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新章・魔王の娘だと疑われてタイヘンです! 3巻第2章 魔王のことよりタイヘンなんです!②
「どうしてそんな面白――喜ばしいことを私のいないうちにやっちゃうのよ……」
ランドバルド邸に戻ってきたロミリアはそう言ってため息をついた。
マリウスのラティシアへのプロポーズのことを言っているのだ。
ノクトベルの住民にとって中心的存在である彼女は、魔王の宣戦布告による混乱を治めるために大聖堂に一時的に戻っていた。
「幸い魔王の正体に気づいたという声は、私の元には来ていないわ」
リクドウもまたノクトベルの住民だ。
魔王の正体にリクドウと親交のあった人たちが気付く可能性もあったが、誰もその様なこと思いもよらなかったらしい。
ノクトベルの住民ですらないルナルラーサやレイアーナについては以ての外。
実際、エリナだったからこそ、あの魔王がリクドウだとすぐに断言できたのだろうし、カナーンだったからこそ、側に仕えていた魔神がルナルラーサだと言えたのだろう。
「ともかくノクトベルの住民たちには一先ず落ち着いてもらったわ。プロシオンの件や、神聖復興騎士団の件もあったからナーバスになっている人たちがまだまだ多いことは事実だろうけどね」
もちろんそこには隣町ウィンザーベルで起きたロウサー襲撃の件も含まれているだろう。
そこでなにがあったのかロミリアがあまり詳しく語りたがらないのを知っていたので、エリナたちはそこには言及しなかった。
「どうにかして、りっくんに会えないかな……」
「エリナ……気持ちはわかるけれど」
「あ、単純にりっくんに会いたいって気持ちはもちろんあるんだけど、そうじゃなくて」
寂しがっていると思ったのか、その頭を撫でてきたロミリアにエリナは慌てて否定する。
「わたしのジャニュアリーの力で、魔神将たちを全員魔界に帰しちゃえば、少なくともフェルミリアとロウサーの希望は叶えられるんだよね? 他の魔神将も、今こっちの世界にいるから魔王に従わなくちゃいけないんであって、本心では魔界に帰りたがってるんじゃないのかな。わかんないけど、なにかの解決にはなるんじゃないかって思って……」
「あなたがなにかしていないと気が済まない性格なのは知っているけれど、それはリクドウが最も望んでいないものだと思うわ。あなたも言っていたでしょう? リクドウが魔王になったのは、あなたを巻き込みたくないからなのよ」
「そうだけど、そうじゃなくて」
「??」
エリナの再びの否定にロミリアは目をパチクリとさせた。
「えーっと……」
口に指を当てて、言うべき言葉を懸命に考えるエリナ。
「……わたしは『魔王の娘』で、魔界の扉を開く力を持ってるの。りっくんやロミリアは、わたしを巻き込みたくないって思ってくれてるのはわかるけど、みんなを巻き込んじゃってるのは、わたしの方なの。わたしが、わたしのできることをしない理由にはならない……って、そう思う」
「エリナ、でもね――」
「ほっほっほ。でももへったくれもないじゃろ、聖女よ」
ロミリアの言葉を遮ったのはモロウだった。
「今、世界の混乱を治めたいのであれば、魔神将共を放逐し、魔王を討伐するのが唯一の方法じゃ。それは十二年前となにも変わらぬ。それは、魔神将共を魔界に帰し、魔王という存在を討伐したということにしても為し得るじゃろう。今回の魔王が、本当に善意によって行動しているなら尚更じゃ。エリナとの対話によって解決できる可能性は決して低くはないと思うがの」
「モロウ様……」
「お主らも散々言われたはずじゃろ。不可能だ。夢物語だ。おまえたちでは若すぎる。今度はお主がそれを口にするのか? エリナたちのような子供では不可能じゃと。それを為すには若すぎると」
聖女はうつむき押し黙る。
エリナたちはそれをハラハラとしながら眺めるしかなかった。
「……十二年前、私たちを押しとどめようとした人たちも、今の私のような心境だったのでしょうか。今改めて思い知らされた気分です」
ロミリアは一つ重いため息をついて、エリナに向きなおる。
「そうよね、エリナ。あなたは他のなにより『リクドウの娘』だわ。リクドウがエリナと同じ立場なら、もう飛び出していたかもしれない。ちゃんと自分の気持ちを話してくれる分、エリナの方がよっぽどいい子かもしれないわね」
「ごめんね、ロミリア。でも、りっくんのことだもん。わたしがやらなくちゃいけないんだって、どうしても思えちゃうの」
「ロミリア先生、エリナには私がついていますから……ついていきますから、エリナのしたいようにさせてあげてください」
ロミリアの愛弟子であるフランが言った。
次いでカナーンも言う。
「もちろん、私も一緒です。それがルナを取り戻す唯一の方法だって思えるんです」
「フラン、カナーン。あなたたちもエリナと同じ気持ちなのね……。でも、どうやってリクドウに会うつもり?」
「それがどうしてもわかんないんだよね」
ロミリアの問いにエリナは首を捻った。
「あの、モロウ様は何かご存知ではありませんか?」
フランがモロウに尋ねる。
「もし、それを知っておる者がおるとしたら、サイオウじゃろうな」
「サイオウさん……。りっくんの幼なじみで、マナとアラヤのお父さんの……」
話には度々出てくるものの、未だ見ぬその人物をエリナは思い浮かべた。
りっくんの幼なじみで仲よしだったみたいだし、マナとアラヤのことを助けて育てたり、結構いい人っぽい? ルナルラーサさんは嫌がってたみたいだけど……。
「モロウさんは、そのサイオウさんの居場所は知ってるの?」
「知らんよ。手がかりくらいならなくもないじゃろうが」
「! それを教えて!」
「少しは自分で考えよ、魔王の娘。サイオウが姿を現さずとも、その娘らは姿を現しておるではないか。双子は、どんな時、どんな場所に現れた?」
「えっと……最初は神聖復興騎士団の野営地? それから、プロシオンと戦ってたときに来て……今度はガビーロールに乗っ取られてマリちゃん魔神と戦ってた……」
「それらはすべて、このノクトベル周辺だわ」
エリナの呟きにカナーンがハッとして言う。
「もしかして、ノクトベルに住んでたりするの!?」
「さて、その可能性はあるが、サイオウがそこまでわかりやすいことをするじゃろうか。じゃが、現に双子が頻繁に現れている以上、ノクトベル周辺に実際に住んでおるか、もしくは、その行き来をするための転送門が設置されておるか……いずれにせよ、周到に隠されておるじゃろうな」
結局、魔王となったリクドウたちや他の魔神将たち、そして、サイオウや双子の居場所は頭を揃えて考えているだけではわからなかった。
また、ラティシアたちのヨーク・エルナ行きは、マリウスの体力の回復を待ってからということになり、数日は様子を見ることに。
マリウスは行動を急ぎたがったが、モロウの転送門で充分その時間は稼げるのだからと押しとどめられた。
一方、あの布告以来、魔王軍が現れたという噂は未だ流れてこず、いたずらだったのではないかと笑い飛ばす者まで出てくる状況だ。
だが、大陸全土に対しての布告をして見せた事実に変わりはなく、そのような魔力を持つ者は魔王をおいて他にないという考え方がまだまだ大勢を占めている。
そんな中、エリナたちが通うノクトベル聖学院の授業が平常通り行われることになった。
これは緊急時に避難場所となるノクトベル大聖堂に子供たちをいち早く収容するための措置であり、この非常事態における親御さんの負担を少しでも減らすための措置でもあった。
「あ、あのあの、みなさん、はじめまして……。あーし――あっ、あたしはアーシェラと言います……。えとえと……お、幼く見えるかもしれませんが、ヴァイオラっていう小人族だから小さいだけで、みなさんと同じ十二歳くらいになるはずです……。今は訳あって、え、エリナ・ランドバルドさんのおうちにお世話になっています……。あ、あのあの、み、みなさん、短い間だとは思いますが、よろしくお願いいたします!」
見た目八歳くらいにしか見えない少女が教壇に立つロミリアの隣で深々とお辞儀をした。
アーシェラは大賢者モロウに身体を貸していたモロウの弟子である。
ラティシアたちがヨーク・エルナに向かう日までは用はなかろうと、モロウがアーシェラにその身体を返したのだ。
「アーシェラちゃん、お疲れ~。にぇへへ、なかなかかわいい挨拶だったよ」
「あ、ありがとうございます、エリナさん。でもでも、あーし、噛み噛みで恥ずかしいです」
「今までモロウさんと二人だけで暮らしてきたんでしょ? 仕方ないよ。すぐに慣れるって」
どこから目線なのか、エリナはポンポンとアーシェラの肩を叩いた。
――だが、そんなエリナの態度も授業がはじまるまでだった。
「じゃあ、この計算式の答えを……エリナ、そんな風に頭を隠していたら教壇からは余計に目立って見えるわよ? さ、立って答えてちょうだい」
ロミリアは非情にも隠れておきたかったエリナを指名する。
「やっ、その、そういうのは、わたしは――」
「わからなくても、がんばって考えてみて?」
「うっ……えっと、その……四! 四で!」
その答えにロミリアはがっくりとこうべを垂れた。
「不正解です。他に誰か――アーシェラはこういった算術はわかるかしら?」
「あ、は、はい。五百七十六です」
「ご名答。さすがね、アーシェラ。よかったらエリナに計算の仕方を教えてあげてちょうだい」
「は、はい、あーしでよければっ」
「ぐぬぬ、ロミリアめ……」
「聞こえてるわよ、エリナ。あなたがろくに考えもしないで直感だけで答えたりするからよ」
どっと笑いが溢れる教室の中、エリナは自分の不利を悟ってがっくりと肩を落とした。
「申し訳ありませんでした」
「わたし、この展開見たことある……」
「そう言えば、カナちゃんが転入してきたときもこんな感じだったよね」
頭を押さえるエリナにフランは笑って答えた。
「なんでロミリアまでわたしを当て馬みたいにするかな!」
「エリナが当てられたくなくて隠れたりするからでしょ」
「あんっ、カナちゃんひどい」
「ひどくなんてないわよ」
カナーンがそう言ってため息をつくと、アーシェラが恐縮して肩をすくめる。
「あ、あのあの、なんか、ごめんなさい……」
「アーシェラちゃんが謝ることなんて全然ないから大丈夫。ね、エリナ」
「はい、フランの言うとおりです。トホホ……」
情けない声を出したエリナだったが、すぐにその顔をあげて話題を変えた。
「それにしてもさ、ロミリア、いつもより機嫌悪くなかった?」
「事実上、ノクトベルの一番偉い人だからね。魔王の布告で街も国も慌ただしくなってる。それに加えて、学院の授業も見なくちゃいけないのだもの。ストレスだって溜まると思うわ」
とカナーン。
次いでフランも口を開いた。
「聞いた話なんだけど、なんか語学のダニエラ先生もお休みしちゃったとかで、そっちの授業もロミリア先生が一部肩代わりしてるみたい」
「うぇ……ロミリアって何人いるの?」
嫌そうに眉根を寄せるエリナにカナーンは呆れたようにツッコむ。
「一人だから大変なんでしょ」
「それもそっか」
「えとえと、そんなところにあーしまでお世話になることになって……ごめんなさい」
「だから、アーシェラちゃんが謝ることじゃないってば」
恐縮するアーシェラをエリナはフォローした。
では誰が謝るべきかと考えたら、魔王としての布告をしたリクドウに行き着いてしまい、エリナは馬車で酔った時のような気分の悪さが込みあげてくる。
「……大丈夫? エリナ」
そんなエリナの顔を覗き込み、フランは心配そうに声をかけた。
「え? あ、にゃはは。大丈夫大丈夫。そういや、ペトラたちもお休みしちゃってるんだよね。大丈夫なのかな」
「私はエリナの心配をしてるのよ? エリナは無理してるとき、いつもの明るい雰囲気がフッとろうそくが消えたみたいになるからすぐにわかるんだから」
「ちょっと考えごとしちゃっただけだってば。それくらい勘弁してよ」
フランはエリナの目をじっと見つめ、エリナは耐えられなくなってその目を逸らす。
「……辛い時はちゃんと私に頼ってね? エリナはそこが一番心配なの。……カナちゃんも」
「わ、私?」
突然名前が出てきて、カナーンは慌てた。
「私は大丈夫よ。もちろん今回の件で考えるところはあるけれどね。私には昔と違って、フランやエリナがいてくれる。そうね、辛いと思ったときはちゃんと頼ることにするわ」
「「カナちゃんっ」」
そんなカナーンにエリナどころかフランも同時に抱きつく。
「ちょっ!? みんな見てるから、やめてよ!」
「だって……転入してきたときのカナちゃんのこと考えたら、よくこんなに仲よくなれたなって思って感動しちゃって」
「私も……よくあのカナちゃんがここまで素直になったなって。か、かわいすぎる……」
「あなたたち……私のこと馬鹿にしてるでしょ?」
「そんなことないよ!」
「うんうん、そんなことない!」
口々に言うエリナとフランにため息をつくカナーン。
「みなさん、本当に仲がいいんですねぇ。羨ましいです……」
「ああっ、アーシェラちゃん、ごめんね! おいてけぼりにしちゃったよね!?」
「い、いえいえ、あーしのことはお気遣いなく」
「そんなわけにはいかないって。お昼休みには中庭に案内してあげる。いつもね、フランとカナちゃんとコルで、そこでお弁当食べたりしてるの」
だがそのコルも、魔神マリアとの戦いの日以来、眠りに就いていることが多くなり、今日もランドバルド邸のエリナの部屋で丸まっている状態だった。
一時的に成長したドラゴンの姿になったことが影響しているのかもしれないと大賢者モロウも言っていたが、これもエリナの気がかりの一つになっていることには違いなかった。
「はい、みなさん。席に着いてください」
そして、次の授業を受け持つヤルミラ先生が教室に入ってきて、エリナたちは席に着いて姿勢を正す。
魔王の布告があっても、いつもと変わらない授業風景がそこにはあった。
◇ ◇ ◇
同じ頃、八面六臂の大多忙をこなしているロミリアも、別の教室の授業を受け持っていた。
ダニエラ先生が本来受け持つはずの語学の授業で、エリナたちの二つ下の学年の教室だった。
ここでも、いつもと変わらない授業風景が繰り広げられている。
『実際に危機的状況が起こらない限りは、通常通りの授業を』と発案したのは、ロミリア本人だ。
その結果、多忙を極める状態になってしまっているのだが、それでもその判断は間違っていなかったのだと思う。
魔王の布告は、当然子供たちの耳にも届いており、その不安は並大抵のものではなかった。
だが、実際に十二年前を経験している大人たちの恐怖はそれ以上。
魔王の布告を受けて、今後をどうしていくか、どうしなければいけないのか、子供たちが不安に駆られている横で冷静に考えることなどできようはずもない。
一方、子供たちは学院で授業を受けるという『日常』に戻ることで、なんとか平静を取り戻すことができていた。
不安がないわけではなかったが、クラスの仲間たちと一緒にいることで安心を得られる子供たちが大多数だったのだ。
そして、実際に危機的状況が起きた際にも、ノクトベルの住民は避難場所として、ノクトベル大聖堂と聖学院に集まることになる。一番護らなければいけない子供たちの安全を真っ先に確保することができるという配慮もあった。
「それじゃあ、次のところを誰かに読んでもらおうかしら。クラスの名簿から適当に――」
ロミリアはそこに記憶にある名前を見つけて首を傾げた。
はて、この名前はどこで目にしたものだっただろうか。
「学院長先生、どうかしたんですか?」
言葉を途切れさせたロミリアの顔を、歳のわりに大人びた表情をした少女が覗き込む。
「学院長先生なのに名簿にある名前が読めないんだったりしてな」
その言葉を受けて、隣の席にいたボーイッシュな少女が軽口を叩いた。
「そんなわけないでしょ」
「ジョーダンだって」
そう話すそっくりな顔の二人を見て、ロミリアは座席表とその名前を見直す。
「ご、ごめんなさい。それでは、アラヤ・エナンジー」
「げっ」
「ほら、アラヤがくだらないことを言うから」
「その次は、マナ・エナンジーにも読んでもらうわね」
「なっ」
「へへっ、ザマァ」
「いいから読んでちょうだい、アラヤ・エナンジー」
「へーい」
「返事は『はい』で」
「はいっ」
意外なほど元気な返事に教室内のみんなが小さく笑った。
間違いない。この二人がエリナたちが言っていた双子だ。
そして、この二人はすっかりこのクラスに馴染んでいる。
それはすなわち、二人が元からこのクラスの生徒だったという証だ。
ノクトベル聖学院は、今では数百人の生徒が在籍していた。
学院長だとしても、その生徒すべてを把握しているわけではない。
(だからと言って、知らなかったでは済まされない話よね。自分の節穴が呪わしいわ……)
ロミリアは額を押さえて頭を振った。
「先生、オレ、どこまで読めばいいんだ?」
「ああ、ごめんなさい。じゃあ、そこから先をマナ・エナンジー」
「はい」
マナは美しい声でテキストを読み上げる。
(それとも……サイオウの手のひらの上で転がされているだけなのかしら)
そうだとしても、双子から話を聞き出さないわけにはいかない。
ロミリアは語学の授業が終わると、マナとアラヤを学院長室に呼び出したのだった。
「じゃあ、あなたたちの保護者はサイオウということで間違いないのね?」
「そうです」
「そうだぜ」
学院長室に呼び出されたマナとアラヤはロミリアの端的な問いに悪びれもなく答えた。
エナンジーという苗字は聞いたことがなかったが、おそらくは、リクドウと同じように後からつけた苗字なのだろう。
「サイオウに会うことはできるかしら?」
「お父さまに聞いてみないとわかりません」
「でもパパのことだから、オレたちが言えば来てくれるんじゃないかな」
「アラヤ、勝手なこと言わないの。そういうのを『安請け合い』っていうのよ」
ロミリアの一言に対して二人だけで二言三言は話すマナとアラヤ。
こんなに目立つ双子が学院にいたことに気がつかなかったとは……とロミリアは額を押さえる。
「そうね。それじゃあ、私から来てもらえるように正式に手紙をしたためるわ。少し待ってちょうだい」
「はい」
「いいぜ」
ロミリアは子細は書かず、サイオウに話し合いがしたいとだけ手紙に書いた。
「これでいいわ。こちらに来てもらえるのが一番だけれど、なんなら私からサイオウのところに赴いても構わない。その場合には二人に案内を頼めるかしら」
「わかりました、学院長先生。とりあえず、この手紙を渡せばいいんですよね?」
「ええ、お願いします」
「なくすなよ、マナ」
「アラヤに持っていてもらうよりは安心でしょ」
どちらも少しませた印象があるが、比較的素直だし、年相応の表情も見せることにロミリアは安堵を感じていた。
神聖復興騎士団の手助けをしていたということから警戒はしていたが、エリナの見立てどおり決して悪い子たちということではないのだろう。
だが、その安堵は、まったく予想していなかったところから破られた。
ドンドンドンドン!
学院長室の扉が激しくノックされる。
「何事です!」
その不躾なノックにロミリアが鋭く言うと、扉は不躾を重ねるように乱暴に開かれた。
「ロミリア先生!」
驚いたことに、そうして入ってきたのはカナーンだった。
「カナーン!? どうしたの? あなたがそんなに慌てて――」
「と、とにかく来てください! エリナが、エリナが!」
「落ち着いて、カナーン。いったいエリナがどうしたの?」
「エリナが急に倒れてしまったんです! 今、フランが様子を見ていて……」
「えっ!?」
息を呑むロミリア。
その場に居合わせたマナとアラヤも、その突然の出来事に絶句した。
「わかったわ。エリナのところに案内してちょうだい。マナとアラヤはもう戻っていいわ。それじゃあね。――カナーン!」
「あ、あなたたちは――それどころじゃなかった! 先生、こっちです!」
カナーンとロミリアは走り去り、マナとアラヤは残される。
「お、おい、エリナが倒れたってどういうことだよ?」
「わ、わたしだって知らないわよ。一応、お父さまに聞いてみるわ」
「あ、ああ」
手のひら大の石版を指で操作するマナ。
それをそわそわとした様子で見つめるアラヤ。
二人の胸中も、エリナへの心配でいっぱいだった。