ぼくと彼の夏休み(17)
部屋で、ジャン・コクトーの詩集をぱらぱらとめくっていた。「少年水夫」と題された詩を見つけて、これは自分のことじゃないかしらと思う。
死人ほど少年水夫は蒼ざめる
今度は彼の処女航海
彼は感じる
不思議な貝が
下から
自分を呑みこんで どうやら自分を噛んでると
ぼくも、大海原に投げ出された気分だ。
ふと、窓の外を見る。ぼくの部屋から、薔薇園の一部が見える。入り口の門扉に巻きついた黄色い蔓薔薇は、今日もきれいに咲き誇っている。そうだ。今日は詩集を何冊か持って、薔薇園で1日読書をして過ごそう。ふいに、そう思い立つ。
朝の空気がわずかに残る薔薇園に、薔薇の香りが充満している。深呼吸をしたら、ちょっとむせそうになるくらい。その香りを辿っていくと、祐人が大事にしているあの白い薔薇があった。
ぼくは、その木陰に寝ころぶ。夏の空に、白い薔薇の花びらが映える。
持ってきた詩集をぱらぱらとめくってはみるけど、あまり読む気になれない。
「何かをしなくちゃいけないと思うからいけないんだ。」
しかし、何もしないっていうのは逆にむずかしい。そんなことをうつらうつらと考えていた。
眼を閉じる。
聴こえてくるのは蝉の声。
見えているのは眩しい闇。
香っているのは薔薇の匂い。
顔や腕をぬるい風がなでていく。
いつしか、夢をみていた。祐人の手がぼくの身体に触れると、そこから蔦が生えてくる。ぼくはそれを振りほどこうともせず、増殖するのをそのままにしている。じきに蔦は、祐人の身体にも巻きついてしまう。ぼくの身体と祐人の身体は、いつしか太い幹に巻き込まれて一体化する。どこからどこまでがぼくの身体で、どこからどこまでが祐人の身体か判別がつかない。ふたりの足は根となり、地下に深く伸びていく。そこから、地下水脈が流れ込む。ぼくらはふたりで1本の木になる。
そんな夢から目醒めたら、身体が熱く火照っていた。直射日光に晒されていたのもあるのか、すこし気分が悪い。ぼくは投げ出した本もそのままに、朦朧としながら部屋に戻った。