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第1話「アインツベルン城」 #限界シェアハウス文学

「アインツベルン城」という名のシェアハウスがある。
「病んだ街」として名高い東京都の某所だ。社会不適合者がうごめく蠱毒や、そして人が見たがらぬ魔のサブカルを随所に内包している。
今回は創立5周年を迎えた節目として、このシェアハウスが如何にして始まり、そして崩壊していったかを語っていく。


こんな場所、なんでつくったの?

シェアハウスの管理人は望月陽光という人物だ。VTuberに詳しい人ならば「ライヴラリの社長」と呼べば通じるかもしれない。
VTuber事務所を経営する彼が2019年から事業を拡大するために設置した。当時のVTuber業界での働き手の多くは社会人というか大人として大事なものが欠けており、約束した時間にやってきたり、連絡を返したり、社会信用がなくなっており住まいを契約できない人もいた。
そういった経緯から「一緒に暮らすしかない」という結論に至って、シェアハウスを開通した。社員以外にも、V業界やそこに隣接するクリエイターを志す者が集まって、成長していく場所にするという期待もあった。

開設当時のシェアハウスのリビング、とてもきれいで広々してた

そしてちょうどよく5LDKで格安の物件を見つけて、人間が住めるように整備した。元々上等な家だったこともあって、順風満帆なスタートを切った…。
などどいう期待通りの展開にならないのが世の常。
社会に馴染めない人間たちは生活も破綻している。その現実が重くのしかかったとき、アインツベルン城から「VTuberに関する仕事をする者が切磋琢磨しながら成長していく場所」というコンセプトが失われた。そして、そのまま5年の月日が流れた。

開設わずか数ヶ月でひどい有り様になった風景

愉快な住民たちの紹介

5年に及ぶ運営の歴史のなかで消えていった住民たちは数多い。
ここではこの1年少々の時期の主要な住民を紹介する

望月陽光

シェアハウス内の小さな和室に彼は住んでいる。いや、彼ではない、「私」というべきか。
望月は手前味噌であるが、VTuber事務所を運営する傍らでオタクたちを囲ってオフ会をしたり、生活に行き詰まった人を生活保護やメンタルクリニック、弁護士につなげるパイプラインの役割を果たしている。

苦痛は人間の顔まで歪める

自分が責任者であるので変な話であるが、アインツベルン城はとにかく最悪そのものである。シェアハウスで起きる低俗でレベルが低い最悪な物事に対応するハメになっている。
このnoteでは管理人という名の世話役になっている自分の(ときには自業自得でもある)苦労の日々と、停滞し続ける最悪の日々の思い出を記録する。

シェアハウス名物「無賃で住み着いて文句をいう人」

Gくん

シェアハウスの隅にある6畳部屋に住むのがGくんである。
彼は望月の大学時代のオタクサークルの友人で、つきあいはかれこれ15年目になる。仕事でも関わりがあり、望月の会社で事務員としても仕事をしている。
極めてマメでキビキビしており「嫌なことを全部代わりにやって献身してくれそう」と女性ウケも良い。
一方でとても気の弱い性格をしており、人の気配に敏感で怯えた様子で暮らしていて、なぜか日常的に顔色がとても悪い。どうやらVTuber事務所での仕事のトラブルが契機となり、社会での居場所が奪われたり、ストレスが積み重なっていることが理由らしいが、自分は医者ではないため本当のところは不明だ。

Gくん(青色)のいいところはマジメなところ
余談だが排泄物の犯人は未だ不明

彼の精神的な疲弊は相当激しく、悪夢を見て夜中に「ごめんなさい!」「すみませんでした!」「やめてください!」と寝言で絶叫したりしている。心配でもあるが、それはそうとして怖い。

K先生

シェアハウスで最も日当たりが良好な良い部屋に住んでいるのがK先生だ。
プロのイラストレーターをしながら、望月の会社で社員として仕事をしたり合間にイラスト専門学校の先生もしている。
望月がサラリーマンだった頃に働いていたゲーム会社の子会社で、ストーリーがブレブレなゲームの絵師として働いていた縁での付き合いがあってアインツベルン城にやってきた。

ゴミと無限の夢の中でピースするK先生

のんびりした性格かつドジで転んで物を壊したりうっかりとても重要な物を燃やしたりするところも「雰囲気がおバカな犬みたいで飼ってあげたい」と女性にウケている。
そんな風に書くとのんびりふわふわ系の優しいおじさんに感じるかもしれないが、掃除が苦手だったり観葉植物をたくさん買ってきては手入れが出来ずに枯らせては放置する男でもある。彼もまたダメなシェアハウスの住民のひとりであることは察してほしい。

シェアハウスには世話役が必須

どこのシェアハウスでも同じような悩みがあるんじゃないだろうか。シェアハウスは世話役がいないと成立しない。それはQOLが下がるみたいなレベルではなく、家として完全に破綻するという意味での話だ。
アインツベルン城では、家賃の徴収と大家への振り込みやインフラの管理や事務手続き、有事での工事対応などハウスの管理に関する物事のほぼすべての面倒事を望月が担っている。それだけならば正直難しい話ではない。面倒なことはあるが、マメにやっていれば仕事は進む。
ただしそれはあくまで「住人がやることをやってくれれば」という前置きがある。いや、そこまで積極的な話でさえない「やってはいけないことをやらないでいてくれれば」といった方がいいだろう。
過去には住人が契約書にサインまでした家賃の支払いを難癖つけて渋ったり、排水管がつまった状態であることを理解したうえで敢えて長時間のシャワーを浴びて床を浸水させて大家&下の階の住人と揉める、便器に立ちションしようと失敗してトイレを尿で汚染するなどの本当に低レベルな事件を起こしている。こうした最悪なイベントを起こすたびに、被害者に詫びを入れたり金銭の支払いをするなどして問題を処理するのが望月の仕事だった。

当時の住人(26)が生まれて初めてコメを炊こうとして失敗する様子

そもそもシェアハウスにやってくる人間は、少なからず変わっている。家賃の安いハウスなら民度の低い住民がやってきやすい。アインツベルン城もその例外ではない。とにかく停滞気質で曖昧な人間が集まってくる傾向が確かにあった。
もしかすると、それはシェアハウスとしての家賃が安いことに関係しているのかもしれない。アインツベルン城の家賃は望月が大家に支払う家賃の原価で運営されている。その結果、やってくるのが「誰かのインフラに寄生して都内に住みたい」という目的が先行した人間が集まってしまったのだろうか。
理由はどうあれ、ハウスにやってくる人間は物事を進めるエネルギーのない者で埋もれていった。そして自分にとっては動きのない最悪な日々が長く続いた。(もちろん一部成長した者もいたことはここに明記しておく)

元々望月のシェアハウスの思想は、2018年に住んでいたギークハウスゼロ(通称「ギーゼロ」)の当時の管理人である大司教の理念に感銘を受けたことにあった。
大司教についての紹介説明はここでは省略する。詳しく知りたかったら「たらい回し人生相談」と検索してもらえたら幸いである。
ギーゼロには住民が集まって住むことで発生するなんらかのエネルギーを糧に自給自足しながら加速するという運営理念が存在していた。ここにいうエネルギーは直接的に金銭でないことも多く、人間や集団の可能性が加速していくことを指している(と望月は解している)。
人間が集まって住むことに意味があるとしたら、それは人間が結びつくことによってすべてを劇的に加速させることしかない。加速すれば、通常の人間が長い年月を要するところまで爆速でたどり着けるのではないかと本気で思っていた。実際に望月はアインツベルン城でK先生に専門学校の講師の仕事を紹介したが、それも加速としての活動の一部であった。

そんなこんなで加速を目指して始まるも、住民が最悪な事件を起こし停滞するアインツベルン城だった。だが、いまになって思えば最悪なりに良いことはあったと思う。それは自分が大人として成長したことだった。
彼らが起こすあらゆる問題に真正面から突っ込んでいき、調整を行う作業は自分を成長させてくれた。

シェアハウスの世話役の先輩、大司教
辞められるならこんな役辞めたいよね…

「重い」人間の面倒を見ること自体が成長につながる。あの日々の苦痛は想像を絶するものであったが、同時に自分に怒りと力をくれた。胸を張ってそういえる。

さいごに

ここまで望月の愚痴の数々に付き合っていただき感謝でいっぱいである。本音をいえばこんな出来事は氷山の一角でしかない。まだまだ最悪なエピソードは尽きず、なんであれば人倫に反するものや「愛」がテーマの物語までてんこ盛りである。それらを怒りに身を任せて放出してもよかったが、自分も大人なので伏せておく。
女性関係で揉めに揉めた話や、Gくんがつらそうにしている詳細な経緯、シェアハウスが「アインツベルン城」と呼ばれている理由、そして掲載した住民たちの現在の状況 etc…
まだまだ語るべき話はあるが、今回はここで筆を置くことにする。
すべての話が過去の笑い話になったとき、あらためて皆に触れることもあるだろう。

第1話(この記事) →第2話


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