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日記:モクと過去

 仕事で嫌なことがたくさんあった一週間でした。

 心が限界になってタバコを久しぶりに吸いました。6年ぶりとかかな。クソまずかったです。クソまずくて安心しました。


 吸っているうちに昔のことを思い出したので、タバコの話をしましょう。
 タバコを吸う理由はひとにより色々ですが、おれは昔から「脳を考えさせないように吸う」という使い方をしていました。
 はじめはキャスターが甘くていい香りがするから吸う、なんて考えていた時期もあったのですが、「…結局自分の口で吸う主流煙はタバコの苦い味しかしなくね?」と気づいてからはピースやアメスピに転向しました。


 人間関係が嫌でした。
 大学時代、友人には恵まれたほうで、しかも大学生にもなると人と人との距離は遠くなるので嫌な人とも遠ざかれるはずで、わりあいストレスはないはずでした。ですが同じ講義とかになってしまうとそうもいかないので、うっすらおれのことをバカにして見下しているグループとかと関わらないわけにもいかず、嫌で嫌でしかたなかった。
 サークルも最悪でした。生徒会のような学生の自治サークルに入って一年目はよかったのですが、女の子を巡る奪い合いで同期が派閥割れを起こしたり、性格の不一致で同期同士が対立した結果、片側の派閥にいるおれの友人(仕事はできるが少し性格にきついところがある)についてもう片側の派閥が下級生に悪い噂を流してギスギスさせたりしていました。ウンザリでした。会議のたびに嫌いな奴の足を引っ張るためだけに否定意見を投げつけてポジショントークを繰り返すクズどもの戯言をカタカタとワードに打ち込んでいました。本当に憂鬱です。議題が進まない。実のある意見以外は打っては消すので字数が増えない。会議時間が伸びる。時計が20時を回る。眠い。無駄、人生の無駄。この時間でマックでダラダラしたり友たちの家でマリオパーティしたりスマブラができるではないですか。書記という仕事がこんなにハードとは思わなかった。

 そんな日は喫煙所に寄って、お気に入りで着すぎてよれた小汚いカーキのM65ジャケットの内ポケットからキャスターのソフトを取り出して火を付けました。いま思えば毎日同じジャケットを着ていたことにも他人に小馬鹿にされる理由があったんでしょうね。自分で自分のことをいつでも歳にそぐわないガキなところがあると思っていましたが、大学生なんていう花盛りおしゃれ盛りにそういう人目を気にした小綺麗なファッションができなかったこともそのひとつだったと思います。
 吸う。まずい。一本目の一口目はまずい。二本目で口が慣れてくる。少しずつ脳が鈍くなり、嫌なことが遠ざかっていく。それが幸せでした。悪い考えをかき消そうとして口から漏れ出そうになる「うるさいうるさいうるさい」という意味のない汚言が自然と霧散していく。何も考えなくて良いということほどうれしいことはない。
 同じ喫煙者の先輩に「へぇ吸ってるのか?おまえは吸うイメージないけどな…?」という話からぼそりと少しだけ本音を明かしたら、「楽しくて吸うならいいがそういう吸い方はやめたほうがいいぞ」と諌められたりもしました。いま思えばそのとおりですね。その節はありがとうございました。ついぞ言うこともなかったですが、おれはね、あなた達がそういう先輩だからついて行こうと思ったんですよ。

 先輩たちがサークルから引退し、少し経った頃、おれの風船の糸が切れました。
 もうどうにもならない、不毛な、地割れを起こした人間関係でカラカラに干からびたサークルをあとにして、必修単位が足りなくて入れなかったゼミを諦めて、家にこもり始めました。将来と学生生活への漠然とした不安でまだ家の軒下でぼんやりふかすこともありましたが、嫌いなものに触れる時間が減ったのと比例して自然と本数は少なくなっていきました。
 妹の嗅覚が敏感で、特にタバコを嫌がっていたのをかわいそうに思ったりもしたので、禁煙するまでにそう時間はかからなかったと思います。

 夜の川沿いを散歩しながら、タバコの先を灰皿にトントン落としてそういうことを考えていました。おれのストレスは本当に「人が嫌い」の一点で爆発的に生じるんだなぁ、としみじみします。次点で「忙しくて自分の時間がない」ですかね。
 詳しくは大人なので言わないですが、今も色々と性格がアレでしんどい人といっしょに働いていることで気が狂いそうなので、自分の根っこや吸う理由が前に吸ってた頃と変わらなくて苦笑します。

 好きで吸ってる人とは違って、おれにとってタバコはなくていいものだし、ない方がいいものだなぁと再確認できた気がします。いまもまだタバコをまずいと思えてよかった。う~ん、クソマズい!!


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