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読書石けん〈410字〉【毎週ショートショートnote】

「雅斗、これ幸奈のだから使わないでよ!」
「姉ちゃんこそ!」

――また始まった。
母親の私はうんざりして溜息をついた。

事の発端は、今大流行の『読書石けん』だ。
石けん1個に1つの物語が溶け込んでいて、お風呂で使うとその物語が頭の中にありありと浮かぶ。ただし読めるのは泡に包まれている時だけ。続きはまた明日のお楽しみ、という訳だ。

もし誰かが間違って使うと、全然知らない話を途中から読む羽目になるし、持ち主の方は1回分すっ飛ばされてしまう。それが喧嘩の元になるのだ。

小5の弟の石けんはルーペ型。推理物だろうか。
中2の姉は桜色のハート型石けんだ。そろそろ恋愛小説が気になる年頃になったか。

だが世間ではある問題が起きていた。夫がこっそり自分用の石けんを買って、隠れて使う例が多発しているそうだ。それらは例外なく「どぎついショッキングピンクのハート型の石けん」らしい。

――もしかして。

私はぎらりと目を光らせると、洗面所の戸棚を漁り始めた。


* この記事は、以下の企画に参加しております。



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秋田柴子
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