新章・魔王の娘だと疑われてタイヘンです! 2巻第1章 美形の皇子様がやってきました!①
『爆炎を纏う者』の二つ名を持つ魔神プロシオンとの戦いの後、ランドバルド邸に帰ってきたエリナたちは、入浴し夕食を食べ終えると、すぐにうつらうつらと頭を揺らめかせはじめた。
「今日はお疲れ様でした。エリナ様、フラン様、カナーン様、どうかお部屋に戻られてお眠りくださいませ」
「ううん。確かにもう眠くなってきちゃってるけど、ロミリアが帰ってくると思うから、わたし、それまで待ってる」
エリナは眠い目をこすりながらそう言う。
「エリナ様、しかし……。ロミリア様がいつお帰りになるかは……」
「ロミリアが向かったのはウィンザーベルでしょ? だったらすぐ戻ってくるよ。わたしだって、フレイムに乗って行ってきたことあるくらいだし」
フレイムとはランドバルド家で飼っている牝馬だ。
エリナはしばらく前にその馬にフランも乗せて、ノクトベルの隣町であるウィンザーベルまで行って帰ってきたことがあった。
「エリナ、それ……」
「あ」
フランの言葉にエリナは開けた口を慌てて押さえる。
だが、時すでに遅し。
大方の事情を察したリエーヌはふぅと大きくため息をついた。
「つまり、リクドウ様の許可も取らず子供二人だけで隣町まで行ったことがあると」
「いやっ、あのっ、それはっ…………はい」
上手い言い訳が思い浮かばず、エリナはすぐに観念してがっくりと頭を下げる。
「違うんです! あれは私がお父さんのお誕生日にちょっと変わったものをプレゼントしたいなんて言い出したから!」
「それでウィンザーベルに行こうって言ったのわたしだよ? 別にフランが悪いわけじゃないって。悪いのは全部わたし。フレイムに行ってもらったのもわたしだし」
「でもそれは私のためでしょ!?」
「それはそうなんだけど、やっぱり『りっくんに連れられて』じゃなくて、一度自分で行ってみたかったってのもあって……」
「コホンコホン」
自分が悪いと言い合いはじめたエリナとフランをリエーヌは咳払いで制した。
「それはいつ頃のお話でしょうか?」
「えっと……もう半年くらい前?」
「うん、それくらいかな」
「それならば、以後そういったことのないようにお気をつけくださいませ」
リエーヌの言葉にエリナとフランはきょとんとする。
「いいの?」
「よくはありません。子供たちだけでそんなに遠くまで行くなんて……。どんな危険があるかわかったものではありませんから」
「うう、ごめんなさい……」
「ですが、過去は過去。それが私がまだここに来る以前のことというのなら尚のこと、それ以上言うべき言葉は持ち合わせません」
「リエーヌ……」
「もっとも、報告はいたしますので、リクドウ様がどうおっしゃるかまでは存じませんが」
「ああっ! リエーヌずるい!」
「別にずるくはありません。メイドとして当然の責務です」
ツンとして縋りつくエリナを突っぱねるリエーヌだが、フランの目にはリエーヌがエリナのこの言動を引き出したくて、リエーヌがわざとツンとした態度をしている様に見えていた。
(絶対そうだと思う。……だって、私もたまにやるし)
などと思いつつ、フランはふとカナーンが先ほどから黙りこんだままであることに気がつく。
疲れて寝てしまったのかと一瞬思ったが、カナーンの目は開いていた。
なにか考えごとでもしているのだろうか。
その視線はどこを見ているわけでもないように見える。
「カナちゃん?」
「っ……あ、ああ、ごめんなさい。なに?」
「ううん。なにを考えてるのかなって思って。……もしかして、私がエリナとウィンザーベルまで行った話を聞いて焼きもち焼いちゃったのかな、とか」
「そ、その話は楽しそうだし羨ましいけど……私がここに来るより前の話ということなんでしょう? だったら、別に、しょうがないじゃない」
軽い冗談で言ったつもりのフランだったが、カナーンも少しはその辺りのことを考えていたらしい。
「そうじゃなくて、その……剣のことを少し、考えていて……」
「剣のこと?」
「魔剣で魔神の腕を斬ったでしょう? あの時のあの感覚はきっと、私の力になる……。ルナが今まで私に言ってくれてたことが、私の中で繋がっていく感じがあるの」
それは自らの成長を実感しているという意味の言葉だったが、カナーンの瞳にはそれだけではない複雑な色が渦巻いているようにフランには見えた。
「……そっか。ルナルラーサさん、早く帰ってくるといいね」
「なっ――」
フランの言葉に絶句し、顔を真っ赤にするカナーン。
「……なんで私がルナに報告したがってるってわかっちゃうのよ」
「ふふふ、なんとなく。でも当たっちゃったみたい」
剣士としての凛々しさと初心な少女としてのかわいらしさを兼ね備えるカナーンに、フランもすっかりご満悦である。
「あ、エリナ」
カナーンのその声に視線を戻すと、エリナはいつの間にかリエーヌの肩にその頭をもたれかからせていた。
リエーヌは口元に人差し指をあて、フランとカナーンに静かにするよう指示する。
だが。
「――馬の音、聞こえた」
エリナが唐突に目を開けて、リエーヌの肩から頭を起こした。
「ごめん、リエーヌ。ちょっとうとうとしちゃってたみたい」
「問題ありません、エリナ様。ですが、よく気がつかれましたね。私の感知魔法にはようやく今、その存在が確認できたところです。街の門のところでしょうか」
「でも、一つじゃなかったよ。たぶん、三つ……」
まだ眠いのだろう。エリナは右に左にと首を曲げながら言う。
「私にも聞こえたわ。確かに三頭いるみたい」
「……全然わかんない」
カナーンまで聞こえたと言いだしたので、フランはおいてけぼりを喰らったように感じて、ちょっと口を尖らせた。
だが、そんなフランにもやがてその足音が聞こえてくる。
ランドバルド邸は街の外れにあるため、他の音がない夜などには迫ってくる馬の足音くらいは気をつけていれば聞こえるのだ。
「でもきっとロミリアだよ! わたし、お出迎えしてくる!」
「エリナ様! お待ちください! エリナ様! ……ああ」
「行っちゃいましたね、エリナ」
「私たちも行きましょうか。フラン、リエーヌさん」
そして、エリナたちは玄関の外で、やってくる三頭の馬とその騎手を出迎えた。
先頭の一頭から慌てたように女性が飛び降り、エリナに駆けよる。
「エリナ! 無事だったのね! 本当によかった!」
「ロミリア! おかえりなさい!」
エリナはロミリアの広げられた両腕の中に飛びこみ、その豊満な胸に顔をうずめる。
「魔神はやってこなかったの? てっきりガビーロールの策略だと思っていたのだけど」
「ううん。魔神は来たけどガビーロールじゃなかったの。プロシオンっていう爆発する魔法を使う魔神だった」
「『爆炎を纏う者』プロシオン!? よくぞ無事で……」
ロミリアはエリナのみならず、フランに、カナーンに、そしてリエーヌにも目を向けて、その無事を再度確認した。
リエーヌが進み出て、深々と頭を下げる。
「申し訳ありません、ロミリア様。私がこうして五体満足なのはエリナ様方のおかげ。ロミリア様にお任せいただいたにも拘わらず、自らの未熟を知らされるばかりでございました」
「そんなことないよ! リエーヌすごかったんだよ! 本当に、本当に、すごかったんだよ! ね、フラン、カナちゃん」
フランとカナーンはエリナのその声にうんうんとうなずいた。
「みんなでがんばってなんとか撃退したというところかしら。魔神相手によくがんばったわね」
「ロミリアも魔神と戦ったの? ……怪我とかはないみたいだけど……もう治しちゃった?」
「そう、私の話もしないといけないわね。襲ってきたのがガビーロールじゃないというのなら、情報をもっともっと集めなくちゃ」
ロミリアの言葉にリエーヌが再び頭を下げる。
「僭越ながらロミリア様。お話ならば、中に入られてからごゆっくりと。それと、よろしければお連れの方をご紹介――――」
そこまで口にして、リエーヌは言葉を途切れさせた。
そして、珍しく慌てたようにかしこまり、お辞儀し直した。
「大変失礼いたしました。私の記憶に間違いがなければ、そちらの騎士の御方は、ラティア・ラティシアーナ・フォン・ホーエスシュロス様ではございませんでしょうか」
騎士は軽やかに馬上から降りたち、優雅に一礼する。
金属の全身鎧を身に着けているにも拘わらず、その動きには一点のぎこちなさも感じさせなかった。
「いかにも、我が名はラティア・ラティシアーナ・フォン・ホーエスシュロス。だが、リクドウのところのメイドがなぜ私の顔を知っている? 何処かで会ったことがあっただろうか」
「幼少のみぎり、ブレナリアの王宮でお目にかかってございます」
「ふむ……? おおっ、確かレイアーナの従妹であったな。そうか、あの幼子が。ふふふ、歳はとりたくないものだな」
「お言葉を返す無礼をお許しください。私が今、一目で思い出せましたのも、ホーエスシュロス将軍閣下があの頃と寸分違わぬ凛々しさと美しさをお持ちでした故です」
リエーヌのその言葉を後ろで聞いていたフランとカナーンが首を傾げて目と目を合わせる。
「「…………将軍閣下?」」
「この御方は、リクドウ様と共に魔王討伐の英雄の一人。ヒュペルミリアス皇国『凱旋将軍』ラティア・ラティシアーナ・フォン・ホーエスシュロス将軍閣下です」
「「「えええええっ!?」」」
未だロミリアに抱きしめられているエリナまで加わって、三人が驚きの声をあげた。
「そうかしこまる必要はない。故あって、今は『元』将軍の身だ。その辺りの話も中で改めてするとしよう」
「待って待って待って」
ぞろぞろと家の中に入る雰囲気になったところにエリナが待ったをかける。
「えっと、それじゃあもう一人の人は?」
その疑問に、一同の目がただ一人馬上に残っていた年若い騎士に向けられた。
将軍閣下が出てきてしまったのである。
フランもカナーンも、そしてリエーヌまでもが、「もう一人は従者だろう」と思いこんでいた。
「感謝いたします、レディ・エリナ!」
年若い騎士は颯爽と馬を降りたち、唐突にエリナの前で片膝をついてその手を取った。
「いつ自己紹介したものかと困っておりました! 貴女こそ僕の救世の女神。リクドウ様には養い子がいるとの話は先生から伺っておりましたが、魔王討伐の勇者の養女である貴女もまた救世の女神であったとは! どうかこの僕に、女神の手に口づける栄誉をお与えください!」
「ええええっ――」
エリナが驚いた瞬間、その手を振りほどくように年若い騎士とエリナの間に二人の影が立ちはだかる。
「エリナ、大丈夫!?」
「う、うん、大丈夫だけど……」
フランはエリナを抱きかかえ、カナーンは若い騎士に対峙した。
「エリナへの狼藉は私が許さない!」
驚き目を丸くする若い騎士。
よく見れば、エリナたちより一つか二つ上くらいの美形の少年だ。
「なんてことだ……」
少年は大仰に額に手をあて、天を仰ぐ。
「救世の女神は三位一体の美の女神であらせられたのか!」
「「は……?」」
この反応にはフランとカナーンも困惑した。
なにを言っているんだ、こいつは。
だが幸いにも、元将軍閣下の一声で事態は終息する。
「殿下。またおべっかばかりで、自己紹介をお忘れになっているようですが?」
「申し訳ありません、先生!」
そして少年は改めて優雅な一礼をした。
「僕はヒュペルミリアス皇国第一皇子ヨハン・アルフォンス・アルビレオの第三子、マリウス・マクシミリアン・アルビレオと申します。美しき女神たちよ、この僕に貴女たちの名を知る栄誉をお与えください」
ランドバルド邸の中で話し合いをとのことだったが、夜更けであり、ロミリアたちもかなり馬を急がせて来たこともあって、話し合いは一晩ゆっくり休んでからということになった。
エリナたち三人も驚きで目が冴えてしまってはいたが、気力も体力ももう限界だった。
「はぁ、なんかすっごい色々あった一日だったね……」
ベッドに入ってすぐにエリナが言った。
「魔神と戦った後にこんなに驚くようなことがあるなんてね……」
とカナーン。
「まさかヒュペルミリアスの皇子様だなんてね……。確かに整った顔立ちではあったけど……」
フランがため息混じりに言う。
「……わたしたち、美の女神だって」
「「ぶっ」」
「くっくっくっ、も、もぉっ、寝たいんだから笑わさないでよ、エリナ」
「わ、私もさすがにあれには唖然としちゃった。ふふふふふふふふっ」
頭を並べてくすくすと笑い合う三人の少女たち。
「でも、あの人、べつに悪い人ってわけじゃないと思うよ」
その言葉にフランとカナーンはそれぞれエリナの方を向いた。
だが、エリナは天井を向いていて、その目蓋もゆっくりと閉じていく。
「それにね、あの人、たぶんね――」
途切れ途切れの言葉。
フランとカナーンは言葉の続きを待ったが、聞こえてくるのはもう安らかな寝息だけだった。
「……気になる」
「でも、起こしちゃダメだからね」
「わかってるわよ。今日は本当に大変だったもの。私たちも寝ましょ」
「うん。おやすみなさい、カナちゃん」
「おやすみ、フラン」
二人がそう言うと、もうとっくに寝たものだと思っていたコルがその寝床でキィと小さな鳴き声をあげた。
§ § §
「おはようございます、エリナ様」
「うん、おはようリエーヌ。助けて」
朝になって起こしにきたリエーヌにエリナは助けを求めた。
エリナの右腕にカナーンが、左腕にはフランが、がっつりとしがみついたまま未だ深い眠りの中にあったのだ。
「実のところ、エリナ様が起きていらっしゃらなかった場合はそのままお休みになっていてもらおうとも考えていたのです。ですが、こうして目を覚ましていらっしゃる。お客様もお迎えしていることですし、やはりホストたるエリナ様には朝食の席にはいていただいた方がよいかと」
「うん、だから、助けて」
「どうしても抜け出せそうにない、と?」
「かなり乱暴にすれば抜け出せる……のかなぁ? でも、やっぱり起こしたくはないんだよね」
リエーヌは表情を変えぬまま小さくうなずく。
「リエーヌ、今笑った?」
「……笑ってなどおりません」
「そう? なんか、フッと空気が緩んだ気がしたんだよね。嬉しい感じがした」
「……気のせいでしょう」
「あー、やっぱり今笑った」
「……お二人が起きてしまいますよ」
「おっとっと。そうだった」
意図せず主人の前で笑うなど、メイドとしてあるまじき行為。
リエーヌは日頃そう考えており、昔から感情を表情に出さないようにと努めてきた。
だが、エリナの前ではすっかりそれが崩されるようになってしまった。
もちろん、今でも表情には出していない自信はあるのだが、エリナはこちらの感情の変化に非常に敏感なのだ。
その上、リエーヌ自身が、こうして感情を見破られることに喜びを感じはじめていた。
「これでどうでしょう?」
「ん、もうちょっとで抜け……そう……抜けたっ」
右腕のカナーン、左腕のフランと外していって、二人の間からエリナの身体を引き抜くようにしてベッドから引き出す。
「ふはぁっ、ありがとうリエーヌ。あああ、また両腕痺れてる~。ぷらんぷらん……」
そうして二人を起こさないように、エリナとリエーヌはすぐさま廊下に出てドレッシングルームに向かった。
「まずはお着替えと……御髪ですね。殿下の前でも恥ずかしくないよう、完璧に仕上げてみせましょう」
「リルちゃんみたいにフワフワくるんってなっちゃう?」
「お望みであれば」
「ん~、いつも通りでいいかな」
「仰せのままに」
エリナは充分に美しい。フランも、そしてカナーンも。
美の女神などと形容されて唖然としていたようだが、その言葉が大仰なだけで、殿下も決して嘘偽りを言っているわけではないだろう。
そしてなにより、私の手によって彼女たちの髪や衣装を仕上げれば、傾国の美女――否、美少女に仕立てあげることも可能。
それであの殿下に本気で求婚されても困るでしょうからやりませんが。
などと考えながら、リエーヌはエリナの美しい金色の髪を整えていった。
「いかがでしょう?」
「ありがとうリエーヌ! ん~、やっぱりリエーヌがやるとなんかキラキラしてるよね。前はペトラに髪が跳ねてるだとか寝癖が酷いだとか散々言われてたんだけど、リエーヌが来てからもう全然言われなくなったし」
「当たり前です。そんなことメイドとして絶対に言わせません」
そう言いつつも、ペトラのその指摘ももっともだとリエーヌは思う。
リエーヌが来るまでのエリナの髪は、それくらい手入れが雑だったのだ。
男手一つで女の子を育てることの限界もあっただろう。
エリナ様をどこへ出しても恥ずかしくないような立派なレディに育てるためにも、やはりリクドウ様のハートをゲットしなければ。
リエーヌは内心でそう決意を新たにした。
「お待たせいたしました。当家の令嬢エリナ・ランドバルド様です」
食卓にはすでに元将軍閣下と皇子様が着いており、エリナはそこにこれまでにも聞いたことのないような紹介のされ方でリエーヌに招き入れられる。
ブレナリアのお姫様であるリルレイアがいた時にもこんなことはなかった。
もっとも、その時はリエーヌが「リルレイアのメイド」であったからという事情もある。
「お、おはようございます」
おずおずとエリナが挨拶するとマリウス皇子がサッと立ちあがった。
「おはようございます、エリナ嬢。いやぁ、昨夜も感銘を受けましたが、朝から見てもやはり貴女は美しい。朝の日射しが煌めいて、その髪から金の雫が零れ落ちるようではありませんか」
「ええ!? えっと、あの、あ、ありがとうございます?」
言われ慣れていない褒め言葉にエリナの耳は滑り、その内容の半分も入ってきてはいない。
「殿下。座ったままで」
「申し訳ありません、先生」
マリウス皇子は着席し、元将軍閣下が鋭い眼光をエリナに差し向けた。
「おはよう、エリナ・ランドバルド。君の友人たちはまだ寝ているのか?」
「あ、はい。昨日はちょっとタイヘンだったんで……」
「ああ、八柱の魔神将の一柱『爆炎を纏う者』プロシオンだな。疲労くらいは当然だ。むしろ五体満足で今日を迎えられていることが奇跡的だと言ってもいい」
「あの魔神のこと、知ってるんですか?」
「ある程度は。ガビーロールとは逆に策を弄すること快しとせず、純粋に強者を求めて戦う性向の魔神だ。それ故に先頭にキリがなく非常に厄介だ」
ああ、確かに。とエリナはうんうんうなずく。
「純粋な戦闘能力も魔神将の中でも上位だろう。リエーヌもいたとは言え、君たちのような少女がかの魔神を倒したなど俄には信じられん……と言いたいところだが、魔王を討伐した時、リクドウは十五、ルナルラーサに至っては十四だった。エリナ、君は今いくつだ?」
「じゅ、十二です」
「つまり、あと二年で魔王の居城に乗り込む歳になると言うわけだ」
その言葉にマリウス皇子が首を傾げる。
「先生、その論法には少し無理があるように思います」
「む……。殿下、殿下はいくつになられましたか?」
「十四です、先生。ですが、魔王の居城に乗り込むだけの力は持ち合わせておりません」
「なにを弱気な。殿下にはこの私が剣を教えているのですよ?」
「はい。先生の教えは素晴らしく、新しいことを覚える度に感銘を受けている次第です。しかしながら――」
「しかしながら、なんです?」
「先ほどの先生の論法でいかせていただきますと……。先生が魔王の居城に乗り込んだ時、おいくつでしたのでしょうか?」
皇子の言葉に元将軍閣下がピタリとその動きを止めた。
「殿下、女性に年齢を聞くような真似をですね――」
「先生も先ほど聞いていたようですが」
皇子の言葉に再び動きが止まる元将軍閣下。
二人は完全な上下関係かと思っていたエリナだったが、これらの会話でその考えは改めさせられた。
(わりとリルちゃんとリエーヌさんの関係に近いっぽい)
それだけでこの二人を好意的な目で見てしまうエリナである。
「エリナ様、お食事の用意が調いました」
「ロミリアは?」
「ロミリア様は大聖堂にお戻りになっています。朝のお勤めを済ませた後こちらに戻ってくるとのことです」
「うわぁ、タイヘンそう……。フランとカナちゃんはまだ寝てるよね。それじゃあ、いただこっか。いただきます――じゃないや、えっと……どうぞ、召しあがれ?」
自分が用意したわけでもないのにヘンな気分だと思いながらエリナが言うと、二人は胸に右手をあてた。
「「遍く天を統べるジェノウァよ。今日の糧を賜りましたこと心より感謝いたします」」
それは神への祈りの言葉。
フランが慈愛と癒やしの神リデルアムウァに捧げるように、二人は天の支配神ジェノウァにその祈りを捧げていた。
そして、改めてエリナに頭を下げてから食べ物に手をつけはじめる。
今日の朝食は、豆のシチューにパンとハムとチーズ、それに見るからに新鮮なサラダだった。
昨日の戦いで一番疲労したのはリエーヌだろうに、朝からこれを用意したということか。
「リエーヌ、ありがとう」
「……なんのことでしょうか?」
「ううん。ただ、わたしリエーヌのこと大好きだなって思って」
「………………」
「あ、照れてる」
「――エリナ様。私とではなく、お客様とお話くださいませ」
「はぁい」
エリナはニコニコとしながら朝食に手をつけはじめる。
その時ふと元将軍閣下に鋭い眼光を投げかけられていることに気がついた。
「あ、あの……えっと……ほーえすしゅろすさん?」
「ラティシア。見知った仲の者は私をそう呼ぶ。エリナ、君はリクドウの娘なのだろう? だったら君も私をそう呼ぶといい」
「じゃあ、ラティシアさん」
「なんだ?」
ラティシアは魔王討伐パーティの一人だ。
当然、エリナが拾われた経緯も知っているはず。
だからエリナは、それを覚悟して正面からラティシアを見据えて尋ねた。
「どうしてわたしのことを、そんなにじっと見ているんですか?」
「……フッ。知れたこと。私は君を値踏みしている」
「ねぶみ……?」
やはり自分が魔王の娘だと思われているということか。
いや、実際に魔王の娘なのかもしれない。
だけど、エリナは魔王のように世界や人々を恐怖に陥れようなどとは考えたこともないのだ。
それをどうしたら信じてもらえるのだろう。
「例えばだ」
ラティシアはもったいぶるようにそこで言葉を句切った。
「私とリクドウが結婚することになったとしたら、君は私の娘になるわけだろう? 値踏みくらいする」
「いったいなんの話になったの!?」
思わず驚き席から立ちあがるエリナ。
その後ろに控えていたリエーヌは微動だにしていなかったが、エリナには一瞬冷気のようなものが伝わり、おかげで少し落ち着いて席に着き直すことができた。
「君を見ていた理由を話したはずだったんだが……ふむ、驚かせてしまったようだ」
「例え話とはいえ、自分の父親との結婚話を突然されたら、誰だって驚くと思います、先生」
「ふむ、確かにそうですね。そうかもしれません」
そっか、例え話、例え話、例え話……。
……例えるところかな、それ。
あれ? ということは……。
「その『例え』って……りっくんがOKしたらっていう例えですか? ラティシアさんははじめからりっくんと結婚するつもりで!? あ、りっくんっていうのはわたしのお父さん、リクドウのことですけどっ」
「エリナ様、落ち着いてください」
「だ、大丈夫……ふぅ……」
リエーヌに水をもらってエリナは一息ついた。
「リクドウがOKしたらというのはその通りだが、それも方法の一つというところだ」
「方法の一つ……?」
「ふむ、ロミリアが来てからと思っていたのだが――」
ラティシアがそう言いかけた時、ランドバルド邸のノッカーが鳴らされた。
「……不覚にもお客様の接近に気がつきませんでした。急ぎ出迎えてまいります」
「たぶんロミリアだと思うけど。鳴らし方的に」
リエーヌはエリナのその言葉に一礼して、食堂を出ていく。
そして、それと入れ違いにフランとカナーンが食堂に入ってきた。
「あ、フランとカナちゃん、おはよう。まだ寝ててもよかったのに」
「エリナも起きてるのにそういうわけにはいかないでしょ。起こしてよ、もぉ」
カナーンはそう言って口を尖らせる。
だが一緒に起きてきたはずのフランはエリナの方の弁護をした。
「んー、カナちゃんはいつも私たちより早く起きてるから、寝てたらもっと寝かせてあげたいって気持ちはわかるかな」
「あはは。早く起きてるのはフランもだよ。いつもはわたしがお寝坊だもんね。それよりちょうどいいや。ロミリアも今来たところだから、フランとカナちゃんも席に着いて」
エリナに促されてフランとカナーンが席に着くと、ロミリアも食堂にやって来て空いていた席に腰を下ろした。