太陽と桃の歌を観て。
新年早々、知り合いのお勧めと聞いて「太陽と桃の歌」という映画を観てきました。
素直にいうと観終わった直後の素直な感想は「え、全然ハッピーじゃない・・・もやっとする・・・なんか想像したのと違ったな」でした笑
この映画は導いてくれるものでもなければ、答えをくれるものでもなく、ハッピーエンドでもない。ただただ現実を映像と音で伝えてくれる、とある農家の生活をちょっとだけ見せてくれる、そんな映画でした。
だからちょっと退屈だなと感じる人もいるかもしれません。でもたくさんの方に知ってもらいたい現実なので観て欲しいと思いました。
さて感想に入る前に、映画の感想というのは観た人の考えやこれまでの経験による主観で変わってくると思うので、私が基本的にどういう人間なのかをちょっとだけ。
元々は東京でOLをしていたのですが、自然に近い場所で生きながら自然を未来に残す仕事がしたいと、お米づくりと日本酒造りをする会社に昨年転職をしました。それから1年、仕事を通じて農家さんの話を聞いたり、お酒や土壌についての勉強をしたり、自然を形作るもののことを学んできました。ただ学んでちょっとわかった気になっていた私。そんな中でこの映画は農家さんの現実をリアルに伝えてくれました。
なので私の感想はヒューマンドラマを観たというよりは、自然保護的な視点で観ていました。教えてくれるのでなく、伝えてくれる。それがこの映画の一番素晴らしいところだと思います。
本やyoutubeでは教えてくれない、消えゆく農家さんの現実です。フィクションなんですけどね。
ということで、以下ネタバレです!
ざっくりと映画の内容を要約すると、桃農家を営んできた一家が、土地の契約書がないために代々大切に育ててきた桃農園を土地の所有者に奪われ、そこにソーラーパネルが建てれられるというものです。
ただ土地の所有者も彼らを追い出すのは可哀想だからと、ソーラーパネルの管理者にならないかと提案を持ち掛けました。ソーラーパネルの管理は「楽で稼げる」。生産性と効率性、世の中の問題はこれに通じると私は思っているのですが、その提案を受ける受けないで家族は見事にバラバラになっていきます。
この映画の中心的立ち位置にいるのが、キメットという父親です。祖父から桃農園を受け継ぎ、それだけをやってきた人間です。桃農家であることにどれだけ誇りがあったかは明確には描かれていませんが、もちろんソーラーパネルには反対で苛々を周囲に振りまき、孤立していきます。
キメットの妹夫婦はソーラーパネルに賛成で、キメットの妻も大賛成ではないながらも、一考の余地はあるようでした。それでも妻はそのあと無機質なパネルが建てられていく様をみて、寂しさや虚しさを感じているようでした。
他にも登場人物は沢山いるのですが、キメットとその息子・娘たちの心情がメインに描かれていて、「桃農園を守るために一致団結しよう」という展開を想像していたのですが、想像に反して淡々と親子のドラマが描かれていました。
そしてエンディングでは家族が揃っていつもの農作業をする画に不似合いな、ショベルカーの大きな轟音が常に耳にさわり、最後に切り倒される桃の木とそれをじっと見つめる家族の姿が映ります。
この映画がリアルに徹した中でもう一つすごいと思ったのは、善悪を語らなかったことです。果たしてソーラーパネルが良いのか悪いのか。
もし何かを教える映画だったなら、もう少しソーラーパネルについて言及されていたんじゃないかと思うんです。
ソーラーパネルといえば、自然エネルギーとしてSDGsの筆頭にある施作ですが、ソーラーパネルはなかなか設置が難しいものです。
というのも、ソーラーパネルを設置するとその下の土地には太陽光が当たらずに植物が育たなくなります。植物が育たなければ土壌は痩せていってしまうんですよね。
また今回の映画にもあったように、木が切り倒されて建てられるケースも多く、これは実際に私の住む場所に近くでも起こっています。
自然エネルギーだからといっても背景は様々で、ちゃんと環境に配慮している会社を見つけるのも、なかなか大変な世の中です。
ちょっと横道に逸れてしまいましたが、リアルを伝えることに徹したこの映画。最後も大きな力に小さい農家は抗えず、為す術なく土地と仕事は奪われてしまいました。でもこれが現実なんですよね。だからもやっとする。
もやっとしたけど観てよかった。様々な背景からどれだけ違う感想が出てくるのか面白そうなので、ぜひ観た方は感想を教えてもらえたら嬉しいです。
最後にディレクターズノートを引用しておきます。
共通のアイデンティティ、自分の居場所。環境問題だけじゃなく、今の激動の時代に翻弄される私たち自身にも通じるいろんなメッセージのこもった映画です。ぜひご覧ください。