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その4|谷相の記憶と沖縄やんばるの暮らし
高知でのひと時はあっという間に過ぎました。
4日目の夜、まりぼんさんのひとことのあとにユミさんとおはなしする時間がありました。
弟子になるうんぬんより学生のときに悩みに悩んだアイデンティティのことや、私のうずまいているいまの環境の話や、いろいろなことをはなしました。ユミさん自身はうなずいて聞いてくださっているかんじで、時折質問をしてくださいました。はなしのなかで、わたしの背景を知って私の創作する(べき)理由みたいなのをきらりとつかんでくれたように感じました。
ポートフォリオもこのときにおみせして、ぜひ弟子のみんなにも見せたいということでこれは置いて帰ることになりました。
帰る日の朝、荷物をまとめ最後の宿題のぞうきんちくちくを仕上げていました。(家に滞在する場合は、みんなに宿題として、ぞうきんをお願いしているそうです。ちくちくは自由で、滞在後にそのひとにおもいを馳せながら、そのひとがつくってくれた雑巾をつかってお掃除するとあとから知りました。)
玉止めもこうだったかな?ぐらいの感覚とスキルだったので、最初のひと縫いをするのにも勇気がいりました。合計7枚だが9枚くらい仕上げるのもわたしにとって大変で、夜の寝る前に30分~1時間、眠い目をこすりながらちくちくしたのを覚えています。なんとか最終日に全部ちくちくの軌跡を残してお渡しすることができました。「ぜんぶできたの?」といわれたとき、やってよかったとおもいました。わからないなりに推し進めてやることの大事さを勢いを学んだような気がします。
空港まで車で送ってくださるとちゅう、ユミさんに弟子入りのご提案をいただきました。
私のマイノリティ性、つくる理由、いろいろが重なって私のみらいとユミさんの未来をかさねあわせてくれたようでした。もうすでに1本文章もかけるとおもうよ、のひとことも。
特にわたしの作家性に期待とかじゃなくって、自分(ユミさんが)気にしている問題(フェミニストとしての人権とか)に私の存在がかさなったのかな~とおもったけど、お弟子のご提案はとてもうれしかったです。5日間のくらしとしごとをみさせて頂いて、余計にお弟子になる解像度があがりました。
その場で返事はせずあとからメールしますと御礼をいってわかれました。
沖縄のやんばる地方に家を借りて、リモートワークでしごとをし、沖縄の全粒粉パン屋さんで週1でアルバイトをしつつ、マネージャーになってほしいといわれて、埼玉にはそのとき大すきだった農家さんがいました。リモートワークのアルバイトも、正社員にならないかのおさそいもこの時期だったような気がします。
東京の実家にかえる道すがら、私のこれからが、未来ががひらかれすぎていて、まぶしすぎるくらいでした。
結局、私はユミさんのお弟子を選ぶことはできませんでした。
自分の居場所がここだ、という気持ちに全力でなれなくてそんな自分もまたなにかうしろめたくて数か月は、ずっとそのことで悩みました。でも、私の心の中ではいつも、谷相(ユミさんのおうちがあるところ)にこころはあるし、暮らしの時間軸は沖縄、東京にかえってもおなじままいつもおもいながら暮らし続けました。
過ごさせていただいた時間が尊すぎて、たいせつで、でも私は私の居場所を作ったりつくってもらったりして今いふくとをつくって、育てようとしています。
ものづくりの作家としてもっともっとしごとしたいとおもいながら、『服でみんなの居場所をつくる』を実現したいと日々創作にいそしんでいます。
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