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自宅から半径5km以内の……

島について書く。

 オンラインサロン「PLANETS CLUB」で、2020年から毎月行われている文章講座「PLANETS School」。21年度は毎月課題が出る。4月のテーマは「自宅から半径5km以内にある場所について書く」だ。

 真っ先に思い浮かんだ場所は『あつまれどうぶつの森』(以下『あつ森』)だ。自分が移住した無人島「あるはずのない島」(命名は自分)。Nintendo Switchの電源を入れ、ソフトを選択すれば、すぐに行くことのできる自宅から半径5km以内の場所である。もともとは年末年始の運動不足解消のためにSwitchを購入したのだが、リングフィットは現在、放置の憂き目にあっている。同じころ、ネットでドールハウス的なものを見かけ、やってみたいと思ったが、これ以上家に物が増えるのも、と手を出さずにいた。『あつ森』ならば家具が増えてもデータだから、家に物が増えることもない。そしてコロナの影響で旅行もなかなか行きにくいが、ゲームの無人島なら気兼ねなく出かけられる。この二つから『あつ森』を買わない理由はないと、自分に言い聞かせてダウンロード版を購入した。

 うたい文句は「無人島でスローライフ」であるが、実際に生活を始めると、スマホを使ってのやり取りやコンビニでお馴染みのマルチメディア端末(ATMもついてる!)が設置されていたり、通販もあるので買い物もできたりと、思っていたよりずっといまの生活に近い暮らしができる。しかし、物を買うにはお金もかかるので、生活に必要な道具や家具は島にある材料を集めて、自作する必要がある。島での暮らしは道具作成の材料集めや釣りや昆虫採集でお金を稼いだり、住民の動物たちとコミュニケーションを取りつつ、島の開拓や自宅を整えていくのが基本の過ごし方である。

 そんな2月のある夜、いつものように材料集めに勤しんでいると、空に輝く白い光に気がついた。何があるのかと光の方向をよく見るとそれは月だった。作業の手を止めて、あらためて自分のいる場所を見渡してみる。さえざえとした月の光に照らされた木々や花が、ごく自然に風に揺らいでいる。その光は、いつかどこかで見た月の光に思えた。道具や家具を作るための素材集めばかりに集中して、あたりの景色をじっくりと眺めるということをしてこなかったことに気づく。なにをそんなにガツガツしているのだと問いかけるように浮かぶ月。ゲームを始めて1ヶ月近くが過ぎていたが、「スローライフと言いながら、まったくスローライフじゃないじゃん!」と思うことが多々あった。けれども、ここでどう過ごすのかは、その人次第なのだというしごく当たり前のことに思い至った。

 それからというもの、島の天気や自然に目が向くようになり、この島での季節のうつろいを存分に味わおうと思うようになった。晴れた日の雲ひとつない抜けるような青空の清々しさや黄昏時の茜色から夜へと少しずつ表情を変えていく空。どの空も陰影に富んだ姿を見せてくれる。雨の降り方も本降りで一日中降り続く日もあれば、少しずつ弱まって最後には雨が上がるような時もあった。またある時は降ったり止んだりと目まぐるしく天気が替わり、春の天気だからかな、と思ったりした。天気雨の日はどこかに虹が出てるのではないかと、期待しながら島中を駆け巡ったが、残念ながら虹は出ないようだった。最近ではさまざまな種類の蝶が一斉に飛び始め、春がやってきていることを実感する。その蝶も雨が降り始めると一斉に姿を消す。現実の世界と同じ理で動いていることに感心してしまう。

 今にも雪か雨が降り出しそうな、どんよりとした灰色の雲が垂れ込めた寒い日はコートにブーツにニット帽とひと通りの防寒をしてから家の外に出る。もちろん島が寒くて天気が悪いからといって、現実の私が寒さを本当に感じることはない。それでも島にいる自分が寒い格好で歩き回るのには抵抗を感じてしまう。雨の日も同じだ。ゲームの始まりはいつも自宅玄関前からだか、雨が降っていると知ると慌てて家の中に戻って、雨具を身につけてから外出する。これも島にいる自分が濡れたからといって、現実の自分が濡れるわけでもない。それでも、なのだ。その時の天気にあった服を選ばないとどうにも居心地が悪い。天気に関係なく着たいものを着ればいいのだが、やはりその時に合ったものを着ないとな、と思ってしまう。

 当初の目的からまったく変わってしまったわけではないけれど、いまはその日の天気であったり、どんな風に季節が進んでいるのかを楽しみに訪問するようになった。移住は島一面に雪が積もる冬からだったが、今は桜が咲いている。その桜も終わりが近くなったからか、島中に桜の花びらが舞っている。川面も花びらが流れていて、しばしその姿に見入ってしまう。桜が終わってしまうのは残念だが、この先には夏、秋とまた体験したことのない季節と出会えることを楽しみにしている。

(夜桜でお花見中)

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