ぼくは悪くない、彼らが約束を守っていない -14歳で反抗期を終えた息子とオカンの物語(8)
それが起きたのは、アイスホッケーのゲームとゲームの間の休息時間だった。
セントラルパークにあるラスカーリンク(110丁目。映画で出てくる冬の風物詩のリンクは59丁目にあるウォルマンリンク)をホームリンクにしているチームがいくつかあって、毎年シーズン半ば過ぎに『ラスカー・カップ』が開催される。
その『ラスカー・カップ』をやっている最中に、その事件は起きたのだ。
いや、息子が起こした、というべきか?
*
息子は5歳の時からアイスホッケーをやっている。
と書くと、アイスホッケーってお金のかかるスポーツでしょ? お金ないって言っているのに、ウソなの?
と思われる人がいるかもしれませんが、無料でやらせてもらっています。
というのもハーレムにはかなりの率でお金が十分じゃない人達が多いし、残念ながら高校も中退するような子供たちも多い。大学に進学する率も他の地域と比べて低いし(家族の中に一人でも大学に進学したら、ヒーロー扱いです)、まあ、ストリートキッズになったりする確率が高いんですね。
それに若いからエネルギー有り余っていて、そのエネルギーの発散の仕方がわからなくてよからぬ方向へ行く率が高い。
だったらね、そのエネルギーをリンクの上で発散しない?
というコンセプトで始まったのが、ハーレムに住んでいる子供向けのアイスホッケー無料プログラム。
「サッカー好きじゃない」「野球きらい」「空手面白くない」……とまあ、オカン的にやってくれたらいいなーというスポーツのオファーをことごとくなぎ倒していった息子。ところが3つ年上の幼なじみのお兄ちゃんがやっていたホッケーの練習を見て目をキラキラさせて。
「ホッケーやる?」
「やる」
と速攻の返事。
おおおおおおーーーー、自分からやるって言ったよ!
その言葉の通り、初めての練習の日、熱があるのにリンクに行ったし、当時は1週間に1度の練習だけど、2年目になったら他の日の練習にも参加させてもらって勝手に週2にして。翌年も勝手に週2にして。
とにかくホッケーに対する情熱はすごかった。
なので、プログラムマネージャーもその情熱を汲んでくれて、余分に練習参加させてくれたのです。
3年目からはチーム体制になり、ゲームが始まります。
朝7時とかキツかったな。まだ暗いんですもん、リンク。
息子は始めは普通に攻撃的ポジションだったのに、なぜかゴーリー(サッカーでいうところのゴールキーパー)に。
えー、お母さん的にはゴールを入れる息子が見たかったのに、息子は違うのか?
違うみたいです。
プロのアイスホッケー(NHL)の試合を見て初めて知る、実はゴーリーが一番の人気ポジションだと。試合の時、一番最後にスポットライト当たって選手紹介の時に出てきますからね、ゴーリー。
それと同時に、なぜか息子は「守りさえしっかりしていれば負けることはない」という考えの持ち主なことがわかり、ゴーリーしかり、サッカーではゴールキーパーをやりたがるディフェンスな人(余談ですが、サッカーでもゴールキーパーは人気ポジションです)。
3年目から参加し始めた『ラスカー・カップ』
For the team で週3日から4日練習してシーズン50万円くらい払っているチームと、For the community で週1日しか練習していない(それも無料)チームが勝てるわけないですよね?
ということで、やる試合に負けて負けて……つまり息子ががんばってもパックがどんどんゴールネットをゆらす……ので、息子もむくれるし(まだ7歳ですもん、仕方ない)やっぱり負けるってメンタルによくない。
新しいシーズンが始まっても、ゴーリー用キットがないこともあって、息子一人がゴーリーです。
そして事件が起きたのが、息子が小学校3年生の時。
*
その日、息子は休み時間にボール遊びをクラスメイトとしていて、手を痛めてしまいます。
なんてこったい!
今日はラスカー・カップの日じゃないかっ!
きっと全試合はできないから、じゃあ、ちょっとゴーリーに興味のある幼なじみのTくんと試合を半分半分で分けよう。
そう話し合ったのです。リンクに行きながら。
そしてコーチにも手を痛めたから全試合は出場できないけれど、半分は出るよ。残り半分は幼なじみのTがやる、と伝えました。
さあ、一番最初の試合が始まりました。
通常だとゲームの時間は30分だった(と思う!)今回は参加チームも多いため、そして夜遅くまでできない(まだ年齢的に子供だから)ということもあったのか、試合時間は10分か15分と短かった。
とにかくあっという間に試合は終わったのだ。
息子の代わりに出てくれたTくんが頑張ってゴールマウスを守ってくれて、またチームメイトも奮闘したのか0-1とかの大差では負けなかった。
その次の試合も、Tくんのスーパーセーブとかもあって、なかなか面白い試合が展開されていきました。
よしよし。
急増のゴーリーにしてはすごいぞ。
いよいよ次の試合からは息子の出番だ。
試合まで時間があるからいったんロッカールームに戻る。
いよいよ自分の出番だ。
だからゴーリーギアを返して
と、息子はTくんに言った。
だけどTくんは返してくれなかった。
いつもなら仲良くね、一緒に大人になっていこうね、と言うTくんの両親も自分の息子がスーパーセーブをしていることもあってか、気分が高揚しているんだろうか、いつもだったら「返しなよ」と言ってくれるところが「え? 何を言っているんだい? どうして返さないといけないの?」というような態度だった。
もちろん息子は怒る。
話が違う、と。
怒るじゃない、息子はロッカールームで叫んだのだ。
かなり検討をしているチームメイトたちはその声に驚いて。
チームメイトのお母さんたちも「どうしたの? 何急に彼は叫んでいるの?」という目で見ている。
あたしは息子をその場から離して話をしてみる、どうしたの、と。
「だって最初の2試合はTがやって、その後はボクって決めたじゃん。Tがゴーリーギアを返してくれないんだよ!!!」
「手はもう痛くないの?」
「痛くない! ボクはリンクに立ちたい」
コーチもやってきて、どうしたの? と訊いてくる。
だから、こういうことで、と説明すると、コーチは「俺が息子と話しをしてくる」と言って、息子と人がいないところへ言ってしまった。
Tくんのママがやってきて「どうしたの? 大丈夫?」と訊いてきたから「最初の2試合がTがやって、その後はウチの息子がゴーリーやるって決めたよね?」と確認したけれど「え?」みたいな顔された。
あれ!?
リンクに行きながら話し合ったやんけ!
息子がコーチとともにロッカールームに戻ってきた。だけど、急にホッケー装備を脱ぎ始める。
「どうした、もう試合にはでないのか?」とコーチが訊くけれど、無言で着替えている。
怒った顔をしている。
チームメイトを始め、親たちも「どうしたの、彼はいったいどうしたの?」という戸惑いの目を向けている。
「試合出ないの?」と訊いたら「出ない!」と一言、不満一杯の声で言った。
日本語だったけれど、そのトーンや口調から、日本語がわからないチームメイトやお母さんたちもわかったことだろう、彼がなんて言ったのか。
「どうして彼は帰るんだ?」とコーチが訊いてきたから「最初の2試合がTくんで、その後の試合は息子がゴーリーになるって話しになっていましたよね? 違いました? それを守ってくれていないから息子は怒って帰ると言っているんです」と伝えたけれど「あの手で試合ができるのか、と確認したらできないと言ったのは息子だよ」と言われて。
え?
そうなの?
あれ、英語の問題でミスコミュニケーション??
いやいや、息子はネイティブですから〜。
「お母さん、帰るよっ!!!!!!」
という声が聞こえてきたから帰ろうとしたら、Tくんのママが「どうしたのよ、彼(What's WRONG with him????)」と訊いてきた。アンタの息子がゴーリーギアを息子に返さないから帰るって言ってんだよーーーと思いつつ「手が痛いから帰りたいって言っている」と誤魔化して帰ることにした。
「チームメイトの試合、応援しないの?」
「しない!」
と彼の怒りは収まることなく、リンクを後にして。
セントラルパークにあるリンクからアパートまで歩いて30分くらい。
その間、息子はずーーーーっと「話が違う」とだけ言っていた。
ラスカー・カップは総当たり戦。
なので半分半分、ゴーリーをしようと話をつけていた、というのが息子の話。うん、確かにそうだったような気がする。
だけど、予想外に活躍し始めているTくん。
もちろんもともとゴーリー希望だし、活躍しているTくん両親は嬉しくて仕方ないから、もっと見たいし、Tくんだってもっとやりたい。
「そんな簡単にゴーリー装備、返すかな」とTくんパパが実は言っていたんだけれど、そうだね、返してくれなかった。
コーチはコーチで息子に期待していたけれど、手怪我して(手の甲の捻挫)試合に出られないんだったらやってくれるというTくんに託すしかない。Tくんがボロボロだったら息子に守らせる予定だったんだろう。
だけど予想外に活躍しているし、例年よりも試合時間は短いし……などの計算が働いたのか、今となっては本当にわからないけれど、わかったことは
息子は頑固だ
ということ。
「約束が違う。約束を守らなかったのは彼らだから、ぼくはぜったいに謝らない」
と言っていたはず。
息子の頑固さには辟易していたんだけれど、どうやら息子の中には「ルール」があって、そのルールが分からなかったわたしはずっと苦労することになったのでした。
2006年生まれのアメリカ人とのハーフの男の子のいるシングルマザーです。日々限界突破でNY生活中。息子の反抗期が終わって新しいことを息子と考えています。