「自由」とは カナダ留学日記 5/28(Tue)バンクーバー生活残り168日
「自由」という言葉を見てあなたはどんなイメージを持つだろうか?
この言葉はどちらかというとポジティブな印象があるはずだ。
「個人の自由を尊重する」
「自由に生きたい」
どちらも自由=素晴らしいものと定義している。
僕も自由であることには大賛成だ。
他人によって自分の行動が制限されるよりも、自らの意志に従って自由に生きることのほうが大切である。
そう思っていた。
しかし、今日そんな考えを少し見つめ直さなければならないと感じた出来事があった。
今日の授業でディスカッションを行った。
もちろんディスカッションなので自らの立場を明らかにする必要がある。
「自分の臓器を売ることで収入を得ることに賛成か?」
「学校は宿題を廃止すべきである」
「結婚したら離婚はするべきではない」等
これまでも何度かディスカッションやディベートの授業はしてきたけどその時は違和感なくその時間を過ごしていた。
ところが、今日授業中に気付いたのが、自分は全てのトピックに対して「個人の自由なのだからその人の好きなようにするべきだ」という考えであるということだ。
自分の臓器なのだからそれをお金に変えようがその人の勝手だし、宿題をやるかやらないかも生徒が自分自身で決めるべきだし、結婚しても一緒に暮らして幸せでなかったらすぐに離婚したほうがいい。
そんな考えだ。
行き過ぎた自由は私達に何か不都合をもたらすのだろうか?
もちろん、法律を犯すことは間違っている。
しかし、ルールや法律以外に私達を制限するものは必要なんだろうか。
この日記を読んでくれた人はこの考えをどう思いますか?
僕は今日自分のこの考えに気付いて、「自由」というものが何なのか少し分からなくなった。
ひとつ確実に分かっていることは、自分は日本にいた頃よりも自由に生きられていて、それは自分にとってものすごく幸せを感じられるということ。
「自由」の対義語は「束縛・窮屈・統制」
自分自身で考えがまとまってないので日記もすごく読みづらかったと思います。
でも日記を書くことで少しは自分の頭の中が整理できました。焦らず答えを探していきます。
今日はこんな感じ。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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