優雅な挨拶(5)
図書館の隣には、芝生の広場がある。市役所の鐘が正午を告げると、そこいらの会社の人たちがめいめい昼食を手にやって来る。
ぼくは節約のために、おにぎりとちょっとしたおかずを作って持って来ている。稼いだお金は出来るだけ貯めたい。それを元手にいつか、私家版の詩集を出版したいと考えている。
図書館の同僚とは付かず離れずの関係性がちょうど良い。趣味で詩を作っていることを話してあるので、ぼくが単独行動するのを放っておいてくれる。とは言え、だいたいは公園でぼんやりしているうちに昼休みが終わってしまうのだけど。
その日も何となく、公園内を散策していた。何か、詩につながりそうな情景を探していた。
「あの……」
何か声が聞こえたが、自分に掛けられている声だとは思わなかった。
「やっぱり、手帳の人!」
二言目で振り向いた先に、森の中で出会ったあの青年が微笑んでいるではないか。
「やあ、君……」
「こんなところで再会するとは思いませんでした。」
青年はジャケットを着てネクタイを締めている。森で会った時のラフな出立ちとはまったく違う格好に、ぼくはすこし意外に思った。それを知ってか知らずか、青年が自己紹介をした。
「実はわたし、そこの市役所で働いておりまして。今日こそネクタイを締めてますが、普段は作業着で現場を行ったり来たりしています。」
青年はさり気なく手を差し出した。
「三ツ矢誠一です。これも何かのご縁だと思うので、どうぞよろしく。」
ぼくは手を握り返し、一通り自己紹介をした。図書館で働いているというと、実は何度か本を借りたことがあると言う。知らず知らずのうちにすれ違っていたらしい。
「詩は今日も書かれているんですか?」
誠一が手帳をちらりと見て訊ねる。
「昼休みはいつも、この公園で詩を書いてるよ。」
「ぼくもたまに噴水のベンチでお弁当を食べています。」
誠一の片手には、お弁当箱を包んだ風呂敷が見える。その色が、あの日の水の色にも思えるさわやかなあさぎ色をしていた。
彼のことを知りたいとは思うけれど、何から訊ねていいか判らない。ぼくは言葉を飲み込んで、頷いて笑った。
そんなぼくを、誠一はまっすぐ見つめて、やはり笑った。
「明日もたぶん、またこの辺でお弁当を食べています。詩人さんさえ良ければ、ぜひご一緒しましょう。」
「ぼくは草介と言います。どうぞよろしく。」
誠一は手を振ると、公園の出口に向かって行った。市役所の、始業5分前の鐘が鳴り響いている。
明日も彼に会えるのかと思うと、不思議とうれしい気持ちになった。