特撮女子の結婚 第二話
あらすじ:大学卒業後、キー局のアナウンサー試験に失敗した美妃は、地方ローカル局で広報担当をしながら、週末の上京と合コンを繰り返す日々を送っていた。ある日、美妃は数分のニュース番組で、その地方の『ローカルヒーロー』を紹介することになった。ローカルヒーローと聞いて、オタク男たちのコスプレ趣味を想像した美妃だったが、その造型を担当するのは若い女の子で---。
「触っても大丈夫っすよ。優しくなら。」
吊るされた人形たちをかき分けて、部屋の中からさっき返事をした女の子が出てくる。染めていない髪をひっつめて、当然化粧はしていなくって、絵の具がたくさんついてカラフルになった汚い、黒いつなぎを着ていた。左の耳に、ヴィヴィアンウエストウッドの銀色のピアスが揺れている。そしてなぜか、手には紙コップと割り箸を持っている。
「いえ、大丈夫です。」
「遠慮しないでいいのに。取材で来たんじゃないんですか? ちょっとすいません、徹夜明けで昨日から何も食べてなくて。」
そう言って、その女の子は割り箸を口で咥えて右手で割ると、左手の紙コップの中に入っていた白米を食べ始めた。よく見ると、その白米には皮がついたままの、ジャガイモも混じっていた。私が驚いてその紙コップを目を見開いて見つめたところ、彼女は何を勘違いしたのか、
「ああ、気づかないですいません。食べます? 今お茶切らしていて。」
と言って、その白米が入った紙コップを手渡してきた。
「…いえ、大丈夫です。」
「そう? 遠慮しないでいいのに。イモと一緒に3合炊いたから大丈夫です。おかずはないですけど、ごま油と塩かけたら結構美味しいっすよ。」
そう言って、もぐもぐと口を動かしながら割り箸で部屋の奥の方を指さす。
壁いっぱいにかけられている異形の人形の間、ウナギの寝床のように細長いその部屋の奥には、塗料でべとべとになった会議室で使うような簡易なデスクがあった。その上には発泡スチロールのくず、スケッチブック、絵の具、ラッカースプレー、絵の具を溶いた紙コップ、接着剤の2リットル缶にまじって、たしかにごま油と醤油と塩の瓶、そして炊飯器があった。効きすぎの冷房に冷やされて、炊飯器からは湯気が上がっていた。炊き立てだった。
さらにその奥には、絵の具を溶いた紙コップと、固まって使えなくなった絵筆と刷毛が山と積まれた水道と流しがあった。近くには、ジャガイモの袋もある。そこの水道で米を研いだのか。研ぐわけないか。あの水道なら研がないほうがいい。
「ここが造形班の事務所ですか? 代表の方にご挨拶させていただきたくて。それにしてもすごい臭いですね。」
「代表? ああ、それならあたしです。造形班ひとりなんで代表もクソもないんすけど。臭い、ヤバいでしょ、ザーメンみたいな臭いするでしょ。あたしはマヒしちゃったんでもう気にならないけど。」
「え? い、いや、凄いですね。何の臭いですか?」
「ラテックス、液体ゴムです。」
彼女はそう言って机の上にあった茶色いプラスチックのボトルを手に取った。
「乾いちゃえば無臭になりますが、液体のうちはダメですね。アンモニア強いんで直接嗅ぐと気絶するかもしれません。怪人の材料です。これに塗料を混ぜてウレタンに塗れば、乾いて怪人の皮膚になります。」
へらへらと笑いながら彼女はそのボトルを開けようとした。私は驚いて、それを止めようとあわてて口を挟んだ。
「か、怪人の材料? これ全部作ったんですか? っていうか、着て戦うんですよね、すごーい。どうやって作ったんですか?」
「えー、やだなー、簡単に聞くんだから。これだから一般人は。」
『一般人』というのはどうやら悪口らしい。ネガティブなワードを吐きながら、対照的に、隠しきれない笑顔をこぼしながら彼女は話し始めた。『よくぞ聞いてくれました!』と顔に書いてあった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。いただいたサポートは、大切に日本文学発展&クリエーター応援に還元していきます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。