話しにくい人とのコミュニケーション
先日、話しにくい人と話す機会があった。
誰でも話しやすい人と、話しにくい人がいると思う。
あなたにとっての話しにくい人って、どんな人ですか?
私にとって、話しにくい人は、
・聞く耳を持たない人、自分の話ばかりで人の話を聞かない人
・自慢ばかりする人(←プラス人の話聞かない人が多いパターンな気がする。)
(その自慢は大したことない場合が多い。自慢したがる人って、中途半端な人ばかり。本当にスゴイ人は自慢しない。)
主に、この二つがすごく私には、大変な時間。笑
こういう人が苦手な人って、多いと思う。
こういう人を特に好む人って、逆にいるのか疑問。
場合によっては、男らしいとか思うのかな?
上から目線とか、”おじさんが若い女性に対するコミュニケーション”(小さい子供に話すような口調で、舐めて話すアレ)とか愚痴とかは、上記に比べたら全然耐えられる。問題ない。その人の立場とか状況を考えて、気持ちに同調するし、自分の聞きたい話を聞けるように促して、自分の知らないことを知れるのは、どんなやり方だとしても楽しい。
先日の話しにくい人に関しても、私の知らない話はたくさんあったけど、兎にも角にも自慢が多かった。
なぜ、自慢をするんだろう。自慢しなくても、自分の事実を伝えるだけで十分伝わるし、こっちはその都度感心するのに。むしろ、自慢すると自分の宝石を自分で傷つけているようにも見える。
※私が言う自慢は、「オレ上手だから」「オレうまいから」「オレモテるから」っていう自称を指す。社会的評価(会社で賞をもらった、他人に褒められた)とかは自慢に含まれていないし、不快にも思わない。
きっと自慢するのは、承認欲求や注目を浴びたい欲求、また男や年上だったら、自分を強く、大きく見せるためなんだと思う。インスタ映えだって、ポケモン(ポケットにモンブラン)だって、いつの時代も自慢をしたい人っていうのはどんな形であれ存在する。
私はインスタ映えも初めから萎えてたし、すごいその、競り合いみたいなものに興味がない。結婚式のパーティドレスや夏祭りの浴衣を、お世辞で「可愛い」言い合うのも、興味ない。人を喜ばせるために褒めはするけど、過剰にそのやりとりをするのは、すごい不毛だと思う。
まあ私は、競争とか勝負とかの枠組みにいない生き物だから(ブランドに興味ないところとか)私の意見はいいとして、自慢する人の対処の仕方でも書いておこう。
私は外国人の友人も割といる。そういうときは、意見しないと話が進まないし、すぐイケテナイヤツになるし、良いも悪いも意見をガンガン言う。外国人といると、気遣いより「話す」っていうスイッチが入る。文化の違いがあるから、多少理解できないことや話しにくい時間になっても、不快に思わず寛容になる。
自慢する人や自分にとって比較的楽しくない人といるときは、その人と自分とで「流れている文化が違う」と捉えている。外国人スイッチを入れて、話を聞く。
同じ日本人でも、育った家庭・環境・性格で、全然文化は違う。年齢が違っても、仕事が違っても、流れている文化が違うから、舌も違うし(美味しいと思う料理はライフスタイルによって変わると思う。実際に私は、会社員を辞めて自炊をするようになってから、塩辛くて・自分で作るよりまずくて…食べられないものができた)、着る服も違う。
この、共感できない部分が対人関係において多いのは、今の時代は特に多いと思っていて、過去の日本よりずっと今は、コミュニケーションが難しいと思う。
この問題はすごく多角的で、複雑で、壮大だから、一口には言えないけど、共通の理解は減っている感じがする。
単純に、話す人も聞く人も、もっと相手のことを考えながら、考慮しながらコミュニケーションしてほしいし、聞く耳持たない人は、聞く耳持たないことをどうにかして自覚して他人の話を聞いてほしい。
自慢に対する愚痴は実際よく聞く。そういう嫌われちゃう人って、(愚痴がバケツリレーのごとく広がっていくから)二重にも三重にも迷惑かけちゃってる。
人の悩みって人だから、この問題は普遍的でどうしようもないんだけど、ちょっとずつでも良くなればいいな。
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