リーサルマイホーム! 第1話
【タイトル】リーサルマイホーム!
【あらすじ】300字以内
新人刑事の天沢海道(あまさわ・かいどう)は刑事となった初日、強盗事件に遭遇してしまう。強盗を捕まえようとするが、拳銃を持ち出した相手に殺されかける。そんな彼を助けたのは、同じく拳銃を持ったふたり組の少女たちだった。ふたり組は圧倒的な力で強盗を倒してしまう。
その後、海道は元警察官僚の祖父に呼び出される。そこで再会したのは、彼を強盗から助けた少女たち・朱遠(シオン)とレナ、そして真央(マオ)だった。
祖父によれば、彼女たちは元マフィアの殺し屋であり、今は警察に協力しながら社会復帰を目指しているという。そして、祖父から海道は彼女たちが普通の女の子になれるように、同居するように命じられたのだった。
【コンセプト】
新人刑事が(元)殺し屋の女の子たちを普通の女の子になるように同居しながら社会復帰を目指すバイオレンスホームラブコメディ。
【登場人物】
●天沢海道(あまさわ・かいどう)/25歳/男
警察官。交番勤務から新人刑事になったばかり。代々エリート警察官を輩出する家柄だが、海道だけはノンキャリア。だが、本人は身近な人を救いたいと思っているので気にしない。
正義感が強くて、困っている人は助けずにはいられない熱血漢。戦闘面に関しては、あくまでも警察学校で学んだ程度であり、元殺し屋の三人の少女たちには遠く及ばない。
●朱遠(シオン)/16歳/女
メインヒロイン。元一流の殺し屋。出身は不明であり(本人も覚えていない)、五歳の頃に誘拐されて、海外マフィアに殺し屋になるように育てられた。マフィア同士の抗争の中で敵対組織のマフィアを殺してきた。
朱遠は元々日本出身だが、誘拐されて海外に連れて行かれて、殺し屋として育てられる中で、マフィアが自分たちに従順になるように洗脳した結果、記憶が曖昧になってしまった。
物語としては、様々な事件や海道たちとの日常生活の中で、彼女は本当の記憶と名前を取り戻していくことが本筋となる。
天然の赤毛であることから『スカーレット』という別名の名前で知られている。無口な性格であり、他人を寄せ付けようとしない。他人を信用しないが、海道との生活で徐々に心を開くようになっていく。シューアイスが好物。愛銃は黒のグロッグカスタム。
●レナ/17歳/女
元一流の殺し屋。金髪の陽キャギャル。ギャル語で会話をする。元々は欧米の貧民街で生まれ育ったところを、マフィアに拾われた。殺し屋の時の二つ名は『ブラッディ・デリンジャー』。
誰に対しても明るく接するが、他人の感情や痛みがわからないところがある。下ネタも平気であり、男に裸を見られても平気。戦闘狂の気質があり、危険なほど気分が高揚して、すすんで飛び込んでいく。スナイパーとしても超一流の腕の持ち主。
レナは危ない事件であるほど燃えるために、平和な日常になじむことができずに、やがて海道や朱遠と敵対してしまうが、海道や朱遠たちとの生活を好きでいる自分に気づいていく。
朱遠とはライバル同士であり、いつかどちらが殺し屋として上から決着をつけたいと思っている。愛銃はシルバーのベレッタ。
●真央(マオ)/15歳/女
黒髪+褐色の肌の少女。親から捨てられたところをマフィアに拾われた。猫のように気まぐれであり、善悪の判断がよくわからない。すばしっこい動きと暗器を利用することから、殺し屋の時は『黒猫(ヘイマオ)』と呼ばれていた。暗器の他にも罠などを仕掛けるのが得意。
最近ではゲーム機にハマっており、一日中ゲームをしている。
真央は戦いしか知らなかったが、野良猫が飼い猫としての幸せを得るように、徐々に平和な日常を愛するようになり、その平和と家族(海道・朱遠・レナ)を守るために真央は戦うようになる。
●天沢重道(あまさわ・しげみち)/76歳/男
海道の祖父。元々警察官僚のエリートであり、若い頃は『鬼の重道』と裏社会から恐れられていた。現在は定年退職をしている。しかし、現在も警視総監と仲がよく、息子であり海道の父親の士道も警察官僚であることから、警察とは今も強いパイプがある。
息子の士道の頼みで、朱遠たち三人を一時的に預かり、海道に三人を託すことを話す。
元々孫娘がほしかったことから、朱遠たちにはとても甘く、肩入れをしている。趣味は筋トレであり、現在でも体を鍛えて筋骨隆々であり、外見は歴戦の傭兵みたいな姿をしている。
●天沢士道(あまさわ・しどう)/50歳/男
海道の父親。現役の警察官僚であるが、公安という警察組織でも海外や国内のテロ事件や組織犯罪など危険で、重要機密の事件を多く取り扱っている。日本に流入してきた海外マフィアを壊滅させた際に殺し屋だった朱遠・玲・真央と交戦して保護する。
朱遠たち三人を国外に強制退去させることもできたが、それではあまりにも不憫だと思い、『リーサルプログラム』を利用して彼女たちを保護する。そして、彼女たちが普通の女の子になれるように、息子の海道と同居させることを決める。
警察内部や国の司法制度からも、朱遠たちの処遇について反対勢力がある中で、なんとか彼女たちを守って、殺し屋の子ども達を救いたいと思っている心優しい人物。
【用語】
●リーサルプログラム
犯罪者を極秘に警察の捜査に協力させることで、犯罪者の罪を減刑させる司法取引制度。犯罪者が命の危険をかけるほどの任務に課せられるため、そして犯罪者に捜査協力させているとは日本国民には知られるわけにはいかないために、公にはなっていない裏の司法制度。
【第1話 本文】
新人刑事の俺に告げられた最初の辞令は、三人の殺し屋の女の子との同居だった。
その日、俺の刑事としての初めての出勤だった。
俺の名前は天沢海道(あまさわ・かいどう)二十五歳。職業警察官。階級は巡査。うちは代々警察官の家系であり、子どもの頃から街の平和を守ることが当然だと教えられた。
そんな俺は大学卒業後に警察官となった。巡査として交番勤務をしていたが、たまたまお年寄りを狙った強盗事件を見つけて、強盗を逮捕したことから、春から地元警察署の刑事課に配属されることとなった。
「やばっ。急がないと遅刻する」
刑事としての初出勤ということもあり、俺は緊張しながら出勤していた。もし遅刻などしたら、主任に雷を喰らってしまう。
そう思いながら、平和な街中を警察署に向かって小走りに向かった。
そんな時だった。駅前近くの繁華街を通り抜けようとすると、がしゃんっとガラスが割れるような大きな音が響き渡った。
「なんだ?」
振り返れば、通行人たちが通りにある大きな宝石店の方を向いている。次の瞬間、宝石店のガラス扉を壊して、ピエロの仮面を付けた男たちが三人飛び出してきた。手には大きな革の鞄を持っている。
「なっ!?」
俺が呆然としていると、男たちの鞄から宝石や貴金属がこぼれ落ちる。
(強盗!?)
男たちが強盗だと瞬時にわかった。
三人の強盗は俺のいる方向に、一目散に駆けてくる。通行人たちは呆気にとられて身動きができない。三人の強盗は人々を押しのけて走ってくる。
俺ははっと我に返り、背広から警察手帳を取り出した。
「おまえたち、動くな! 警察だ!」
「警察!?」
三人の強盗は一瞬足を止めたものの、すぐさま脇道に入って逃げていく。
「待て!」
俺は急いで強盗を追いかける。
強盗はビルとビルの間の細い路地を駆けていく。そんな彼らを捕まえようと、必死に俺も走った。だんだんと男たちに近づく。男たちは柵を跳び越えようとして、もたもたしていた。鞄が引っかかったらしい。
(よしっ! 今だ!)
俺も柵を跳び越えて一番後方にいた男に手を伸ばし、そして鞄を掴んだ。
「こいつ、離せ!」
男が必死に抵抗するが、俺もまた逃がすかと全力で掴んだ。
「誰が逃がすか!」
手を伸ばしてピエロの仮面を引き剥がす。
そこには三十前後の厳つい顔の男がいた。
俺は鞄を奪い取ると、強盗たちに向かって不敵な笑みを向けた。
「顔を見たぞ。観念しろ。おまえたちもここまで……」
勝利を確信したその時、ぱんっと乾いた音が路地に響いた。
「ぐっ!」
左肩に叩きつけられたような衝撃が走り、俺の体が後方によろめいた。
何が起きたのかわからない。前を見れば、厳つい男の手にあったのは拳銃であった。硝煙の匂いが周囲に立ちこめて、薬莢が地面に落ちている。
やがて俺の背広の左肩から黒い染みが広がっていった。
ようやく自分が拳銃で撃たれたことを知った。
(銃!? 冗談だろ?)
まさか拳銃を持っているなんて。
よく見れば、裏社会に流通している安価なトカレフだ。
さすがに拳銃相手では分が悪すぎる。俺は警察官とはいえ、出勤前のために拳銃など携帯しているはずがない。
素顔をさらした厳つい男が拳銃を持って、こちらに近づいてくる。
「てめえ、ぶっ殺してやる!」
別の強盗が顔を見せた男に呼びかける。
「おい、やめろ! 相手はサツだぞ!」
「うるせえ! 顔を見られたんだ。ここで殺すしかねえ!」
厳つい男は俺の前まで歩いてくると、拳銃の銃口を額に突きつける。
(くそっ! ここまでかよ)
俺は死を覚悟して目を閉じ、引き金が引かれるのを待った。
ぱんっと発砲音がして、俺は身をびくっと身を怯ませた。
俺の頭に来るはずの衝撃の代わりに、響いたのは男の悲鳴だった。
「ぐあっ!」
目を見開けば、男は拳銃を落として手から血を流していた。
思いがけない出来事に、俺は呆然としていた。
(な、何が起きた?)
顔を上げれば、三人の強盗が俺の背後を見て声を上げた。
「誰だ!?」
俺もまた振り返れば、柵の上にひとりの少女が立っていた。
「女!?」
口元を赤いマスクで隠しているためにわからないが、かなりの美人だ。
年齢は十代半ばくらい。切れ長の瞳と赤茶けた長い髪をひとつに縛っている。首には黒いチョーカー、上着には野球チームのジャンパー。スパッツの上にミニスカートを履いて、いかにも今時の女子という格好だ。
だが、明らかに今時の女子と違うのは、手に拳銃を持っていることだ。黒い銃はアメリカ製のグロックだ。
(まさかあいつが撃ったのか?)
モデルガンのようには見えない。明らかに本物の拳銃だ。
まさかそんなものをあんな若い娘が持っているとは。
夢と思いたいが、左肩の痛みが現実だと教えている。
「誰だてめえ!?」
別の男が拳銃を取り出そうとした瞬間、赤毛の少女は容赦なく発砲した。
「ぐあっ!」
銃弾を足に浴びた男が倒れ込もうとする。その隙に、赤毛の少女は柵を飛び降りて、間合いを詰める。
瞬時に男の前まで迫ると、顔面に上段回し蹴りを入れる。バレエでも見ているかのように綺麗な回し蹴りだ。
「ぐはっ!」
男は顔面をビルの壁に叩きつけて、地面に崩れ落ちた。
「んなっ!? てめえ!」
仲間がやられたのを見て、厳つい男が少女に殴りかかる。
振り下ろされた拳を、赤毛の少女は頭を下げて軽やかに避けると、バランスを崩した男の股間に膝蹴りを叩き込む。
「ぐへっ」
カエルが潰れたようなうめき声を漏らして、厳つい男が崩れ落ちる。
あれは痛い。俺も思わず両手で股間を押さえてしまう。
だが、赤毛の少女は眉ひとつ変えずに、男を見下ろしていた。
「な、何なんだよ、てめえは!?」
最後の強盗が少女に向かって呼びかける。
「今から死ぬ人に名乗っても仕方ないでしょ?」
少女は冷たい表情で男の方へと拳銃を向ける。
「大人しくしてたなら、楽に逝かせてあげる」
ぞくっとするほど底冷えするような冷たい眼差し。この少女は間違いなく人を殺すことに躊躇いがない。そのまま彼女は引き金を引こうとした。
「さよなら」
そんな少女の手を俺はとっさに握って止める。
「よせ、撃つな!」
「なっ!?」
急に手を掴まれた少女は、びっくりしたようにこちらを見る。
その隙に、三人目の男は拳銃をこちらに向けて発砲する。
「邪魔!」
少女は俺に蹴りを喰らわせて押しのけると、銃弾を避ける。
三人目の男は宝石が入った鞄を手に取ると、逃げ出した。マスクの少女は慌てて男を追いかけるために全力で走り出す。強盗はたまたま歩道を歩いていた金髪のギャルを捕まえると、拳銃を金髪のギャルの頭に突きつけた。
「動くな! 動けば、こいつの頭を吹き飛ばすぞ」
「な、何? 何なんですか?」
金髪のギャルは事態が飲み込めないといった様子で戸惑う。
ギャルも口元にマスクをしていたが、赤毛の少女と同じ十代半ばくらいの年齢だ。どこか日本人離れした欧米風の顔立ち。首には黒いチョーカーを付けて、肩を出したシャツにミニスカートを履いている。
「拳銃!? 誰か助けてー!」
「うるせえ! 黙ってろ!」
強盗は金髪ギャルに脅しをかけるが、ギャルは泣き叫んでいた。
(まずい。このまま相手を刺激したら……)
俺がなんとか落ち着くように説得しようとした矢先、赤毛の少女がやれやれと首を振ってから言った。
「レナ。その芝居、ウザい。さっさと片付けて」
強盗の男と俺が同時に「えっ?」と目を丸くしていると、〝レナ〟と呼ばれた金髪のギャルは、くくっと声を押し殺したように笑った。
「朱遠(シオン)、バラさないでよ。せっかく人質ごっこしてたのにー」
「なっ!? てめえ、そいつの仲間か?」
金髪ギャルのレナは腰からナイフを取り出すと、男の足を横に薙いだ。
「ぎゃあっ!」
強盗の足から血が噴き出して、男が崩れ落ちる。
レナは男の腕をするりと抜けると、懐から銀色の拳銃ベレッタを取り出し、笑顔で男の体に拳銃を突きつけた。
「……バイバイ、おじさん」
そのまま引き金を引いた。ぱんっぱんっと二発の銃弾が響き渡ると、最後の男もまたよろめくように吹き飛ばされて地面に倒れ込んだ。
(殺した!?)
俺は目の前の光景が信じられなかった。
突然、本物の拳銃を持った少女が現れて、強盗を撃った。しかも、ふたりもだ。そのうちのひとりが強盗を撃ち殺した。
だが、少女はふたりとも人を殺したことなど気にも留めない。
赤毛の少女が不機嫌そうに、金髪ギャルのレナに声をかける。
「レナ。来るのが五秒遅い。ターゲットが逃げるところだった」
「朱遠(シオン)こそ時間がかかりすぎ。アタシがいなければ逃げられたでしょ?」
「あそこの男が邪魔しなければ撃てた」
〝朱遠〟と呼ばれた赤毛の少女が俺を睨みつける。
「マジで? 朱遠はとろくさいからなあ」
「………っ!」
朱遠が急にレナに向けて拳銃を向ける。金髪ギャルのレナもまた拳銃を取り出して朱遠に突きつける。
朱遠が無表情で見つめているのに対し、レナは笑顔を向けていた。今時の女の子たちが平然とした顔で向け合っていた。
「待て! おまえたちはいったい……!」
俺が声をかければ、はっとした様子でふたりはこちらに気づいた。
「あー、忘れてた。おじさん、まだいたんだ」
レナは楽しそうな笑顔のまま、こちらに歩み寄ってくる。
「大丈夫? 災難だったねー」
そのまま俺の肩の怪我の様子を見る。対して朱遠の方はマスク越しでもはっきりわかるほど不機嫌な顔つきで、俺を睨みつけている。どうやらさっき強盗を撃つのを邪魔したことに、よほど腹を立てているらしい。
レナが俺の怪我を見ている間に、朱遠が彼女に質問する。
「……真央はどうしたの?」
「あの子なら運転手の方をやってる」
そう言ってから、レナは俺の方に振り向いた。
「おじさん、マジラッキー。急所も外れてるし、これならだいじょぶだよ」
レナが立ち上がると、朱遠も振り返って強盗を放って歩こうとした。
「ま、待て!」
俺は思わずふたりを呼び止めていた。
「おまえたちは、いったい何なんだ?」
俺の質問に、少女たちは振り返って、しばらくしてレナが笑顔で答えた。
「殺し屋」
そのまま、がんっと朱遠が俺の頭に銃の台座を叩きつけた。
目が覚めたら、病院のベッドの上だった。
最初に見えたのは、美人の看護師さんだった。だが、その後すぐに厳つい警察官たちが何人も病室になだれ込んできた。
俺の先輩や上司にあたる人たちばかりだ。
どうやら現場には、俺と三人の強盗だけが倒れていたらしい。
三人の男は指名手配中の連続強盗犯だった。事件現場の近くで、事故を起こしている盗難車と運転手も発見された。この盗難車も強盗の一味だったらしく、強盗と合流して逃走する予定だったようだ。
だが、ひとつ驚いたことがあった。
死んだと思われた強盗たちは全員無事だった。非殺傷のゴム弾が使われたらしく、大怪我はしていたが、命には別状がないとのことだった。さらには、俺の左肩も発見時には、応急手当てされていたらしい。
上司にあれこれと聞かれた俺は、もちろん見たままを話した。
十代半ばくらいの少女たちが拳銃をぶっ放して、強盗から拳銃を弾き飛ばしたことも、ナイフの達人みたいに強盗の足を切り、最後に拳銃を使って倒したことも全て。
だが、誰にも俺の話は信じてもらえなかった。拳銃を向けられたことがトラウマになって幻覚でも見たのだろうと言われた。刑事課長の哀れみの目を忘れられない。
そんなわけで、俺の取り調べは終わった。怪我は全治一ヶ月であったが、一週間の入院で病院からたたき出されて、しばらくの間、自宅療養することになった。
自宅の安アパートのベッドに寝転がりながら、俺は拳銃を持った少女たちについて考えていた。
拳銃を持った女の子たちは確かにいたはずだ。それは強盗も見ていたはずだ。けれど、誰もその話を信じようとはしなかった。
(やっぱりあれは夢だったのか……?)
自分の記憶が信じられなくなっていると、ふいにスマホに通知が来た。
それは俺のジイさんからのメールだった。
『おまえに至急頼みたいことがある。すぐに来てくれ』
あいかわらず用件だけの短いメールだ。
俺はジイさんが苦手だったから無視したかったのだが、そんなことができる相手ではないこともわかっていたので、渋々ジイさんの家に向かうことにした。
ジイさんの家は都心の外れにある。
あまり大きな声で言いたくないのだが、俺の祖父である天沢重道(あまさわ・しげみち)は元警察官僚だ。現役の頃は〝鬼の重道〟と呼ばれるほど裏社会から恐れられていたらしい。
現役の時はいくつもの大きな事件を解決してきたらしく、今も警視総監とも仲がいいと聞く。親父もまた現役の警察官として働いていた。
だが、俺はジイさんが子どもの頃から苦手だった。昔から筋骨隆々の姿をしており、剣道の道場では小学生の俺に対しても、容赦なくぼこぼこにしてくるからだ。
ジイさんには俺が強盗事件で怪我していることは、とっくに知らされているだろう。それでもわざわざ呼び出すなんて、何の用だろうか。
「まさか説教じゃないだろうな」
強盗犯に撃たれて気絶したことを叱られるのかもしれない。
そんなことに戦々恐々としながら、ジイさんの家に向かった。
最寄りの駅から徒歩三十分のところにジイさんの家はあった。
俺の目の前にでかい門がある。家というよりも屋敷だ。庭付きの広々とした日本風家屋だ。ジイさんは妻のバアさんが他界をしてから、そこでひとりで暮らしている。
いつものように門を抜けて、インターホンを鳴らしたが、家からは誰も出てこない。
(……留守か?)
扉を開けてみれば、鍵は開いていた。
元警察なのに不用心だなと思いながら、玄関から家の中に入る。昔から建て替えをしていないから、子どもの頃から何も変わらない。
がさっと奥の部屋から小さな物音がしたので、そちらへと歩いていく。
「ジイさんいるのか?」
そう声をかけながら、部屋の襖を開けた瞬間、
「………っ!」
赤毛の少女が拳銃を突きつけて立っていた。
しかも、なんと裸だ。長い赤毛は濡れたままで、タオルを首からかけている。上半身には何もつけておらず、胸が露わになっている。下はパンツを履いているだけだ。あらわれもない姿の少女が拳銃をこちらに向けているという信じられない状況だった。
さらによく見れば、この赤毛の少女はどこかで見覚えがある。確か一週間前に俺を助けてくれた赤毛の少女とそっくりような……。
「お、おまえ……!」
間違いない。この少女は俺を強盗から助けてくれた赤毛の少女だ。
だが、次の瞬間、俺は足払いをされて転ばされた。がんっと柱に頭が叩きつけられる。
「うがっ!」
俺が頭を押さえている隙に、うつ伏せに床に押し倒されて、後頭部に銃を突きつけられた。
「なぜあたしの居場所がわかったの? あなた組織の人間?」
確か朱遠という名前の少女は、今にも引き金を引く勢いで尋ねる。
「な、何の話だ? 俺はここの家の孫だよ。おまえこそ俺のジイさんをどうしたんだ?」
「……重道の孫?」
朱遠が怪訝そうな声が問い返してきた。
その時、居間に別の少女ふたりが入ってきた。
「あー、おじさんじゃん! お客さんっておじさんのことだったんだ」
とっさに顔を上げれば、そこでも信じられないものを目にした。
金髪のギャルと小柄な黒髪の少女が朱遠と同じように半裸の姿で入ってきた。タンクトップとパンツというあらわれもない姿。けれど、彼女たちはそんな姿を見られても、ほとんど気にした様子はなかった。
「……この人、誰?」
初めて見る黒髪の少女が首を傾げて質問する。
朱遠やレナたちよりも、年下の小柄な少女。日焼けしたような褐色の肌をしており、猫のように細い腕と足をしていた。
レナが半裸のまま黒髪の少女に答える。
「マオ。この人がアタシと朱遠が助けたおじさんだよ。そっかー。シゲミチの孫って、おじさんのことだったんだね。久しぶり。元気だった?」
ほとんど裸の少女たちに囲まれて、俺の方が思わず赤面して叫んだ。
「いいから服を着てくれー!」
三人の少女たちはなぜか不思議そうに顔を見合わせた。
その時、玄関の方から声が聞こえてきた。
「おーい、おまえたち帰ったぞー!」
それは間違いなく俺のジイさんの声であった。
三十分後、俺は居間でジイさんと向き合っていた。
天沢重道。齢七十六。和服を着ており、恰幅がいい姿をしている。頭はもう白髪だが、体はまだ若々しく、筋肉にあふれている。
目元には事件で受けたという大きな傷跡がある。けれども、どんな事件で傷を受けたのかは決して明かさなかった。
朱遠とレナは最初に出会った時と同じような格好をし、マオはショートパンツとキャミソールという部屋着のラフな格好をしている。不思議なことに、三人とも首には同じ柄の黒いチョーカーを付けていた。
朱遠は俺を無視して縁側に座って空を見上げて、マオは寝転がって携帯ゲーム機で遊び、金髪の少女のレナはあぐらをかいて座り、興味津々で俺を見ている。
「海道。よく来た。もう三人とはもう仲良くなったようだな」
ジイさんは腕を組みながら俺に声をかけてくる。
「ジイさん、これはどういうことだよ?」
聞きたいことが山のようにある。ジイさんの家で若い娘が三人のいただけでも驚きなのに、その相手が街中で拳銃をぶっ放していたやつだなんて。
「まあ、落ち着け。順番に話をしてやる。今日おまえには頼みがあって来てもらったのだ」
俺が「頼み?」と問い返すと、ジイさんは意を決して口を開いた。
「海道。おまえにはこれからこの娘三人と同居してもらう」
あまりにも思いがけない言葉に、俺は「は?」と鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。三人の少女たちはすでに知らされていたのか、全く気にした顔はしない。
「待て待て待ってくれ。そもそもこの子たちは何なんだ?」
「シゲミチはアタシたち三人のパパだよねー?」
パパ活女子みたいな軽い口調でレナが言う。
俺とジイさんはぶっと吹き出した。
「まさかジイさん、本当に……?」
「馬鹿者! わしがそんなものをつくるわけがなかろう!?」
ジイさんが本気で怒鳴った。
警察を引退したとはいえ、まだまだ迫力は衰えていない。その迫力に俺はびくりと体を震わせるが、三人の少女たちは全く気にしない。
「この子らは元殺し屋だ」
「……は? 殺し屋?」
俺はとっさに三人の少女たちに顔を向ける。朱遠はちらりとこちらを見るだけで、レナはギャルっぽいピースを向けて、マオはゲームをしていた。
ジイさんは茶をすすると、静かに話を始めた。
「一年前、おまえの父の士道(しどう)が日本侵入してきているマフィア組織を壊滅させた。その中に、この娘らもいたのだ。マフィアは身寄りのない子どもを殺し屋に育てて、敵対組織を殺すために利用していた。それを士道が保護したのだ」
「……親父、そんなことを……」
親父もまた警察官であり、ジイさんと同じようにエリート警察官僚であった。しかし、その仕事はほとんど知らされていなかった。
ジイさんとは違って温和な性格ではあるが、元々無口な性格でもあるし、仕事のことなど何も話そうとはしなかった。
三年前に母さんが死んでからは、ほとんど会っていなかった。警察官になった時も、「おめでとう」と一言メッセージが来ただけだ。
それにしても、この三人が本当に殺し屋だなんて。どこにでもいるような見た目の少女たちがそんなことをしていたとは信じられない。
「朱遠は『スカーレット』というコードネームで、裏社会で恐れられた暗殺者だった。レナも『ブラッディデリンジャー』という名で朱遠と並ぶほどの暗殺者だ。真央も『暗器の黒猫(ヘイマオ)』として知れ渡っておる」
ジイさんから話を聴いても浮世離れしすぎて、まだ実感がわかない。けれど、朱遠もレナも拳銃を軽々と扱っていた以上、信じるしかなさそうだ。
「士道はこの娘らの処遇をどうするか迷った。強制的に国を追い出すことはできる。しかし、それでは何の解決にもならん。そこでだ。この娘たちに『リーサルプログラム』を受けてもらうことにしたのだ」
「……リーサルプログラム?」
聞きなじみのない言葉に、俺は問い返した。
「リーサルプログラムは、犯罪者に減刑を条件に、極秘に警察の捜査を手伝わせるプログラムじゃ。朱遠たちが捕まえた銀行強盗も、以前から警察が目を付けた相手じゃった」
「じゃあ、あの時に、こいつらがいたのは……」
朱遠たちは強盗を捕まえるために、警察の命令で動いていたのか。
「そうだ。だが、士道の本当の目的は、この娘らに普通の娘としての人生を取り戻させることだ。そのためには、この娘たちと同居して、安全だと国に示さねばならん。その同居相手として、おまえが選ばれたのだ」
「……お、俺が!? なんで?」
冗談ではない。殺し屋の女の子たちと同居して社会復帰を目指すなんて。
確かに殺し屋として育てられた子どもたちはかわいそうだと思う。まともな教育を受けて、社会復帰させたらどんなに幸せだろう。
だが、責任があまりに重すぎる。
新人刑事の俺よりも、もっと適任者がいるだろうに。
戸惑う俺に向けてジイさんが話を続けた。
「士道はおまえなら、この子たちを普通の娘に戻すことができると信じて託したのだ」
「ジイさんじゃダメなのかよ?」
俺は慌てて反論したが、ジイさんは首を横に振った。
「ワシはこう見えても忙しい。この娘らをずっと見ていることはできん」
「だけど……」
さらに俺が反論しようとすると、ジイさんから懐から書類を取り出した。
「天沢海道、これは警察としての命令だ。正式な辞令も出ておる」
それはまさしく警察からの書類であり、なんと警視総監の印鑑まで押されている。こんなものを突きつけられたら、もはや俺に反論することなどできるはずもなかった。
三人の少女に顔を向ければ、朱遠はため息をこぼし、マオは相変わらず無関心でゲームをプレイし、レナはギャルピースをこちらに向けてきた。
「よろしく! カイドー!」
そんな三人を見て、俺はがっくりと肩を落とした。
「……マジかよ」
俺のため息は空気の中に溶けて消えた。
〈第1話 終わり〉
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【各話リンク】
●リーサルマイホーム! 第2話
●リーサルマイホーム! 第3話
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