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ウロボロスの環

覚えているか

目隠し用のガラスのついたてのあちら側から、まなざしだけで彼が言う。

暦のなかで季節を分けたばかりの街、もの憂げな老人たちが肩を並べる昼下がりのカフェで、なつかしい存在が語りかけてきた。


君があまりに変わらないから驚いている


これはお世辞ではなくどちらかと言うとこちらがあまりにも‘変わらない’ことを諌めている調子だ、とすぐに気付く。


途中で道が分からなくなっていたの…見つけようとしたんだけど、忙しくて


責められたような気分になり、とっさに言い繕ってしまう。
無言。
無言もまた気まずいのだが、その存在はこちらの反応をじっくりと観察することで気付かせるという術を使ってきた。

かつての世界での姿とは変わっているが、目が同じである。だからそこで知り合った者同士はまた違う世界で出会ったときに互いを識別できる。そういう仕様になっているのだ。

おそろしいほどの美しい容姿がこちらでは邪魔であることを察したのか、彼は凡庸を見事にかたどった姿でカフェに紛れ込んでいるが、目のなかに全てを折りたたんでいる。そのまなざしに晒されるとくらくらするような美しさがこちらを刺してきて居心地が悪い。


やれやれ、蛇ともあろうものが


そう溜息まじりに言う声が脳裡に届く。


視界のトーンが切り替わる。
あれ?これは物語の続きだろうか?
あの物語は続いていたのだろうか?
蛇?……そう、私は蛇だった。森を統べる蛇として世界を抱くものだった。

こちらの世界は早い。
時間というものが表層のすべてを押し流す。
というよりも時間をうまく捉えられないまま人間たちは分かったふりをして‘生きる’ということをしている。

森では時間はなかった。
そこを統べる者であるからこそこちらに来てみる必要があったのだった。
彼は……向こう側からなおも視線を寄越しているが、彼はクロノスの子であり、クロノスそのものでもあり、時間を統べる者でもあったっけ。
私たちは異種間婚礼を経て、私が子を身ごもり……


それからどうなったの?

私はあたらしい世界を産んだのかしら?

物語は再び編まれるのだろうか?

私は変わるのだろうか?


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