火バサミで殴られかけた話
実家に帰ると親父が庭で炭を焚いて牡蠣を焼いてくれる。
親父は炭を焚くのが好きで、炭奉行はいつも親父がしている。
私は一通り牡蠣を食べ、庭で座ってタバコを吸っていた。
親父は昔はバカみたいにタバコを吸っていたが、末娘が誕生する少し前からやめていた。
そのせいか、今はとても嫌がる。
確かに、吸っていない者からすると、副流煙は百害あって一利なし、臭いしむかむかすることだろう。
私は、吸い終わったタバコの吸い殻を、バーベキューコンロの炭の中に投げ入れた。
今思えばどうしてそんなことをしたのか覚えていない。
出来心、とでも言うのだろう。
想像力が欠如していたと認めるしかない。
炭に投げ入れられた吸い殻は、見たことない色の煙を発し、異臭を漂わせた。
その次の瞬間、隣に座っていた親父の顔は鬼の形相に変化し、右手には火バサミが握られ、私の顔めがけて振り下ろされた。
私の顔の僅か10cmのところで寸止めされたが、激烈な叱咤が飛んだ。
もちろん悪いのは私なので、何も言い返すことはできなかった。
たぶん、10年前なら躊躇なく振り下ろされたであろう。
親父も年を食い、冷静な判断をしたのであろう。
親父の老いを、火バサミの寸止めで感じる日が来るとは思わなかった。
吸い殻を炭の中に投げ入れないと誓った夜だった。