第一回国会衆議院予算委員会1947/11/10加藤シヅエ代議士による質問
⑴片山哲首相への質問
私は国の予算はその時の国策を映し出す鏡のようなものであると存じます。しかるにこの予算において最も重大なる国策の一つでなければならぬと思われる問題が、全く欠如していることを、私は発見するのでございます。
それは我国の人口問題のことでございます。我国の人口政策は今日産業、文化、生活等あらゆる問題に重大な関連があるにも拘らず、片山内閣は成立以来、未だ国策としての人口政策の確立を見ず、わずか厚生省の一部にささやかな人口問題研究所が、戦時における我国一億大人口政策の名残りを止めているにすぎない。
このことを見るのは、非常に私は遺憾とするところでございます。無謀な戦争の結果、我国は国土の46%を失い、資源は乏しく、国土は狭隘であります。そこへ海外よりの引揚同胞を加えて今日7700万の大人口を擁しております。その状態はまさしく人口過剰の現象として国内的には生活難からくる色々の問題を起し、国策的には日本がこの過剰人口をいかに処理するかについて、多大な注目が払われております。
日本は国内で生産し得る食糧をもって自給自足し得ることは絶対に不可能であります。連合国側の好意による食糧輸入によって、幸にして餓死者を出さずに今日まで来ております。この際我々国民が人口対策確立の急務を感ずることは、まことに当然ではないかと存じます。
今日の我国の人口問題に対して、戦後最初に簡単率直な解明をせられましたのは、昨年の2月9日の連合軍総司令部公共衛生福祉部長サムス大佐のそれでございます。この解明によりますと、日本国民が戦争前に摂取していた一人当たり2160カロリーの熱量で今日なお日本の人口を養おうとすれば、現在の日本が養い得る人口は、わずかに4700万にすぎないことが発表されております。
このカロリー水準を戦前の平均2160カロリーに求めず、今日のいわゆる衛生学上の見地から見て日本人が絶対必要とするところの最低平均カロリーである1800カロリーまで引き下げて換算するとしても今日の我国の全人口の必要とする食糧を維持するためには、一年に350万トンの食糧輸入が必要であることは周知の事実でございます。
そこで人口対策としては、一、必要食糧を輸入するための見返り物資を輸出し得るような、高度に工業化された産業組織を持つこと、ニ、日本過剰人口の海外移民、三、産児制限の実施、この三つが提示されたのでございます。
総理大臣は講和会議を目前に控えて、講和会議はぜひ現内閣によってこれに臨みたいというご決意を発表されておりますが、しからばこの講和会議に臨む現政府の心構えなるものは、単なる精神的心構えのみで臨まれるおつもりでございますか。または、その心構えとは、敗戦国の立場ではありながら、将来国際連合の仲間入りをするほどの希望を持っておる日本国としての、具体案の裏づけある心構えであるかを承りたいのであります。
もとより具体案と申しましても、こちらから注文を提出することのできない立場にあることは、申すまでもございませんが、日本の過剰人口問題解決策の一つとして移民問題が、講和会議において何らかの形で取り上げられた場合のことを考えて見る必要は無いでございましょうか。もし講和会議において移民問題が取り上げられたとしたならば、終戦後の日本において、何らかの人口対策が、国策として取り上げられているかいないかということは、世界の世論に及ぼす影響が甚大なるものがあるのではないでございましょうか。
民主主義国家の心理を考えて見ますと、それは常に天は自ら助くるも者を助くという考え方でございます。従って日本としては、自国の人口問題がこれほど切迫した性質であるにもかかわらず、何ら対策を講じていないのでは、講和会議に臨んで、はなはだ立場がよろしくないと懸念されます。
日本が現在過剰人口に悩むといいながら、国勢調査によりますと、昨年四月より本年十月までの一年半の人口増加は約五百万であったことを示しております。
これは復員等が加わって、異常な増加となってはおりますけれども、これを別といたしましても、年々二百数十万の出産を見、約百万の人口の自然増加を見ておることは、そこにそれ自身大きな問題を提示しております。
いやしくも科学日本をもって自認していた我国が、人口増加は全くの自然現象なりとして放置して顧みず、しかも過去において我国における人口増加が、日本の軍国主義的膨張政策の最大原因をなしていたことを思うならばその戦争の原因を今日依然としてそのまま放置して顧みられないことは、片山首相が日ごろから言われる、国際的には平和主義を唱えられるそのお言葉が、一片の空念仏としか受取られなくなるものでございます。
首相は今こそその平和主義に対しても、過去の日本を国策的大ばくちに投げ込んだ、人口過剰国の権利といったような危険なファッショ的人口論を清算して、平和的人口論の確立をはからなくてはならないのでございますまいか。私は片山首相の国際的平和主義を、感情的抽象的に終わらせないためには、政府は強力にして科学的な人口対策機関をもたれ、一国の人口問題は他国の人口希薄な所など指をくわえてながめるのではなくまた、持てる国と持たない国との間に、暴力に訴え、あるいは民族的勇猛心を発揮させる危険な原因を将来残すような不明を一掃して、人口問題は国内的に自主的に処理しない限り、その国の生存は保障されないという冷静な世界情勢の現実に目を注ぎ、生活組織の科学化による以外、解決の方法はないことを認められませんか。
さらに、この生活組織の科学化の一方法として、私は、この際国家的見地よりする産児調節の徹底的普及の必要を認めるものでございます。このような、自国の問題は自国内で自主的に処理することの決意を国家及び国民が固めたときに、はじめて移民問題の前途にも光明を見出されるのではないかと存じます。
最近の新聞によりますと目下来朝中のシカゴ・トリビューン紙の社主ロバート・マコーミック氏が四日片山首相と懇談された席上において、米国における対日感情もだんだん好転しつつあることを伝えられております。また、日本の過剰人口については、人口希薄な地域に、正常に移民ができるようにという好意的な言葉を、講和条約と関連して語られたことが報道されております。マコーミック氏の言は、日本人のだれの耳にも快く響いたに違いないと存じますが、片山首相は、この日本に対して特にそのお父さんの時代から関係を持っていたマコーミック氏の好意に充ちた言を聴いて、そのまま甘えておってよいと思われますか。
私は首相の御所見を承ります前に、ひとつご参考として戦争中の米国の新聞、雑誌に現れた彼の地における人口問題に対する考え方の一、ニの例をご紹介いたしたいと思います。代表的な一つとしてはアメリカのメンフィスと云ふ基地の司令官であるダニエルソン代将の演説の内容でありますが、この方もまた無制限なる人口増殖は不可避的に戦争に到達すると言っております。そしてこの代将は、今後締結されるべき平和条約には、必ず産児制限の条件を挿入すべきであると主張しております。これは戦争を遂行する場合は必ず勝利に到達すべき確実な採算と戦略が必要であると同じように、平和を招来するにも、それを実現し得る的確な具体的手段を講ずることなしに、抽象的平和を論ずることは無意味であると言っております。平和論者片山首相にあっては、このダニエルソン代将の言は、必ずや共鳴されるのではないかと存じます。
もう一つ重ねてご参考に申します。それはアメリカの指導的立場にある雑誌ネーションに掲載された記事でありますが、要約してご紹介すれば、アメリカが約50年前、1898年にスペインの領土であったポートリコという3435平方マイルの土地を合併しました。その後50年の間に、米国はこの新領土の衛生状態を改善し、生活難を解決してやった結果、合併当時人口95万であったポートリコは50年の後200万に増加し、まさに半世紀に人口は倍に増加したという現象を示しました。そして今日依然として人口増加の道をたどっている現状を指して、この雑誌はこのように申しております。
もてる国の恩恵によって貧困から救われたというものほしそうな国に対して、アメリカはアメリカ人の犠牲において、このような民族がたくさん子を生むうさぎのように繁殖しながら、アメリカからの食糧の供給を仰ごうとしていることに対して、我々はそういつまでもお人好しにしてはいられない。そのような民族には人口制限を忠告すべきだとの意味のことを書いております。
これは日本の人口が過去50年に約倍加している事実と、今日依然として出産率が欧米の文化国家に比して非常に高いという現状に照らし合わせてみて、一つの参考になるのではないかと思います。そこで私の質問はたいへん長くなりましたから、もう一度要約して申します。
一、講和会談を前にして、政府は人口対策を確立する 意思ありや。
ニ、片山首相の国際平和主義の具体的裏づけとして、産児調節の知識普及化を考えられるかどうか。
三、日本人の移民が将来許される場合があるとしても、これはうさぎのように子を産むアジア人としての日本人ではなく、生活に科学性をもった日本人として海外に移住すべきであり、この用意を今日からしておくべきではないか。
以上三点についてお答え願いたい。
片山首相答弁「将来の人口問題に対する大きな研究として考慮していかなければならないとは考えておりますけれども、今ただちに実際政治の上に現して、政府がこういう対策をもって進むという段階にもまだ至っていないのであります。」
⑵一松定吉厚相への質問
私は先ほど総理大臣に人口国策の確立に関連して、産児制限の問題について伺ったのでありますが、今回はやはりこの産児調節の問題は、特に厚生省の所管事項でございますので、厚生大臣に同じくこの問題について伺いたいと存じます。
この予算委員会におきまして、すでに1800円ペース堅持の政府の方針に関連いたしまして、耐乏の生活が国民に強要されて、これに関する論議がたびたび展開されたのでございますが、今冬を目前に控えまして、繊維製品の配給は見るべきものもなく、特に都会生活者にとりましては、燃料不足が深刻を極めておりまして、家庭を守ります主婦にとりまして経済安定本部より先だって発表されました、この10月から3月までの冬の燃料は、5人家族に木炭に換算して9俵と発表され、この割当量は食生活を賄うのに、ぎりぎりの量であるということであります。
燃料不足の際には、都会地の家庭の主婦にとりまして、命の綱とも思っておりました電熱器の使用は、11月7日の閣議決定によりますと、朝の6時前と夜の8時過ぎでなければ使用が許されないという現状にさらされ、しかも食生活におきまして主食の遅配、欠配は、昨今はやや緩和されておりますが、何分にも粉だの芋だのというものを配給されておる現状では、これを主食として食膳に上せば、家族に満足をいたさせるために、主婦は容易ならぬ工夫をいたしましたり、手間をかけなければならぬということが今日の耐乏生活の婦人に及ぼしておるところ姿でございます。
しかも住居の問題、これまたはなはだ不自由を極めまして、385万世帯は未だに家がないと申しておりますし、さいわいにして屋根の下に住んでおります者でも、6畳、4畳半に2家族一緒に住んでおる。またそんなひどい状態でないまでも、窮屈な間借りの生活をしておるということは、今日あたりまえだという状態であります。
そこで私が厚生大臣にお伺いいたしたいのは、このような文字通りの耐乏生活の中にあって、現在以上に生活に負担を過重させる結果となるような主婦の妊娠出産は、ほんとうに子供を愛しわが子の幸福を願う親たちにとっては、決してよい条件を備えていないということを、お考えになっていらっしゃらないでしょうか。
また乳幼児をもっている家庭は、大人の食生活に必要な燃料のほかに、随時お湯を沸かしたり、あるいは乳を暖める燃料が必要である。また妊産婦は十分な栄養、また人口栄養児についてはミルクその他の確保がなくては、健康なる次のゼネレーションを望むことはできないのであります。
今日の耐乏生活は妊娠出産に、最低限度必要なる条件をも備えていないということは、最近における乳幼児の死亡率が非常に高いこと、児童の体位が非常に劣悪化しておること等によって、はっきりと証明されておると思います。
私はこの現状に対しまして、政府は妊産婦、乳幼児、虚弱児等の保健問題には、十分具体的な対策を講ぜらるべきだと考えますが、これらの問題に対する対策が、予算の面においてもはなはだ軽視されておるように思いますのは、非常に遺憾だと思います。
文化国家、民主主義を唱えます政府が、自分の主張する力において一番弱い妊産婦、乳幼児の保護、あるいは問題は少しそれますが、未亡人、戦災孤児、傷病兵、それらの保護対策の強化を行なって、初めて国民はその説くところの民主主義に共鳴し、納得し得るものであると存じます。
そこで妊産婦と乳幼児の保護問題に立ち返りますが、保護策の強化はもとより望むところでございますが、国家の財政も、個人の経済も、ともに豊かでない今日、保護対策に無限の費用を捻出することの困難を考えまして、むしろこの際政府は積極的に産児調節の知識を普及するという問題をお取り上げになるべきではないかと存じますが、いかがでございましょうか。
産児調節の知識は、戦争前も。また今日も、一部民間のなすがままに放任してございます。この際政府はこの産児調節の知識を普及する機関を設けて、欧米において今日権威ありと認められている科学的な方法を、国家的見地から普及するお考えはございませんでしょうか。この点について承りたいと存じます。
一松厚相答弁「産児の調節をすることを、政府が指導奨励するとかいうようなことは、ただいま考えておりません。」
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