魔王の娘だと疑われてタイヘンです! 新章 友情パワーで大逆転です!②
「私にも意地というものがございます。今少しの間、メイドの意地におつきあいくださいませ」
リエーヌの見せた優雅な一礼にプロシオンは呵々と笑う。
「面白い! メイドの意地とやら、さっそく我に見せてみよ!」
向けられるプロシオンの指先にも慌てずに、リエーヌは何事かを小さく呟きながら、右手で空中に円を描いた。
その瞬間に起こる爆発。
「……ほう?」
だが、爆発による煙が散りゆく中、平然と立つメイドの姿があった。
「確かに、先ほどまでとは違うか?」
「同じ粗相を繰り返しては、メイドの名折れですので」
リエーヌはもう一度プロシオンに礼をしてみせる。
プロシオンの興味を引くことができたのを確信して、リエーヌは動いた。
「どれ、もう一度見せてみよ!」
思った通り、プロシオンはその指先を再びリエーヌに向け、爆発を生じさせる。
その爆発はリエーヌの三メルト先で起こり、彼女はその衝撃の余波に少し眉を顰めた。
「ほほう、直撃のはずだが、先ほどとは違って吹き飛ばぬな」
プロシオンはそう言ったが、先ほどの爆発はリエーヌに直撃はしていない。
(やはり、爆発させる地点を決めるのに、多分に視覚に頼っているようですね)
リエーヌは風の精霊を駆使して、空気の層による一種のレンズを作り出し、プロシオンの距離感を狂わせていたのだ。
だが、相手は魔神。そのような小細工が、そう何度も通用するはずもない。
プロシオンを出し抜くための、次の手を考えなければならない。
再びプロシオンの指先がリエーヌに向けられ、爆発が起こる。
それは先ほどより大きな爆発だったが、やはり直撃はしていなかったので、風の防御魔法で大きなダメージはなんとか免れることができた。
爆煙が消え去る前にリエーヌは幻術による自らの虚像を残して、飛翔の魔法で五メルトほど上空へと飛びあがる。
「抜かったな、メイドよ!」
「!?」
その動きを見越していたのか、プロシオンは正確に上空のリエーヌを見据えていた。
「姑息な幻術にも気付いておるわ! 今度は逃れられぬほど特大のヤツをくれてやろう!」
「くっ――」
指先を向けるだけのプロシオンの爆発からは、スピードが身上の飛翔の魔法でも逃れ得ない。
リエーヌが覚悟を決めたその時、プロシオンとの間に影がよぎった。
「コル!?」
コルは空中で静止すると、プロシオンに向けて盛大な炎を吐き散らす。
「なんだこの鳥は! 散れぃっ!」
だが、プロシオンがコルに指先を向けるより一瞬早く、それは放たれていた。
「水の矢よ!」
フランによって回復していたエリナが放ったそれは、プロシオンに命中するが、これまでと同じように爆発によってかき消される。
しかし、エリナは矢継ぎ早に次の魔法を放っていた。
「風の矢よ!」
風の矢は爆発によって生まれた高温の水蒸気を吹き飛ばしながら、プロシオンに命中する。
「ぬぅっ!」
風の矢を受けて、プロシオンは短く呻いた。
「あれ!? 今、爆発しなかった!? しなかったよね!?」
自分でその二連撃を決めておいて、エリナは驚愕する。
「エリナ様、お手柄です! これで攻略の糸口が見えました!」
コルと共に着地するリエーヌ。
「リエーヌさん、策があるなら聞かせてください」
この間にフランの治癒魔法を受けていたカナーンも起きあがって言った。
「……あの魔神が使う爆発には二種類あります。一つは視認し指さした地点を爆発させるもの。もう一つは、自らに受けた衝撃を防御するためのものです」
「同じ爆発じゃないの?」
「前者は任意――すなわち、その時その時の意思によって発動します。ですが、後者は意思に拘わらず、魔神が衝撃を受けた時、自動的に発動するんです」
「それじゃあ隙がないんじゃ……。あれ? でも」
「そうです。自動的ではありますが、連続では発動できない。おそらく、一度爆発してから、何秒間かは次の爆発は起こらないということになるのではないかと」
リエーヌの言葉に、エリナとカナーンがうなずく。
「でも、今みたいに連続で撃つと、どうしても大きくはできないよ?」
「それなら、私が爆発に合わせて突っ込むわ。さっきのような無様な真似は絶対にしない」
「ダメだよ、カナちゃん。それはさすがに危なすぎる」
「でも――」
カナーンは反論しようとしたが、それは魔神の声によって押しとどめられた。
「我を倒すための相談、そろそろ結論は出たか?」
その声に、エリナたちは揃って身構える。
だがその時、エリナたちにだけ聞こえる程度の声が聞こえた。
「あのおっさんへのトドメ、オレたちにやらせてくれ」
アラヤだった。
フランの治癒魔法を受けたマナも半身を起こしつつうなずいている。
「オレたちはまだ『魔神を倒す力』を見せてない。さっきはちょっと油断しちまったけど、それを用意する時間さえ稼いでくれたら、今度は絶対に仕留めてみせる」
「わたしからも頼むわ。助けに入ったつもりが助けられたままじゃ、さすがに格好悪いもの」
マナはフランに小さく会釈してから自分の脚で立ちあがった。
「どうなさいますか、エリナ様」
「わかった。アラヤ、マナ、お願いね」
エリナの言葉にカナーンは小さくため息をつく。
「エリナならそう言うと思ったわよ」
「フフ、私も」
フランも同意して苦笑した。
「へっ、どの道、オレたちがいなきゃアイツを倒せやしないんだからな」
「アラヤ、頼んでおいてその態度はないでしょう? ごめんなさいね。この子、照れ屋だから」
「誰が――」
「おしゃべりはそこまでです! 各自、散開してください!」
リエーヌのその声と共に、爆発が起こる。
だが、その爆発もまた、直撃は免れていた。
「ふむ、直接我の知覚に作用する魔法であれば弾いてやったのだが、物理現象としてものの見え方をねじ曲げておるのか。なかなか厄介なものよな」
プロシオンはそう言いつつも楽しそうにクツクツと笑う。
エリナはその笑いにこそ、恐怖を感じた。
魔神にとって、この戦いは余興でしかないのだ。
それによってエリナたちが死のうが生き残ろうが、大した問題ではない。
それどころか、その結果、魔神の方が敗れ、死に至ろうとも構わない。むしろプロシオンは、その奇跡の瞬間をこそ、望んでいるのではないか。
賭けるものの重さ。
そのあまりの違いに、理不尽なものを感じざるを得ないエリナだった。
「だからって、わたしたちは、簡単に負けたりなんかしないんだから!」
「エリナ様! 魔法の矢は距離を長めにとってください!」
「りょーかい、リエーヌ!」
リエーヌが展開している空気の層によるレンズは、プロシオン側からだけでなく、エリナたち側からの見え方にも作用してしまう。
だが、プロシオンの爆発がある一点を中心として発動するのに対し、エリナの魔法の矢は、目標に対して直線上に放たれる。
つまり、目標に届きさえすれば、その直線上にいる限り効果を及ぼすことができるのだ。
これがリエーヌのプロシオン対策だったが、エリナはエリナで考えていることがあった。
「――風の矢よ! そしてぇ……水の矢よ!」
「エリナ! さっきと順番逆だよ!?」
「大丈夫! の、はず!」
フランの指摘にエリナは即答する。
(水の矢で起こる熱い水蒸気を吹き飛ばすために放った風の矢だったけど、逆だ)
「ぬぅっ、これは!」
一発目の風の矢を受けて爆発を起こすプロシオン。
次いで飛んでくる水の矢を、魔神はその指先を向けて爆発させた。
「ああっ!? 水の矢が!」
任意で発動できるということは、防御にも使えるということ。
せっかくのアイディアを防がれて、エリナは悔しがった。
「エリナ! 今の攻撃を続けて! アイツ、水の矢が直撃するのを嫌がっているわ!」
「そっか! じゃあ、どんどん行くよ!」
カナーンの言葉に気を取り直して、エリナは再び風と水、時間差の二連撃を放つ。
「ふんっ、調子に乗りおって!」
プロシオンはそう言ってエリナが攻撃してくる合間にも、細かい爆発を放って牽制したが、どう距離を調整しても、それが彼女たちに直撃することはなかった。
リエーヌがその都度、空気のレンズを調節して、その遠近感に慣れさせないようにしていたのだ。
こうなってくると、さらなる理解が得られる。
プロシオンの爆発は、その目標を視認して指先を差し向けるだけという、一瞬で行われるものだと思っていたが、エリナの執拗な攻撃の前に一回一回の爆発の規模が明らかに小さくなっていた。
消耗しているわけではない。
二連撃に慣れてきたのか、エリナの攻撃のペースがここに来て速まっており、魔神がそれに対処しなければいけない間隔も狭まっているのだ。
すなわち、爆発が小さくなっている理由は、その間隔の問題。
より大きな爆発を起こす為には、指先で指し示す前に“溜め時間”とでも言うべき時間が必要だったのだ。
思えば、先ほどコルに助けられた時も、プロシオンは「特大のヤツをくれてやろう」などと言っていた。
(本当に情けないですね、私は……)
絶対に敵わない相手だと、心折れかけていた先ほどまでの自分をリエーヌは笑い飛ばす。
「ですが、もう折れません!」
フランから受けとった魔力ももう底をつきかけていたが、リエーヌは意地と根性で風の精霊に協力を呼びかけた。
魔神に通用するような攻撃方法は持っていなかったが、手段はあった。
「ええいっ! 風の矢! 水の矢ァッ!」
エリナが再び二連撃、その二つめの矢を放つタイミングに合わせて、その遠近感を思いきり変化させたのだ。
「なっ!?」
任意の爆発は視認と指先。
水の矢が来るタイミングを認識させなければ、あるいは――
「ぐぁあああっ!」
「あ、当たった!?」
然してリエーヌの目論見は図に当たり、エリナの水の矢は炎の魔神に痛烈な一撃を与えた。
そして、そのタイミングを狙っていたのはリエーヌだけではなかった。
「アルグルース・セレネー!」
裂帛の気合が鳴り響き、プロシオンに魔剣アリアンロッドの一撃が振り下ろされた。
※ ※ ※
それは、カナーンがエリナたちと出会うよりもずっと前のこと。
「上出来上出来。あなたの歳で、その大剣をそれだけ振り回せる子はそうはいないわ」
ルナルラーサはそう言ってカナーンの剣技を褒めた。
目の前にはカナーンの大剣によって打ち砕かれた朽ちた巨木がある。
カナーンはルナルラーサの言葉に一瞬だけ喜び、だがすぐに眉根を寄せた。
「なにか不満があるの?」
「……ルナが前に見せてくれたのと、全然違うから」
「あー、なるほどねー」
ルナルラーサはカナーンが言わんとしていることにすぐに気がつき、打ち砕かれた巨木の破片を手に取った。
「ルナが斬った後は綺麗にスパッと斬れていたわ」
「今は気にすることないわよ。大剣っていうのはね、力任せにぶん殴る方が主で、そこに斬るって要素が追加でくっついてくるようなものだから」
「今は……」
不満そうに呟く養女に養母は苦笑する。
「カナーンは滅多に我が儘言わないけど、そういうところだけは本当に頑固よね」
「…………」
「わかったわかった。理屈だけは教えてあげる。だけどまずは狙ったとおりに狙ったものだけをぶっ叩けるのが大事だからね? 余計なこと考えてそれができなかったら意味ないから」
「それは、ちゃんとわかってるつもりだから……」
頑固だとは言ったものの、日頃から素直でルナルラーサの言うことをよく聞くカナーンに我が儘を言ってもらうことは、ルナルラーサにとってはむしろ喜ぶべきことだった。
あまりにやけた顔を見せるとカナーンが拗ねてしまうので、ルナルラーサは一旦カナーンに背を向けてから、こう話しはじめた。
「“斬る”と“叩く”の差ってなんだと思う?」
「えっと……だから斬る方はもっとスパッと……」
「スパッと? どうなるの?」
「ものが二つに分かれるというか……」
「フンフン。じゃあ、例えば、こんな風に壁があるとするじゃない? 大きな城壁ね? もう十メルトくらいは高さがあるやつを想像してみて?」
ルナルラーサは手にしていた巨木の破片で、地面に細長い四角形を描く。
そして、その真ん中に線を引いた。
「この城壁を、大きなハンマーで縦にドーンって砕いていって、左右二つに分けました。これは“斬る”って言える?」
「え……言えないと思うけど」
「そう? じゃあ、もう一度今描いた図を見て? これが大きな城壁じゃなくて、この大きさ通りの板だったらどう?」
「ええっ……。ずるいよ、そんなの……。条件が変わっちゃったら答えも変わると思う」
「どんな条件が変わったら答えが変わっちゃう?」
「……大きさ?」
ずるいと不平を漏らしたのも束の間、すぐに思考を切り替えてくるカナーンに、ルナルラーサはまた頬が緩みそうになる。
「じゃあ、城壁のままでいいや。でも、壁を二つに分けたのは、壁以上に大きい巨人が現れて、手にした剣でドーン! これも“斬る”とは言えない?」
「それは……」
カナーンは黙りこみ、口に手を当てて考えはじめてしまった。
「つまりね、カナーン。ものを究極的に小さなレベルで叩いて二つに分けるのが“斬る”ってことなのよ。そして、剣の持つ鋭い刃が、その究極的に小さな部分を叩いてくれる」
「刃が……。で、でも、じゃあ、私が斬ったのはなんで……」
「刃の究極的に鋭い部分で叩けてないんじゃない?」
「!?」
「刃がいくら鋭くたって、例えばほら、こうやって寝かせちゃったらただの板でしょ?」
「じゃ、じゃあ、私……」
「もっと言うとね、刃ほど鋭くなくたって、ちょっとしたカドがあれば、そこの頂点は究極的に小さなものが叩ける、つまり“斬れる”って理屈になるわけ。その道の達人はね、ちょっとした棒っ切れで、魔物の身体を真っ二つにしてたわよ」
「ええ……!?」
「呆れちゃうわよね? さすがにやった本人も、剣を使った方が百倍楽だって言ってたけど」
ルナルラーサはそう言って苦笑し、しばし遠いものを見る様な目をした。
「そういうわけで、これは上級者向け――と言うより、本来はもっと軽くて速い武器を扱う時に気にするべきものなのよ。逆に言えば、大剣を“軽くて速い武器”として扱うようになってから気にすればいいわ」
「むぅ……」
カナーンはその言葉に再びむくれる。
この頃のカナーンは、まだ自身が子供扱いされることに強い反発を覚えていた。
※ ※ ※
(私はまだ子供だ。剣の腕もルナルラーサには遙かに遠く及ばない。だけど、今。今この一撃だけは、“斬る”ことが必要なの! あの爆発の衝撃を“斬る”一撃が!)
カナーンは空中に身を躍らせ、銀色の月を描きながら、“斬る”ことに意識を集中させた。
爆発を斬り裂き、魔神に一撃を与えること。
それだけでいい。
それだけが、今の私の役割なのだから。
「アルグルース・セレネー!」
「カナちゃん!? このタイミングじゃ、もう次の爆発が!」
水の矢を命中させた喜びも束の間、カナーンの突撃にエリナは焦りを見せたが、もうその瞬間には、カナーンの大剣はプロシオンに届いてしまった。
エリナの見立てどおり、爆発が起こる。
「カナちゃん!!」
エリナは叫んだ。
だが、その次の瞬間、驚きに目を見開くことになった。
「ぐあぁぁあああっ!」
「えっ!?」
爆煙が立ちこめる中、魔神の雄叫びが響き渡る。
そして、その煙が消えていく向こうには、右腕を斬り落とされた魔神がいた。
「でき……た……」
「き、貴様……我の爆炎を斬り裂いたというのか……!」
プロシオンの驚愕の声に、カナーンは小さく微笑む。
が、爆発のダメージがなかったわけではないらしく、カナーンはその場に膝をついた。
「しかしだ。たかが片腕を斬り落とした程度で、我に勝ったと思われるのは心外である!」
「当たり前だ、おっさん! おまえの敗北はこれで決まるんだからな!」
エリナやリエーヌから話に聞いていたが、カナーンはアラヤとマナのことをよく知らない。
エリナが信じて任せた。それだけで充分だった。
だが、アラヤの声にふり仰いだその瞳が驚愕に見開かれる。
「わたしたちの真の力、その爆炎とやらで防いでご覧なさい」
アラヤとマナはお互いの両手を組み合わせていた。
その周囲には、幾何学模様の図形が無数に浮かび上がり、二人の周囲を取り巻いている。
そして、その二人の顔や露出した肌の部分にも、奇怪な紋様が浮かび上がっていた。
「……莫迦な。そのような話は聞いておらぬぞ」
プロシオンは呆然として呟く。
「あ……あれ……なに?」
「嘘……。あれって、もしかして、エリナと同じ……?」
同じく呆然として“それ”を見あげたエリナだったが、その言葉にフランを振り返った。
無数の魔法陣を身に纏うアラヤとマナの頭上には、青い布を身に纏った美しい女性の姿があったのだ。
半ば透けたその姿から、生身の人間ではないことはすぐにわかった。
そもそも、その丈は五メルト程度はあるように思える。
「おっさん、あんた思ったよりもだいぶ強かったぜ」
「わたしたちの未熟を思い知らされたわ」
「そんじゃぁ」
「さようなら」
二人の言葉に呼応するように、青い布を纏った女性がふわりとプロシオンの元に飛び寄り、その身体を大きな両手で包みこんだ。
「莫迦者! やめよ! それでは我は魔界に戻れぬ! 我はそのような仕打ちは望まぬぞ!」
プロシオンはもがき、健常な左の腕で爆発を起こしたかに見えたが、それは青い影に呑みこまれるように消えていく。
「我は望まぬ……この様な最後は……我には……まだ……」
そして、プロシオン自身もまた、徐々に透けていき、青い女性の影に溶けこんでいった。
「…………」
沈黙。
静寂。
誰もが口を閉ざす中、青い女性の姿もまた空中に溶けこむように消えていく。
そして、ドサリと尻餅をつく音が二つ。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「ちゃんと、できたじゃない……はぁ……」
アラヤとマナがお互いの両手を組み合わせたまま、その場にへたりこんでいた。