翔べ君よ大空の彼方へ　　　　　9-⑬ 励まし

2025年2月1日 12:00

　加奈は追った。無我夢中で。
背後から耳をつんざく風の音が、芝を蹴散らす蹄音が容赦なく、彼女の背に迫りくる。

　それでも、負けられない。
その背に背負っているものがあった。

　デビュー9年目で訪れた大チャンスであった。
　セレクトセール、史上最高額落札馬スターオブクイーン•••日•英•豪でG1レース4勝を挙げた名牝サマークイーン、父は、世界最強馬ファイアスター•••オーナー直々の騎乗依頼であった。

〝この馬と一緒に成長しなさい〟
との励ましを、エールを受けたのだった。

　新馬、アルテミスSと連勝し、1番人気で迎えた阪神JF•••痛恨の出遅れを喫し、外から猛然と追い込んだものの、鼻差2着に惜敗、涙を流した。

　年明け、デイリー杯クイーンカップを勝利し、勇躍乗り込んだ仁川の舞台•••好スタートから中段に付け、最後の直線抜け出しを計り追い出すも、2度程進路をカットされて万事休す。それでも残り150メートルで進路を大外に取り猛追したものの
、またしても鼻差2着••• 1番人気に応えられずに愛馬にタイトルを贈る事はできなかった。

　G1二戦でいずれも2着••・覚悟は出来ていた。自身の技量不足と精神力の弱さ
•••オーナー、調教師、スタッフ、育成、生産牧場、そしてファンの期待に応える事が出来なかったのだから。

　しかし、乗り替わりは、無かった。
　師から一通の手紙を受け取った。

〝彼女と心中をする位の気持ちで精進しなさい。そりゃ人間だからミスもする。結果も欲しい。馬達は常に全力で走っている。彼等、彼女等の為に1勝を積み上げる事は、それだけ未来への展望が広がる事に繋がるだろう。その事に異論は無い。。

　しかし騎手、いや、人間にとっては、結果よりももっと大切な事がある。

　夢に描いた結果を得る為に、どれだけの毎日を過ごしたか、そして過ごしてきたその日を誇りに思えるか、その事を価値観にする事が大切なのではないかな？

　勝った負けたではない、駆ける為に、駆け抜ける為に努力をした日々•••その過程を誇りに思えた時、君は彼女といつかきっと•••〟

　涙が止まらなかった。
私は本当に人に恵まれている。たくさんの人々に•••。

　「私が下手な乗り方しちゃって、伸び伸びと走らせてあげなくてごめんね•••」

　加奈は、桜花賞敗戦翌日厩舎を訪れ、愛馬の様子を眺めていた。時折加奈を見つめては、黙々と飼い葉を食していた。
　そして、愛馬が満足したのを見計らい
彼女は正面に立ち、その美しい鼻面を撫でながら呟いたのだった。

　愛馬は首を傾けながら、加奈の頬を何度も舐めた。

　まるで、勇気付けるかのように。

　彼女を見つめるその瞳には、何の汚れもなく、ただ真っ直ぐに直向きな輝きを放っていた。

　半馬身•••ステッキを振るう風の音、
駿馬がやって来た。