【舞浜戦記第2章】リードに「殺すぞ」と言われた日:スプラッシュ・マウンテン046
前回のお話はこちら。
僕は、明らかに調子に乗っていた。
最近外浮きが増えたな、と感じたのはオープンから2年目を過ぎた頃だろうか。
相変わらずシゲ坊からは冷や飯を食わされていたが、他のリード達は時おり僕を選んでくれるようになっていた。
この人は活躍しそうだな、と思ったら、リードはまずそのキャストにチャンスを与える。
一度活躍の場を与えられたくらいで、その人の実力は分からない。日をおいて機会を与えてくれる。
その際に、上手く指示をこなして特に不安な要素がなければ、引き続きちょこちょこと機会をもらえる。
ちょうど季節の節目、人の入れ替わりの時期にさしかかっていたりすると、程よいスキルを持った人材が足りない日がある。僕らはシフト制なので、毎日熟練の人材がやって来るわけではない。学生さんは卒業やテスト、就活などで穴が開く期間が発生する。
そんな時に、僕の出番が回ってくるのだろう。
だから一通りの作業手順も難なくこなし、ほとんどのイレギュラー対応も習得し、何でもあれな状態に到達していた。
突然アトラクションがダウンしようが突然雷鳴が轟こうが、同時にビッグサンダーとスペースマウンテンが止まりゲストが大挙して押し寄せようが、全く動じなくなっていた。まあ動じたことなんてなかったといえばその通りなのだが。
仕事をこなせない状況が、思いつかない。
だから、様々な手法を知ることができたし、多少の風変わりな戦法をリードから指示されたとしても、いつでも対応できた。
だからこそ、その戦法は一目見て妙だなと直感したのだ。
新しいアイデアを常に考え出し、実行するJBさん
JBさんはリードの中でもかなりのいじられキャラだった。
小柄でほがらか、大体穏やかな性格で滅多に怒ることがない。なのでキャスト達からも慕われていて、次第にいじられキャラ的存在になっていった。
スプラッシュのオープン時はトレーナーだったが、当初のリード達が矢継ぎ早に抜けていくと、すぐに昇格してリードになった。元々はトムソーヤ島いかだのリードを務めていたので、この回でちょっとだけ登場する。
でも僕がマークトウェイン号で勤務していた時は、ほとんど会話を交わしたことがなかった。
しかしスプラッシュにいてその動きを見ていると、彼はとても斬新で面白い仕事をする人だと知った。
一言で言うと、新しいアイデアを試したがる人だ。
★
その日より、半月くらい前のこと。
パレードが近づいていた時間帯。
僕が屋外に出ていくと、JBさんと数名のキャストがアウターキューを調整していた。
場所はクリッターカントリーの入口付近に当たる、F区画だ。場合によっては列の調整に、非常に神経を使う位置でもある。
ここは前回ご紹介した通り、岩周りの岩のすぐ横からゲストに入場いただく位置である。
この日の混雑度だとF区画があれば十分列を収容可能だ。が、周囲のコントロールに細心の注意を払わないといけない。
特に、パレードの最中は、付近を通る人と列に並ぶ人を上手に分けて、ロープの内と外を案内しなければならない。
僕が見ていると、F区画を設置した状態でパレードを乗り切る事にしたようで、みんなが準備を進めていた。
すでにパレードは始まっており、大勢のゲスト達は、間近のパレードルートを通過するフロート上のキャラクターやダンサーに見とれている。
途中で、JBさんが指示を出した。
「ゲストを内側に通してくれ」
ん? と僕は思った。
パレード中、アトラクションに並ぶ人は自然と減ってくる。列が縮んでくるので、キューエリア内の流れはいったんショートカットしないといけない。
通常、キューエリア内で折り返す列が減った時は、最後に残すのは外縁のラインである。
内側の一往復をカットし、外側を残すのがセオリー中のセオリーだ。
ゲストの多くは、長い待ち時間を過ごすため、飲食物をグループの中の誰かが買いに行き、また戻ってきて列内に合流する。
そこで、先に並んでいる連れのところへ入っていく人がけっこういる。
当然、ロープをくぐって中に入ることになる。
その際、列が内側にあると、何本ものロープをくぐり抜けて入っていくのだが、これは危ない。ロープに体や荷物を引っかければケガの元になる。また引っかかったはずみで、買ってきたジュースや食べ物を入れたトレイを落としてしまうことだってある。
だからできるだけ、ロープはくぐってほしくないし、そうしないよう配慮しなければならない。
(そもそもゲストにくぐってもらうこと自体がよくはないのだが、仕方ない)
どうしても入る必要があれば、節目の位置で開けてあげるか、くぐるのは1本だけにしてもらう。上記の図のように、外側を通すのが常識だ。
できるだけくぐる本数を減らしてあげないといけない。だからキューエリアが埋まっていない時は、常に外側を通すのが常識だ。
しかしJBさんは、そのセオリーを破って、最内縁の列を通せと言うのだ。
ゲストが岩の横の入口から入ったら、まず最も内側のラインを進む。折り返して一本外側のラインを折り返し、最も外側を通って先の区画へ流れるという順路を取った。
これは、通常の流れと逆方向に進むことになる。今まで見たことのないやり方だ。
奇策に対して疑問を払拭できない僕は、彼に逆らった
これには、意味がある。
パレード中に、ゲストが予想以上に減った時は、F区画も撤去しないといけない。
キューエリアを撤去する際、セオリー通りなら、外縁のラインを通っている。撤去作業を開始する際は、外側を進むゲストの列を、内側へ移動させないといけない。
しかし、どんどんゲストが減っているときに列の移し替えを行うには時間がかかる。
最後尾が吸い込まれないように、かつ伸びないように。
そして、そこまでゲストが減っているなら当然、最後尾が伸びないようにと、別の区画のカットを行なっているはずだ。
列の進みは全体的に緩慢になる。
列の移し替えは、外側を通っているゲストの最後尾にキャストがつき、新たに並ばないようにする。
そして、内側へ入れるゲストを足止めさせておく。
外側ラインが抜けきったら、止めていた後続列を内側へ誘導。
これをやるのにキャストが2〜3名必要。
それをやりながら岩周りのコントロールを行い、さらにキューエリアの撤去を行うには、全然人が足りない。
パレード中にロープの撤去を行うのは、かなりリスキーだ。そんな作業に追われている間に別のイレギュラーな対応が発生したら、もう完全に手が回らない。
基本的な入口の案内ができないなど、運営しているとは言えない状態だ。あってはならない。
だから、JBさんは、それを恐れて内側を通す方法を採った。
内側を通しておけば、ゲストの安全確保のレベルは下がるが、キュー撤去を判断した際、迅速に作業を進められる。あらかじめ列を内側に入れておくからだ。撤去を見越した準備をしておく、という作戦だ。
しかし僕は、そのやり方に違和感を拭えなかった。
確かに、キュー撤去となったら有効かもしれない。作業は素早く済ませられるし、その分他へキャストを振り向けられる。
でも、今日のこの混雑状況なら、わざわざパレード中にロープ撤去を行っても余裕で乗り切れるんじゃないか?
外浮きの人数も不足ないし、上の方のキューをカットして列の最後尾が中に入らないようにするのは、そんなに難しいことじゃない。パレードが終わるまで乗り切って、後で撤去すればいい。わざわざ列を内側に入れたままでパレード中を過ごすなどという、セオリー破りをしなくてもいいはずだ。
何より、ゲストのロープのくぐり抜けを防いだ方が安全でしょ。
確かに面白いやり方だけど。
それが、数日前のできごとだった。
「失敗したらお前、殺すぞ!」
だからその日、再び彼が同じ作戦を取ろうとし、僕に指示を出した。
「パレード中は中に通せ」
知ってるよな、と僕に言っていた。
最近このやり方を何度か繰り返していて、その意味も方法も知っていた僕に、それをやれ、と言っているのだ。
「あれ、外側じゃダメですか」
僕は気になっていたことを言った。
「問題ないだろ。内側で(やれよ)」
「でも、危なくないですか」
「大丈夫だよ」
JBさんはムッとして答える。
「内側でいきましょうよ。何とかできますよ」
反論する僕。
自分でも不思議なくらい、ムキになっていた。
「お前……」
JBさんは明らかに苛立っていた。
「……失敗したら、お前殺すぞ!」
その場にいた20人以上のキャストが、凍りついた。
僕も意地になっていた。
「分かりました」
覚悟の上だ。
★
パレード中。
僕は最新の注意を払って列を監視した。宣言してしまった以上、ミスは許されない。
一瞬も目を逸らさないくらいに神経を尖らせて、パレード中を過ごした。列の動きを毎秒ごとに追いかけ、どんな些細な変動も見逃すまいと必死に見張った。
お陰で、大したトラブルもなくパレード終了を迎えることができた。
列は安定して流れ、トラブルもなくゲストは列に並んでいる。
ほら。
やればできるじゃないか。
僕は勝ち誇ったように、平和なクリッターカントリーを見渡した。
しかし、違和感が残っていた。
そして、それが解消されることはなかった。
違和感の正体は、彼のアイデアに対する「ねたみ」だった
その翌年の、リハブ(改修工事)期間中。
スプラッシュ・マウンテンが3週間ほどの改修工事期間を迎えている間、キャストの中で希望者が、旅行が開催された。大体毎年のように、リハブ期間中は旅行の企画が持ち上がり、その年も実施されたのだ。
一泊二日の旅行の、初日の夜に、宿泊先の宿の庭でバーベキューが行われた。
みんなが酔って騒ぎ、食材も尽きる頃。
ところどころで少人数が固まり、おしゃべりに興じていた。
たまたま、僕と他の2〜3人が喋っているところへ、JBさんがやってきた。
全員が酔っていた。
その場の話の流れは、仕事のやり方についての話になった。
顔を赤くした上機嫌のJBさんは、前触れもなく語り出した。
「ま、お前にはお前の考えがあるからさ。それでいいと思うぜ」
と、懐の広いコメントをくれた。
僕は、何も返せなかった。
なぜなら、一年たっても、あの時の違和感の正体に気づけなかったからだ。
隣で聞いていた他の子達は、何のことだかさっぱりだっただろう。
僕とJBさんしか通じない、前年のできごとの、実にあっさりとした、会話だった。
★
数年かけて、少しずつあの違和感の正体がつかめてきた。
僕は、自分が考える、正しいやり方にこだわっていた。
より正しく、賢い方法を選択すべきだ、というこだわり。
それは自分の考えを誰かに押し付ける種類のものではない。
アトラクションの責任者は、その全ての責任を負っている。何かあったら、その責任は、責任者のところへ向かう。
僕が、リードはおろかトレーナーでもない立場でありながら、自分の考えにこだわった。
こだわり、意地になって貫いた。
あの時は安全を保てたが、もし何か重大なトラブルが起きたら?
僕がではなく、責任者がその責を問われる。
何が正しいかではなく、誰が責任を負うか、で判断すべきこともあるのだ。
要するに、出過ぎた真似をしたのだ。
いや、それよりも。
次々と新しいアイデアを繰り出し、それを試していくJBさんに、ある種のねたみを感じていたのかもしれない。
彼の気の利いたアイデアに、ケチをつけたかっただけかもしれなかった。
さらに言えば、自分の立場をわきまえることの意味を知ったのかもしれない。
自分の考えが正しいと押し切ることよりも、遥かに重要なことがある、と。
そしてこの経験は、のちのち新しいリードを迎えた際に、自分に役割を与えるという、新たな能力に僕が目覚めるきっかけにつながっていくのだ。
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