性別の枠に当てはめようとする人達
ボランティア活動
毎週土曜日の午前中、ボランティア活動をしている。外国人に日本語で日本語を教えるボランティアだ。私はまだ見習い中なので、先輩達の授業を、見学し記録し、1か月に1回位の自分の授業の教案作成をし、先輩達に見てもらいアドバイスをもらい、
それを又練り直す。本番は90分。
先月、初めて半分だけ本番に臨んだ。
教案作成は大変だ。
どうして最初から基本教案を見せてくれないのだろうか、、、その方が早いのに。
そんな事も思わなくも無いが、実際この過程を経てから本番を経験すると、先輩達の協力の元自分の力で何度も練り直した教案だから、本番の時はもう見なくても頭に入っていて、自分のものになっている感がある。
なるほどこれが目的なのだろうな、、、と思う。
何を教材にするかも、先輩達のを参考にしながら、
オリジナルも入れたりして(ポイントがズレていたり、まだその日本語を導入するのは難しい等の場合は、却下されてしまいガッカリなのだが)教案作成は、大変だけど楽しい。
これに慣れてもっと自由にアイデァを盛り込められたら、もっともっと楽しくなるだろう。
男だから女だから
さて本題!
授業見学をしていて、、
ボランティアの方の中には、例えば、
"ケーキを作りました"
と言う言葉を使いたい時、女性には普通に使用したのに、次の男性の学習者さんには
" ケーキじゃアレね、、、ラーメン...わかる?"
と、、、
ケーキを避けたのだ。
その後、また別な場面で、
おばあさんのイラストをある学習者さんか
"おじいさん" と言ったので、
"男の人、、、おじいさん。女の人...おばあさん"
"Aさん、男、、、70歳、80歳..おじいさん"
"Bさん、女、、、70歳、80歳..おばあさん"
と説明した。
間違えてはいないし、そう言う言葉の意味だから
良いのだが、、、
もしAさんやBさんが、見た目とは違う性別だとしたら、こんなふうに日常で、いつもいつも違和感だらけ、刺さる言葉を浴びているんだなあ。
と、思いながら聞いていた。
授業の後、そのボランティアの方に私の教案を見てもらう時間があり、また、"大きいケーキ、小さいケーキ、どちらのほうがいいですか" と言う
例文を使用していたら、
" 男性はケーキはあんまり食べないだろうから、違うモノがいいかもよ"
と、言うのだ。
私はやんわりと
" いまはそんなこともないですよ、、"
(学習者さんは、10代から40才くらいまでが多く、
そのボランティアの方は、多分、65歳〜70歳の間?くらい)
と、言ってしまった。
その方は、あらそう、、☺️
と、笑顔で許容してくれたので、まあ、そんなにこだわっている訳では無いのだろう。
男だから甘いモノは嫌い?
そんな事ない!
食べ物の好き嫌いに、性別は絶対に関係ない!
男である前に人間なのだ。
女も人間。
何が好きで何が嫌いかは、人間としてそれぞれ個の
嗜好がある。何故、性別で分ける必要があるの?
多分、"男性はお酒やタバコが好きで、甘いものなんか食べない" と言う思い込み、すりこみが
あるのだろうなあ.,。
さて、教案作成頑張るゾ☺️