翔べ君よ大空の彼方へ 8-⑪ 勝負の朝
彼は目を覚ました。
雨音と薄光と。それでも、
〝今日は良馬場だな〟彼は不敵な笑みを浮かべ、フッと息を吐いた。
背を伸ばし、体の隅々を確認するかのように、その場に立ち上がった。
身体が、軽い。いつものように。
彼は理解していた。
今日が自身のラストランであると。主人が教えてくれたのだ。主人は言った。
〝お前とならどこへでも行ける。お前の背に乗ると、いつだって新しい地平が、見た事の無い景色が広がっているから。
あと一回お前の力になるから、一緒に新しい世界を見に行こう•••〟と。
彼は主人の思いを、全てを読み取る事ができる。
主人は大切な人を失い、苦難の道を歩き、自身に渦巻く苦しみを解放して、そして会いに来てくれたのだ。
いつも一緒だった。
どんなに強い強敵も、音を上げそうになるほどのタフな馬場も、暑い太陽の眩しさの中も、激しく降りしきる雨の中も
、主人と共に風になり、乗り越えてきたのだ。
最後もまた、主人と共に。
そして、笑顔を届けよう。
彼の耳が聞き慣れた足音を捉えた。
彼は翡翠色の瞳を輝かせ、最後の戦いの準備を始めるのであった。
手を伸ばせば届く程の距離•••その色鮮やかな蝶は、気持ちよさげに宙を舞っていた。舞う喜びを感じているのだろうか
、嬉しくて仕方ないとばかりにふわり、ふわりと。
彼が右手を差し出すと、その蝶は彼の周りを飛び回りながら、やがてその右手に止まった。
すると、1頭のサラブレッドが天から駆けてくるのが彼の目に映った。
〝あれは何だろう?〟
金色の光を放ちながら、物凄いスピードで駆けてくるサラブレッド。
一切の減速もせず、また、あまりの光の強さに目が眩み、危険を感じて体を捻ろうとしたその時、彼はハッと目を覚ました。
彼は辺りを見回した。
蝶も、サラブレッドも姿を消していた。
いつもの見慣れた風景•••調整ルームの一室であった。彼は苦笑いを浮かべ、一言呟いた。
〝何だったんだ?今の?〟
彼は立ち上がり、窓の外を眺めた。
〝ラストランは、雨の中•••であろうか。
止んでくれるかな?〟
彼はキャリーケースの中から北海道銘菓の〝わかさいも〟とホワイトチョコ仕様の〝キットカット〟を1つずつ取り出した。
〝きっと勝つ•••〟か。
今日は勝たなきゃな、すみれ!
蝶の夢は、幸運の夢•••翔馬の身体中に気力が、闘志が漲っていく。
勝負の朝であった。
断崖絶壁に激しく打ち付けられるその波の音も、彼等の耳には届かない。
幾重にも重なり合う読経の声が本堂に響き渡り、その大自然が放つ音を打ち消していた。
先祖の供養と、生かされている者が感謝の心を持ち、今日1日を幸せに過ごす事が出来ますように、そして、円の中のすべての者が守られますように•••と。
彼は空を見上げた。
雲一つない大空に、東の方角へと真っ直ぐに伸びてゆく飛行機雲。彼もまた、円の中の大切な人の事を思った。
〝今日1日、彼等が笑顔でありますように•••〟
住職は瞑目し、そして思いを込めて、合掌した。
PS•••いつもお目に留めて頂き、心より感謝申し上げます🥹🙏
次回配信は、11月6日水曜日正午となります🕛
ラストランのパドックに集まる人々。
ざわめきが静寂へと、そして興奮へと変わる時間が近づき、そして、遂に彼が姿を現します🐴✨いざ、最後の夢舞台へ
🐴💨🔥😤
競馬の祭典、ブリーダーズカップ🇺🇸🐴
え?キティーちゃんって50歳?😅