なぜEメールは送信を取り消せないのか

※この記事は非技術者向けに専門用語や細かい機能など極力省いています。技術者向けの記事ではありません。

誰しも、Eメールを送信してから「誤字に気づいてしまった」「ファイルを添付し忘れた」「宛先を間違ってしまった」という経験があるはずです。その度に今のメールを取り消したい!と願ったのではないでしょうか。
しかしLINEなどと違い、Eメールは例外なく一度送信されてしまうと取り消すことはできません。(送信ボタンを押してから送信されるまでに待機時間を設け、送信中止できるメールアプリはあります。)

なぜこのような不便な仕様になっているのでしょうか?
これには宇宙空間も含めインターネットに接続されたあらゆるコンピュータ同士が望めばメッセージをやり取りできる仕組みである事が起因します。
ピンと来ないかもしれませんが、30年前のPCだろうが20年前の携帯電話だろうがインターネットに繋がってさえいれば世界中のどのメールアドレスに対してもEメールを送受信できます。プロバイダやサービスに依存せず、地球の裏側の名前も知らない企業が提供するフリーメールのアドレスともやり取りできます。相手が何のメールアプリを使っているかも全く気にしません。

上記を実現・理解するために重要な原則があります。
「Eメールは仕組みのみ存在し、全体をコントロールする何者かは存在しない」
それゆえ、良くも悪くも"誰もが"Eメールのサービスを始めることができます。
知識とインターネットに繋がったコンピュータさえあれば誰もがいつでも自分自身のメールサーバ(メールアプリに設定するSMTPとかPOP3などの接続先)を構築することができます(安定運用にはドメインや固定IPが必要ですが)。
さて、このような一見、混沌とした状況で何故に世界中で安定してEメールのシステムが稼働できているのか不思議ではないでしょうか?
例えばGoogleが提供する世界最大級のEメールサービスGmailが壊れても、他社のEメールはGmailのアドレス以外とのやり取りには何も影響を与えません。最悪、紛争や大災害で一国が丸ごと無くなってもその他の国や地域同士では何も問題なくEメールは運用できます。
これがLINEならこうはなりません。LINE社が倒産すれば、LINEサービス全体が使用できなくなります。カカオトークなど他社のサービスと連携もできません。LINEを提供していない地域とはそもそも連絡できません。X(Twitter)もBlueSkyやThreadsにポストしたりDMをやり取りすることはできません。

このような全世界を対象に超ド安定した情報インフラとして稼動できる仕組みとはどのようなものか。秘密は「疎結合」にあります。一言で言えば他者への依存度が低く独立度が高い状態です。大人な関係ですね。
独立度が高いということは、自己の責任範囲を明確に区別するということです。他者の責任範囲に干渉することもなければ、他者から干渉されることも許しません。
各サービスの管理者は、「指定のアドレスに正しくEメールを送れること」「自分が管理するアドレス宛のEメールがきちんと受信出来ること」だけに注力して管理・運用できます。
確かにGmailが突然なくなったら阿鼻叫喚巻き起こることは想像に難くないですが、それでもEメール全体として捉えるとインフラには何も影響しません。ユーザーも落ち着いてアプリの設定をOutlookやYahooなど他のサービスに変更すれば問題なく送受信できます。

Eメールのデータの流れと責任範囲


例えば上記の図は男女カップルと一人のメール職人がそれぞれ別々のメールサービスを利用していた場合のデータの流れです。
 蒼太くんは@blue.comのメールアドレスを使って@red.comの朱美さんにメールを送りますが、この際blue.comは
「蒼太くんから朱美さん宛のEメールを受信する」
「@red.comのサーバにデータを送信を試みる」
までの動作を保証します。
red.comが落ちていたら、蒼太くんにその旨エラーメールで伝えます。正しくインターネットにつながっていればOKなのです。

一方、朱美さんは蒼太くんからのメールを心待ちにしており、受信ボタンを連打していますが、red.comは
「どこからともなく送られてきた朱美さん宛のEメールを正しく受け取る」
「朱美さんから受信要求があるまで保管する」
「朱美さんの受信要求を受け取り、朱美さん宛のEメールをPCやスマホに送信する」
までを保証します。blue.comのサーバが故障しようが倒産しようが我関せず、よそはよそです。
ここまで蒼太君から朱美さんへのメール送信について説明しましたが、もちろん朱美さんから蒼太くんへのメールも逆方向に対して同様に行われます。

ところで孤高のメール職人緑子さんですが、運悪くgreen.jpの管理者が誤ってケーブルに足を引っ掛けてサーバが壊れてしまいました。
この不測の事態に緑子さんは当然発狂しますが、蒼太くんと朱美さんの間には1ミリも影響しません。知ることすらありません。たとえ隣の部屋に住んでいたとしても、せいぜい奇声が聞こえてくる程度です。

このように、各々が高い独立性を持って緩やかに連携する事で成り立っているEメール業界ですが、もしEメールを削除できるようにしたとしましょう。
この場合ややこしくなってきます。

メールの削除がなぜ難しいのか

Eメールに削除機能をつけるとしたらどうなるか、一例を考えてみます。
※ 戯言なので適用に読み飛ばして構いません
宛先を間違えて朱美さんに送ってしまった蒼太くんがこっそり削除したいとします。まず大前提として、蒼太くんが依頼を出せるのは当然、契約したblue.comに対してのみです。
そうなるとblue.comはred.comに対し、どのメールを削除したいのか明確に指定できる材料を持たねばなりませんので、red.comより受付番号のようにメールを1意に識別できる「ID」を取得する必要があります。これは逆にred.comは送信元に対しIDを発行しなければならないということです。
さらにblue.comは蒼太君が削除依頼を出せるよう送信した内容とIDを一定期間保持する必要があります。
また、red.comは削除依頼が正当になされた要求かどうかを判定する必要も出てきます。

先に書いたようにEメールがここまで普及した理由の一つに、知識さえあれば誰もがメールサーバを設置することができる敷居の低さがあると考えています。大企業から零細、個人まで様々な規模で運用されており、素性のわからない物、悪意のある物も多数あるでしょう。故に密な連携は新たなセキュリティホールを産む可能性もあります。少数の信頼できる企業だけがEメールを運用しているのであればなんとかなるかもしれませんが、不特定多数と責任を共有し合うことはあまり現実的ではないように感じます。

まとめ

Eメールが削除できないのはEメール網が各運用元の独立性が高くゆるいつながりで構築されているためである。
ただし疎結合なネットワークであるが故に強固で安定した情報インフラとしての役割を果たすことができています。

実はEメールにも必要不可欠で、止まったらEメールどころかインターネット全体が麻痺してしまうDNSという仕組みがあるのですが、気が向いたら書くかもしれないし書かないかもしれません。

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