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私は寝る。


 時間は二月二十五日の深夜一時を過ぎたころ。つぶれた枕に夏用の掛布団を巻き付けて、背もたれ代わりにしながらキーボードをたたく。胸から下をすっぽり覆う布団の中は、入れておいた湯たんぽのおかげで温かい。
 机に置かれた時計に目をやる。一時十一分、数字の一が三つ並んでいた。キーボードから手を離し、毛布に沈んでいたスマホを手に取る。スワイプしてお目当てのアプリを見つけて、開く。緑色の線でメモ用紙のイラストが描かれたアイコン。書くことが浮かばない時は、何でもいいから描写を書いて手を動かすといい。大分前にそんなことを読んだ気がして、それが書かれていた記事を探した。

何も書けないときは、とにかく描写からはじめるんだった。|末吉 宏臣(Hiroomi Sueyoshi) @hiroomisueyoshi #note https://note.com/sueyoshihiroomi/n/n852a87d13838

    あった。一度読んだ記事だからなんとなく流し読みをして、スマホを再び毛布の中に落とす。
 頭がぼんやりして、重たい。瞼が重い。気を抜けばすぐにあくびが出てきそうで、今部屋の明かりを消してしまえばあっという間に夢の中だろう。肩甲骨のあたりがかゆい。頭もかゆい。明日はお風呂に入らなきゃなぁ、なんて三十分ぐらい前に考えていたことを思い出す。
 集中力が続かなくてまたスマホを開いた。YouTubeのアプリを開いてテキトーな動画を一本見る。見終わったらまた画面を落として、キーボードをたたく。視界の端に映りこむスマホの角が気になる。視界に入らないようにマットレスの下に差し込んだ。
 スマホは操作していなくてもポケットに入れているだけでも集中力が低下すると、どこかで読んだことを思い出した。

 時計を見ると時間は一時二十三分。さっき時計を見てからまだ十分弱しか経っていない。集中力が落ちたのか、眠いせいか。多分その両方が原因だ。寝巻で来ているシャツの袖が動く。黒と白の細いボーダー柄。シンプルでいいと思うけどほかの服とは合わせづらそうだと思う。ファッション雑誌なんか読んだことなければ、メイクもしたことない人間だけど。
 本当は書きたいことがあって開いたはずなのに、リハビリ兼導入のつもりで書いた描写がなかなかながくなってしまった気がする。そう思って計算してみた。一行辺り二十文字の四十二行分。スマホの電卓をたたくと、八百二十文字。
 まだ千文字にも満たないことをしり、つくづく続かなくなったなと自分をあざ笑いたくなる。自己嫌悪に陥りそうになったけど、仕方がないんだといいきかせる。
 どんなに大好きだったことでも、よっぽどじゃない限り飽きる時期や楽しくない時期はあるものだと、最近気が付いたばかりじゃないか。楽しいと思えなくなったのなら、飽きたと思うのなら、一回全部やめてみようと決めたばかりじゃないか。離れるつもりで意識して書くことをやめたのは初めてだし、そんな経過を経て久しぶりに書いてるんだから、下手になっているのは当然だ。
 何も気にしなくていいなんて言うのは気休めにもならないけど、最初から下手だったんだからいいんだ。この文章だって書いたら忘れるにきまってる。過去の自分が書いた文章や物語なんて、痛すぎてまともな頭で読めない。読み返したりしない書き捨てなんだから、何を書いたっていい、

 スマホを開いて時間を見ると、一時三十八分と表示されている。二時ぐらいには切り上げようとぼんやり思いながら、キーボードをたたく。
 この後はこのまま投稿して、パソコンを落として、電気を消して寝るつもりだ。書きたいなと考えていたことを全部書けなかったけど、ほんの少しだけ、ちらっとだけ書くことができたから良しとする。

 これを書いている間、頭の中でずっとBGMが鳴っていた。同じ場所の歌詞がずっとループしている。
「キミは愛、そのものだ!」
「ゆえに ユーエンミー ラブラブ?」
「愛してくゆえに 忘れてくゆえに」
 昨日知ったばかりの曲だけど、いいなと思う。歌詞がおぼろげだったから動画アプリを開いて、知るきっかけになった動画を確認した。

    投稿するにあたって、ハッシュタグをつけようと思った。パソコンとスマホを繋いでデータを転送し、noteのアプリを開いてテキストをコピペする。タグをつけようと思って、ふと動かしていた指を止める。これはなんだろうと、文章を眺めた。頭に思い浮かんだ「エッセイ」という言葉の意味を調べるべく、辞書アプリを開く。

    「エッセイ」自由な形式で、通常はある1つのテーマをめぐって書かれた散文。語源は「試み」の意であるフランス語のessaiより。思索や意見、感想などを形式にとらわれず、簡潔に述べた文学の一ジャンル。エッセイまたはエセーは日本語では一般に「随筆」の意味で用いられ、文学の一ジャンルとして確立している。

    文学の一ジャンルというのも烏滸がましいけど、これを読む限りでは当てはまっているような、いないような、微妙なところ。次に随筆の意味を調べようと考える。また辞書アプリを開いて、キーボードをスワイプで叩く。

    「随筆」ある題目をめぐって,親しみやすい散文で筆のおもむくままに語るという形式で書かれた文章。自己の見聞・体験・感想などを、筆に任せて自由な形式で書いた文章。

    らしい。体験というか、書きたいことを書こうとして、そのリハビリで書いたものがいつの間にかメインになって、文字数ばかりが増えたただの落書きなのだが、これはどっちが近いんだろう。こんなことを調べて考えていてもキリがないし、寝る時間が遅くなるだけだし、回らない頭で考えても意味が無いからここで区切る。時計を見ると丑三つ時になったところだった。

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