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翔べ君よ大空の彼方へ     2-❶ 出発

 2022年春、3月。

 成田国際空港の出発ロビー前で、2人の若手騎手が別れの挨拶を交わしていた。

「いよいよだな。体だけは本当に気を付けろよ!」
「ああ、お前こそな。まあ、落馬の仕方は親父に聞けよ。何といってもプロだから」未来が笑いながら言った。
「落ち方を聞くのかよ。親父さんに蹴飛ばされるだろ!」翔馬は未来の胸を軽く叩いた。

 未来の父、大成は2年前に騎手を引退し、昨年から栗東所属の調教師として厩舎を開業した。
 翔馬も朝日厩舎所属馬の騎乗依頼を受けることが多くなった。
 師である中田師と朝日師のホットラインだろうか、それとも未来が進言してくれたのであろうか?

「どちらが先にダービーを勝つか・・・楽しみだな!」未来が不敵な笑みを浮かべた。

 まさか未来が海外志向の考えを心に秘めていたとは思いも寄らなかった。

「主戦場をアメリカに移す!」
その事を彼の口から聞いた翔馬は、驚きを禁じ得なかった。
 競馬学校で腕を磨き、同室で暮らした3年間の中でも、彼の口からそんな事は聞いた事がなかった。
 が、そんな彼のスイッチを入れたのは、実は翔馬であった。

 2018年と2019年、2年連続で翔馬はフランスに遠征した。
 自由自在に馬を操るその人を、《マジシャンショーマ》と人々は絶賛し、あのジャックルマロワ賞の死闘は、今もなお、多くの人々の脳裏に刻み込まれている。そして・・・・・・。

 そのレース映像を見た未来は、翔馬に負けてなるものか!と、自らの道を進むべくための準備を始めた。
 飽くなき向上心と、変化を恐れない強さを持って。

 それが、米国での通年免許取得である。

 騎乗技術はもとより、何よりも必要な語学習得には特に力を入れた。父、大成が若かりし頃、米国へ短期留学していたこ事も、夢の実現を後押しする事になった。

 未来は、翔馬がフランスから帰国した半年後に、米国への留学を決行した。
 引き受け先は、米国でも3本の指に入る名門厩舎であり、30以上のG1レースを制覇している敏腕調教師の元、半年間腕を磨き勝利を重ねた。

 西海岸、中東部、東海岸・・・日本の26倍もの広大な土地では、数万頭の競走馬が競馬場を駆け巡っていた。
 彼はそのスケールの大きさに、米国、競馬に一層傾倒していった。
 そんな彼の努力と、一途な想いが花開き、昨年末遂に米国での騎手免許が交付された。

 JRAの騎手免許を返上し、退路を絶った未来を、改めて凄い奴だと翔馬は思う。正直に言えば、寂しいのが本音である。同期であり、好敵手、戦友・・・。
 が、お互いにプロである。

 国は違えど、競馬に国境はない。馬を愛する気持ちにも。
 いずれ相まみえるであろう。そのチャンスは確実にあるのだから。
 海外遠征が当たり前になっている昨今、数多くの競走馬が米国、豪州、香港、サウジアラビア、フランス等、様々な国への遠征を実施している。まさに競馬のボーダーレス化、競走馬にとっては、世界中の全競馬場が戦場なのだ。

 翔馬は頷いた。

「ああ、勝負だ!」
2人はがっちりと握手を交わした。

 搭乗を知らせるアナウンスが流れ、未来は、ブリーフケースを手に翔馬に背を向けて歩き出した。
 未来の姿が翔馬の視界から消え去ろうとしたその時、彼の背に光る何かが見えた。

「ん?あいつ何か背負ってたっけ?」
翔馬は頭を捻りながら、米国へ旅立つ戦友を見送った。


 翔馬がフランス遠征をした2018年は、日本競馬の強さを世界に知らしめた、歴史的転換点となった年であった。

 春・・・圧倒的強さで牝馬2冠を達成したその馬は、5ヶ月の休み明けも何のその、他馬を圧倒し、牝馬3冠を成し遂げた。に、留まらず次走のジャパンカップでは、2分20秒6という、従来のレコードを1秒5短縮するスーパーレコードで圧勝、最強馬への道を歩み始めた。
 翌2019年にはドバイターフをも制し、世界中にその強さを知らしめた。

 また、この年のキーワードは世界進出でもあった。
 スプリングステークスや、中山記念、連覇など、歴代屈指の中山の鬼と呼ばれたその馬は、父、黄金旅程(香港表記)の血の後押しを受けて、クイーンエリザベス2世カップ、香港カップと香港G1を2勝した。

 常識外れの成長力を見せた5歳牝馬。
6月の宝塚記念で、並み居る牡馬を寄せ付けず、3馬身差で圧勝。4ヶ月振りの出走となった、豪州の中距離王者決定戦、コックスプレーも圧勝した。
 そして、引退戦となる有馬記念では、引退が惜しまれるほどの最高のパフォーマンスを見せ、5馬身差で圧勝、鞍上に
「世界で1番強い馬」と言わしめ、日本の牝馬としては史上最高となる126ポンドというレーティングを獲得、能力の上限を見せぬまま、惜しまれつつターフを去った。

 2020年・・・・・・未曾有のパンデミックが世界中を恐怖に陥れた。

 新型コロナウィルス。
どんなに手を尽くしても抑えきる事のできない感染者。逼迫する医療体制、ロックダウン、緊急事態宣言、世界経済の停滞、そして東京五輪の1年延期・・・・・・。

 日常の生活が脅かされる中でも、勇気を、希望を見つける為にも、競馬を止めてはいけない!その思いから、競馬開催は、入場制限、または無観客で実施された。

RISINGSUN、朝日未来いざ🇺🇸へ

PS・・・第2章が始まりました🐴🐴次の配信は、7月8日土曜日午前8時となります。翔馬が憧れた名馬が続々登場します🐴🐴ではまた土曜日にお会いしましょう🙇🙇‍♀️

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