[戯曲] とあるペントハウスの一夜
高級だけど、ちょっと古くさいしつらえのマンション最上階にあるペントハウス。
無駄に広い洗面台の鏡をのぞく中年男性。
つけっぱなしのテレビからワイドショーの音声が流れている。
[テレビ]
東京ギャルソンの片岡俊が芸能界からの引退を発表しました。彼は1996年に芸能事務所トワイライトから、6人組アイドルグループ・東京ギャルソンのメンバーとしてデビュー。同年発表した「サテライト2000」がミリオンセールスを記録しました。それ以降、数々のドラマや映画に俳優としても出演し、カタシュンの愛称で親しまれました。数年前より事務所との確執がささやかれていましたが、このたび正式な引退が発表されたということです。
鏡を見つめながらため息をつく片岡俊。
老いを隠すかのようにメイクをしている。
来客を知らせるマンションのチャイムがなる。
インターホンに応答する。
[東京ギャルソンのメンバー]
やっほーカタシュン、みんな連れて来たよ。
[片岡俊]
ああ、今開ける。
東京ギャルソンのメンバーやトワイライトに所属している後輩アイドルが俊の部屋になだれ込んでくる。その手に抱えられているたくさんの餞別が、次々と俊に手渡される。俊はそれをいちいち受け取ると、そこいらに置く。
部屋の中央テーブルにセッティングされたワイングラスをめいめいが手に取る。俊を取り囲んでから乾杯をし、ねぎらいの言葉や称賛の言葉を四方八方から浴びせかける。
[東京ギャルソンのメンバー]
カタシュンが居たから東京ギャルソンは今の今まで続けられたんだよ。
一度、喧嘩になった時のことを覚えてるか?カタシュンが止めに入って、ユースケのパンチを受け止めたよな。あん時、俺はカタシュンに着いて行こうって思ったんだよ。
舞台に進出したのもカタシュンが最初だったよな。大物演出家の大場さんに見そめられてさあ。いちばんに実力派俳優って言われたよな。
同じグループの俺たちからしても、高嶺の花だったよな。
でも、カタシュンは威張ったりしないからさ。いつか大物になるって思ってたら、映画俳優として賞なんかまでもらっちゃってさあ。俺はこの人に一生着いて行こうって思っちゃったんだよなあ。
[後輩アイドル]
二軍メンバーに居た時さあ、カタシュン先輩がものすごく優しく接してくれてさあ。ダンスが上手くいかない時も、ステップを分かりやすく教えてくれてさあ。俺、カタシュン先輩が居なかったら一軍に来れてなかったかも。
カタシュン先輩って、台本の読み合わせの時も気合い入ってるから、言い回しなんかめちゃくちゃ勉強になるんだよ。
合宿の時なんか、みんなカタシュン先輩と一緒の部屋になりたいとか言ってたよな。そばに居るだけで、何だか大スターになった気分になるんだよ。オーラが違うって言うか。
称賛の声しか出ない中、ひとりの若いアイドルがいちばん後ろでじっとうつむいている。
ダンスミュージックに合わせて乱痴気騒ぎしている他のアイドルたちとは対照的に、壁際でひとりだけ大人しい。
俊はその若手アイドルである大家賢斗に耳打ちする。そして寝室に誘導する。
後ろ手にドアを閉めた俊は賢斗にキスをする。
しかし、賢斗はすぐにはぐらかす。
[片岡俊]
賢斗……
[大家賢斗]
俊さん、ほんとに引退しちゃうんですね……
[片岡俊]
前々から言ってたじゃないか。
[大家賢斗]
いや、まさかほんとに引退しちゃうなんて。まだまだ人気あるのに……
[片岡俊]
スーパーアイドルも疲れるんだよ。20年以上やってんだから。
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