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【舞浜戦記第2章】味方を作る天才【後編】:スプラッシュ・マウンテン051

前回のお話。


僕が早番シフトで、外浮きになったある日のこと。
その日は6月の温暖な時期で、天気もよく、穏やかな一日だった。

何かしらのアクシデントがあり、スプラッシュ・マウンテンは少しの間運営停止していた。
数分間の停滞の後で再び動き始めたが、列は詰まっていて動かない分、最後尾がどんどん伸びていった。
そんなタイミングで、間もなく勤務終了の時間が迫っていた。

僕は屋外で、クリッターカントリーを歩いている。
アウターキューが設置され、ロープの間をゲストが並んでいた。普段の待ち時間だと約65〜70分くらいのボリュームか。
しかし列はどんどん伸びている。このままだとビッグサンダー・マウンテン方向まで到達するかもしれない。最後尾からなら、75分くらいの表示を出すだろう。
列の流れを観察していると、かなり詰まっている。これはしばらく動かなそうだ。
順調に列が動いていれば、いつもと同じ待ち時間表示で行ける。しかし今は、停止していた分を考慮しないといけない。

勤務終了の少し前で、僕は遅番の外浮きが誰なのか確認した。ローテーションシートに書き込まれたその名前を見ると…
外浮きデビューしたばかりのヨコちゃんだった。

ウエスタンランドの真ん中まで伸びた列の最後尾にいると、彼がやってきた。
列の最後尾はクリッターカントリーの坂道を降りてエリアの境界線を越え、ウエスタンランドへ一直線に伸びている。

「お疲れ様でーす!」
僕は声をかける。
「あーお疲れ様。…列が伸びちゃったね」
「ですね」
まだしばらくは列は動かないだろう。
「これ、アウターを設置しないとダメかな」
彼は言った。
「いや、大丈夫ですよ」

こんな時は、岩周りを囲むように列を曲げればよい。
クリッターカントリーを抜けたら岩に沿うように列を曲げ、マークトウェイン号乗り場へ向かうように並んでもらう。
船着き場前の空間は余裕があるので、少々列が近づいても迷惑にはならない。

僕は素早くゲストへ案内し、岩に沿って移動してもらった。
「みなさん、岩に沿ってお並びいただけますかー!」
並んでいたゲストには横へ移動し、岩に沿っていただく。

これでウエスタンランドを行き来する方には邪魔にならず、これから並びに来るゲストへは少し奥まった位置の最後尾を案内すればいい。
伸びた列のしのぎ方として、キャスト間で定着しつつある手法だ。

「こうすれば、しばらくは大丈夫ですよ」
ヨコちゃんが感心していた。
「俺、全然分かんないからさ。教えてね」

この時、僕は初めて気がついた。
当然のことだが、責任者だって分からないことがある。分からないことなら、教えてあげればいい。新人さんに教えるように。

かつて教わる側だった僕が、経験を重ねるうちに教える側にいた。
後輩達は増えていて教える立場は幾度もあったけど、この逆転現象にたった今初めて気づいたように、奇妙な感覚を覚えていた。

このときは、単に新鮮な感覚だなと思ったに過ぎなかったが。
振り返ってみると、あの時を境目にして僕は新しい感覚を獲得したことに気づいた。


混じり合わない、水と油の価値観

この時代、それぞれの職場には、独特の価値観というものが存在すると感じていた。

それは全エリアから人材を集結させてできあがったスプラッシュ・マウンテンという組織全体のカラーが、まだうまく定まっていなかったのだ。1年たっても2年たっても安定しない。責任者が入れ替わり立ち替わり異動を繰り返して、それでもまだ過去を引きずって揺らいでいたのが、1994年ごろまで続いていた。

責任者がアトラクションの運営方法を決める。大枠の標準作業は固定されたものだが、それを現場に落とし込んで、具体的にゲスト対応にすり合わせていく過程を、リード全員の総意で行っていく。
それが、スプラッシュならではの独自の価値観として、定まっていない時代が続いていた、ということだ。

もちろん僕がそう感じていただけで、リードからしてみたら、いや違うよちゃんと定めていたよ、と言われるかもしれない。

『キャストっていうのは、コマなんだよ。ただの兵隊だ』
『決められた手順に従っていればいいんだ』

これがずっと続いていた。少なくとも現場ではそう感じていた。

僕らは黒子だ。パークにおける主役はミッキーやミニー、キャラクター達。
だからキャストが黒子なのは当然だ。
しかし、黒子は奴隷ではない。

みんなが意思を持ち、それぞれの理想に向かって働いている。
ただのアルバイトであっても、各々が自分の理想を抱えている。

大型アトラクション、人気があって待ち時間が多くて、人々の注目を集め、ゲストが集中する場所。
そんなアトラクションは、キャストの行動規範も厳しい。
より注目されるからこそ、より期待されるからこそ、ルールが厳しいのだ。

それほどでもない、小さなアトラクションだとそれほどじゃない。
これが一般的な傾向だ。

マークトウェイン号から来た僕からすると、その違いは歴然だった。
複数のアトラクションを体験したからこそ、分かることだ。

ここは小さなアトラクションとは違うんだよ。
リード達は、そう言い出しそうなのをかろうじてこらえている感じがした。

それともう一つ、大きな要素がある。
エリアの価値観の違いだ。

以前も少し触れたが、アドベンチャーランドとウエスタンランド(クリッターカントリー含む)が同じ所属になっていた。
他方、トゥモローランドとファンタジーランド(トゥーンタウン含む)は一緒のエリアとして管轄されていた。

この2つの管轄エリアの気風には、文化の違いがあった。
当時、僕が所属していた【アドベンチャーウエスタンランドエリア】は、キャストの勤務態度や言動に対して、『おおらか』に解釈する傾向があった。
一方、【トゥモローランド・ファンタジーランド】のキャスト(先輩方)は、細かい点に手厳しい。

全体的な印象としてそう感じるだけなので、明文化されているわけでもないし、一部署だけに注目すれば例外もある。

例を挙げる。
ゲストから道を聞かれて、案内するとき。
「◯◯はこちらの道をお進み下さい」
と言いつつ手で指し示す。

「ゆるい」解釈では単にジェスチャーで案内する方向を指せばよいが、
「厳しい」解釈だと、ちゃんと指を揃えなさい、と指摘する。

「指を揃える」とは、人差し指〜小指までを並行に伸ばし、親指を人差し指にぴったりつけるのだ。すると不自然なほどきっちり揃ったまっすぐな手のひらになる。

アドベンチャーウエスタン流だって、決して適当な指し方をしているわけではない。人差し指〜小指の4本はちゃんと揃えて出す。親指の置き方が自由なだけだ(と当時の僕は思っていた)。

スプラッシュがブレていると感じていたのは、上記のような例を含めた総体的な「流儀」が未完成だったのだと思う。
そのブレを固定し価値観を統一させるのが、リードたる者の役目であることも、僕は気づいていた。

だがこのアトラクションのリード達はアクが強すぎてみんなバラバラで、統一したカラーを出すことなど無理なんだろうな、と薄々感じていた。


「社員は使えない」は本当?

準社員のキャストが薄々感じている社員に対する印象に、「社員は使えない」というものがあった。

社員は使えない。
漠然と、こう感じている一般キャストは少なくない。
個人の能力を評価したら、優秀な人がいる一方でその逆の人もいる。仕方のないことだ。

例を出すと、僕がマークトウェイン号でキャストデビューした時。
同じ蒸気船所属のキャストに、社員のIさんという男性がいた。社員なのだがリードではない人だった。

きっとそのうちリードに昇格するんだろうな、と思っていたら、1ヶ月もしないうちに別の部署へ異動してしまった。
社員は特に告知もなく去っていく。
(運営部オフィスの壁に張り紙がされておしまい)
気がつくと、いない。
だから僕も忘れていたくらいだ。あれ、Iさんいないな・・・と思ったら異動したよ、と聞かされる。

ところがこのIさん、翌年にスプラッシュ・マウンテンに全エリアからキャストが選別された際、なぜかそのメンバーに入っていたのだ。笑

その時はトレーナーとして配属されて、スプラッシュが正式オープンすると、またしてもいつの間にかいなくなっていた。数日後に「異動したよ」と聞かされる。二度も同じパターンが発生するなんて、不思議な人だった。

Iさんは一言でいうと寡黙な人で、必要のないことは一切喋らなかった。無駄話を一切しない人だったのだ。
世間話をしているのを見たことがないくらい。笑

どう見てもサービス業向きな人ではなかった。そんな人は、おそらく社内評価も低かったのだろうと思う。

「使えない」ってなんだろう。

これは当時の僕にとって、かなり深刻な疑問だった。
なぜなら、僕自身が使えないと言われていたからだ。もちろんそれはリードのシゲ坊からの日々繰り返される僕への叱咤があったのもある。

僕は、リードから指示されたことを完全にこなせていない部分があるのか、と自問していた。
(直接言われたこと以外に、言葉の裏に何かしらのメッセージが含まれている?そして自分はそれを分かっていない?)


さらに、一つ重要な要素がある。
社員は短期間で異動を繰り返す。数ヶ月間で異動して全然違うアトラクションへ飛び込んでいくこともある。

数ヶ月あれば基本的な作業手順は身につくだろうが、本質的な、奥深い知識までは身につけることなく去ってしまう。

どこのアトラクションにも奥深い知識や「智慧」とでも言うようなものがある。超イレギュラーな現象や事故に対応する方法や経験値は、数年間の経験を積まないと身につかないものだったりする。

たとえば。
スプラッシュ・マウンテンのボートの座席には安全バーがついている。
昔のバーは一つの席に一本のバーがあったが、これが解除できなくなる現象がある。
乗り場にいるとき、定位置に停止したボートのバーは、ボタンで解除できる。

ある日の運営中、ボタンを押してもバーが解除しなかった。
本来ならありえない事態だ。

さて、どうするか。
バーの解除には別の手段がある。解除レンチという棒を使ってバーを解除するのだ。これはスプラッシュ・マウンテンの水路内の、どこにいても使える解除手段だ。

ただし。
このレンチを使っても解除できなくなる現象がごくたまに起きる。
レンチのネジ部分が摩耗しているのかボートの解除機構がバカになっているのか、うまく作動しないのだ。
この時も、それが起こった。

ゲストはボートに乗り込んで出発を待っている。でも何らかの理由で解除が必要になった。しかし解除できない。
通常なら可能なはずの手段が、通用しない。

これは実に珍しい。いや、本来あってはならない事象だ。
おそらく通常のキャストはこれが起きたら、大いに焦るだろう。だって解決法がないんだから。

トレーナーでも困惑する。
リードならどうするか?経験の浅い責任者なら、アトラクションをダウンさせるかもしれない。

当時スプラッシュでの数年間の経験を持っていた僕は、以前同じ現象を運営始業前の、オープニング作業中に目撃したことがある。
だから、ある方法を用いて解除することに成功できた。まさかそんな方法を使うなんて、と現場で見ていた子たちは驚いただろう。

僕が優秀だからじゃない。
たまたま知っていただけのことだ。

これも、長年の経験があったからこそ可能だった。
長年の経験は知識があるない以前の問題で、圧倒的に強みとなる。
何年もの間、毎日勤務してアトラクションの状態を見守っているキャストと、社員としての全キャリアを通じれば長いものの、異動してきて数カ月間の社員とでは経験のレベルが違うのは当然なのだ。

それが起きるとほぼ全てのキャストは動揺するだろう。解決手段がないからだ。ほぼ確実にアトラクションはダウンする。リードですら、体験したことのない人もいるはずだ。

しかし何年もキャスト経験があると、それが起こった場にいたりして、知っている。解決方法も分かる。だから的確に動けるし、解決できる。


そういった深い経験を積み上げることのできない社員は、ある意味不利な条件下で頑張らざるを得ない。

だから社員は、厳しい評価にさらされることを運命づけられている。
ある意味、使えないという評価も仕方ないと言える。

だから最初に書いた、列が伸びたときの対処法なども、習熟し日々の運営状況の様々なパターンを知っているキャストが詳しいのは当然だ。


理由の分からない人気は、才能であり天才の証拠

それから一ヶ月もたった頃。
すっかり彼は人気者になっていた。

「ヨコちゃんさんって癒し系ですね」
「なんか可愛いって感じ」

こんなコメントが、キャストたちの口からポツポツとこぼれ出てくるようになった。

それはシゲ坊のようにみんなを強引に引っ張っていくのではない、また違ったタイプの惹き付け方でみんなの中へいつの間にか入り込んでいたのだ。

気がつくと、誰もが彼の人間的魅力にとりこになっていた。気の利いた名ゼリフを使うとかキャストとしての優秀さとかではない。
気がついたら、人気者になっていたのだ。
シゲ坊が力技で人気者になっていったとしたら、彼はいつの間にか人気者になっていたのだ。

僕は舌を巻いていた。

(いつの間に?)

僕には分からなかった。
何か、魔法でも使ったのだろうか?とでも言いたくなるような現象を、たまに見せられることがある。

分からないことは一時棚上げしよう。

世の中には、自然と人気者になっていく人がいる。
特異な才能なのだろう。
そう思うことにした。

彼は天才だったのかもしれない。

この後、何年もたって気がついたのだが。
彼は人気者になったのではなく、人を味方につける能力において、天才的能力を発揮したのだ。

彼は、味方を作る天才だったのだ。


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