蝶々の採餌 第三話
あらすじ/銀座の会員制クラブを舞台にしたSF小説。「知っている?蝶々には、甘い蜜が隠れている場所がとても美しい色で見えるのよ。」私は銀座の会員制クラブで働くことになった。採用が決まったその日、お店の艶子ママから『白蝶貝のピアス』を貸してもらう。私はまだ気づいていなかったけれど、そのピアスは――。
厚い艶のある赤いベルベットのカーテンでできた仕切りを空けた先、私はフロアに降り立った。
フロアの中央、天井からは映画・オペラ座の怪人のクライマックスシーンで粉々に砕け散ったのにそっくりなシャンデリアが私を見下ろしている。バカラのダイヤカットのシャンデリア。フロアを見下ろす偶像の視点から、どの先輩ホステスもきっと自分を作り上げた。そのシャンデリアへの捧げもののように、フロアの中央に小山のような白百合の大きなブーケが飾られている。100本近い白百合は近づけばむっとするような甘く重い香りを放つ。濃い黄色の花粉はドレスや着物に付いたら取れないので嫌われるけれど、よく見れば雄しべの一本一本逃すことなく、花粉は丁寧に取り除かれていた。
白を基調とした壁や床は御影石や使われ、マホガニーでできたそれぞれのテーブルには、透明な江戸切子でできたグラスやデキャンタに容れられたお酒が濃厚な蜂蜜のような金色の光を放っている。フロア全体が白を基調としているせいか薄暗い印象はないけれど、照明はやや落としてあって、席に着いたホステスが顔をうつむく度に頬に巻いた髪や、長い睫毛が影を落としている。
19時の開店と同時にフロアのボックス席はいくつか埋まっていて、それぞれの場が少しずつ温まり始めている。席には赤や青や、色とりどりのホステスたちが男の人たちを囲んでいて、彼女たちが笑みをこぼすたびにそのボックスの温度が少し上がるのがわかる。みんな、同じように高そうなスーツを着た4、50代の男の人たち。席についている鮮やかなナイトドレスのホステスたちとは対照的で、遠目にはみんな灰色に見えた。なんとなくお客さんの名前が覚えられなくて、間違えてしまう自分をイメージしてしまって怖くなる。
そんなボックス席と席の間をひらひらと泳ぐように進む。エミリさんのドレスはマーメイドラインで緩く広がった裾がシースルーになっている。上半身がオレンジ色で、足元に向かって赤く色を変えていく炎のようなグラデーション。よく見ると、透ける裾にはラインストーンが縫い付けられていてハイヒールが一歩を踏み出すたびにちらちらと輝く。翻る赤いドレスの裾は、愛情込めて育てられ、コンテストで優勝した中国の金魚を思わせた。エミリさんはガラスの鉢の中でひとり、堂々としていた。
エミリさんは視線の先のテーブルに向け、もう笑みをこぼしていた。親しげな笑み。同じ土地で育った友人に久しぶりに会った女子高生のような、迷いも屈託もないストレートな笑み。口元にはえくぼが現れ、高価な化粧品で丁寧に作りこまれた目元がきゅっと細くなる。燃えるように気位の高そうだった印象ががらりと人懐っこい笑顔に崩される。
「こんにちは!エミリといいます!よろしくお願いします。」
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