの半分のさらに半分といったところで、魔神マリアと戦っているものとはその大きさに雲泥の差があったが、それはまさしく魔神ガビーロールそのものだった。
二人は咄嗟に呪文を唱えようとしたが、まるで口が動かせないことに気がつく。
口だけではない。手も足も。
その感覚はあるのだが、身体がまるで自分のものではないように、まったく動かせなくなっているのだ。
視線もまた、道化師の人形に向けられたまま、まったく動かせない。
「ふむ、大した力を持ってはいますが、抵抗力はやはりまだ子供といったところですねぇ。ですが、隠形の魔法は見事なものでしたよ? 私もはじめからつけられていることに気付いていなかったら、見破れたかどうか。ええ、ええ、おかげでこうして私が利用できるというものです。あちらの方に先に気付かれていたら、あなたたちを魔神にされてしまうところでした」
「…………っ」
「おや? お二人ともまだ意識を保っていらっしゃる? 抵抗力は子供などと申してしまいましたが、精神力の方はなかなかですねぇ。ですが、それでは少々面倒ですので、お二人の意識には眠っていただいて、身体の操作は私の方でお引き受けいたしましょう」
道化師の人形は小さな両手を開いて見せた。
「あなたたちは私が三つ数えて手を打ち鳴らしたら眠りに就きます。いいですか? ワン・ツー・スリー」
そして、人形の手がパチンと打ち鳴らされる。
マナとアラヤは、そこで完全に意識を失った。