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ひとえきあるくこころみ

おなかがすいた。眠い。

月1のヤツが襲来する兆しがする。加えて食欲の秋も本格的にはじまってきた。以前ならば体育の授業で嫌でも落ちていたのだが、大学に入ってからの運動は登下校の徒歩と階段の上り下りのみ。明らかに運動不足だ。

肥える前に動こうじゃないか。

…ということで、最寄の一駅前で降りて、自宅まで歩いてみることにした。


超が付くほどの方向音痴なわたしでも、一駅くらいは迷わず歩ける。駅ビルを抜け、パチンコ店を通り過ぎて歩き出した。

夏の終わり、最後に一駅分歩いたときと向かいの自販機の広告が違う。いつ変わったんだろう。広告が変わったことにどれくらいの人が気付いたのだろう。なんて考えながら、廃線になった踏切を通りすぎ、信号を渡った。

通っていた幼稚園が見えてきた。妹も通っていたため、卒業してからもちょくちょく遊びに行っていたのだが、ここ数年はすっかり足が遠のいてしまっている。夏になるとよく鳴いていたクジャクは元気だろうか…

交通量の多い道に出ると、小雨が降ってきた。このくらいなら濡れるのは嫌いじゃない。むしろ、好き。眼鏡のレンズが濡れるのは気になるが。


そう、眼鏡。新しい眼鏡がほしい。視力が落ちたわけでは(きっと)ないけれど、今使っているものは完全に色だけで選んだもので、顔のタイプだったりは全く気にしていなかったから。ボストンタイプがいいな。銀か茶色の、細いフレームのやつ。クリスマスにでもねだってみよう。母も欲しいと言ってたし、ついでに。

長い長い上り坂に差し掛かった。車で上ればほんの数分、でも歩くと、わたしの歩幅だと15分くらい。でもいいんだ。こうやってゆっくり歩きながら、色んなことをぐるぐる考えることだって、たまには。

反対側の信号に、マスクを外した男性。そうか、原則屋外ではマスクを外してもいいんだっけ。誰とも一緒ではないし、人通りも少ない。思い切ってマスクを取ってみた。口許を風がなぞる。当たり前のことだったはずなのに、今は心地よさとちょっとの背徳感が背中をぞくっとさせた。

さっきの男性とすれ違って気付く。彼は中学の同級生だ。1度クラスが同じになっただけ、まともに会話もせずに卒業したくらいの間柄だから、わざわざ引き留めてもしょうがない。向こうはわたしを覚えているか分からない。それでも、少し嬉しかった。

同じ街に住んで同じ駅を使っているのだから、行き帰りの電車や休日に小中学校の友人とばったり会える可能性は高いと踏んでいた。でも大学生になって2年、そういった偶然はそうそう起こらないことに気付いた。こんなに近くに住んでいるのに。会おうとしないと会えないのが寂しい。

名前の頭の2文字をとって呼ばれるのが好きだ。「あおば」だったら「あお」みたいな。ハードルの高い呼び方ではないと思うが、「あお(仮)」と呼ぶのは、この街に住む小中の友人たちだけ。ありがたいことに高校、大学と良い友人に恵まれているけれど、地元の幼馴染たちは別だ。いちばん素でいられる。いちばん気のおかしい会話をしている。そんな時間も、もう作ろうと思わないと作れない。坂を上りながら考える。


少し歩いて蒸してきた。上着を脱ぐ。今日の服装は白シャツにほうじ茶ラテみたいな色のベスト、チェックパンツ、こげ茶のローファー。高校生っぽくコーディネートした。いや、すれ違う人には高校生に見えるかもしれない。身長が低いせいで、初対面の人から実年齢を当てられたことはほぼない。そうだ、近いうちにひとりでお酒を買いたい。何歳まで年齢確認されるかゲームするの。くだらなくてわくわくする。

1650円のリップを高いと言って買うのを躊躇うのに、9900円のライブ映像付きアルバムはひょいひょい買っちゃうところ、残念だよなぁと思う。きっとお酒も、高いから今日はやめよーって言って先延ばしにするんだろうな。


とりとめのないことを考えていたら、下り坂に差し掛かった。晴れていれば、夕陽がきれいに見えただろう。今日は見事な曇天だけれど。

母の車が視界の隅を走った。妹の習い事の送迎だ。母と妹は、わたしに気付いただろうか。答え合わせは後でにしよう。

ああ、この時間にこの状態でファミレス前を通り過ぎるのは酷だ。ハンバーグの匂い。フェア商品ののぼり。飯テロが過ぎる。自然と足が速く動いた。


坂を下り終えて、右に曲がる。ここからあといくつか坂を上れば、わが家だ。

そうだ、今日のことをnoteに書こう。一駅分歩いているときに考えた色んなことをそのまま書いてみるの。タイトルは…『秋の午後、小雨に濡れて』…いや、弾けなかったピアノ曲の題名のようだ。まあいい、後で考えよう。明日は土曜日。時間はたくさんある。

わが家の前に着いたとき、遠くで電車が走る音がした。最寄り駅まで乗っていたらもっと早く帰れていただろう。今更そんなことを考えたってしょうがない。少しリラックスできた。健康的な気がする。成果はじゅうぶんだ。

近いうちにまたやろう。家の扉を開けた。