翔べ君よ大空の彼方へ 1-⑪ 手紙
「翔馬君、手紙が届いているよ」
翔馬は寮長から手紙を受け取った。
「ありがとうございます!」
小倉競馬場での騎乗を終えた翔馬は、レース終了後、先輩騎手達と新幹線に乗り、滋賀県栗東トレセン近くの騎手独身寮に戻った。
来週は福島での騎乗だ。
しっかり休養を取ることも、騎手として必要不可欠であり、何よりも大切な事は暴飲暴食をしないこと。
体重超過は騎手失格・・・油断大敵である,
「さて・・・と」
翔馬は手紙にハサミを入れる。が、
「ん?」と、手を止めた。
切手は何と、あの往年の名馬、芦毛の怪物オグリキャップである。
「これ・・・レアものじゃないのか?」
翔馬が目を丸くした。
卒業おめでとう!
手紙出すの遅くなって悪かったな。色々と忙しくてな💧まぁ、お互い様か。
いよいよ本物のジョッキーになったんだよな!クラスのみんなも、
「早くG1へ!」って息巻いていたよ。もう乗れるんだよな?
しかし凄かったなあ、あのレース!
手に汗握るデッドヒートとは、まさにあのレースを置いて他にはないぜ!ん?ちょっと言い過ぎたかな。笑
やっぱり競馬場はいいよな!
しかし、あの日は風が強くて大変だった。乗ってる方もだろ!牧場長さんのベレー帽は風でどこかに飛んでいってしまったし(結局見つからなかったけど)、
親父は、
「ここのきつねうどんが美味いんだ!」
とか言って、2杯も食べていたよ。確かに美味かったけどな!
そうそう、俺さぁ、就職したよ。尾形スタリオンに。夏と冬泊まり込んだあの牧場だよ。先輩スタッフにさ、
「もう就職しちゃえ!」って言われてたんだけどさ、実は夏休みのうちに牧場長さんが親父に、
「彼を引き取らせてもらえませんか?」って言ったらしい。親父も親父で即答したんだと😓
何も知らない俺は、冬休みも働いていたよ💧💧卒業後の進路は、本人が知らない間に決まっていたとさ!チャンチャン😅
冬休みの仕事の最後の日、
「ここに就職させてください!」って言った俺はバカ!あの時、牧場長さんは、
ニヤリと笑っていたからね。
何せ一番下っ端だから何でもやってるよ。覚えることがたくさんだ!
今は一番牧草の収穫でてんてこまいだよ!(春に一番最初に生えてくる草さ)
一番草が伸びすぎると硬くなって、お馬さんに睨まれるからなぁ。馬は柔らかい牧草を好むからさ。んで、この牧草を天日に干してから、高さ120センチ位のロールにして、ラップでぐるぐる巻きで出来上がり。お馬さんの食事として保管するんだ。
たださ・・・雑草が厄介なんだ。
餌の中に、雑草の種が混じるとさ、糞で排出されて堆肥として放牧地に撒かれるだろ。そうすると一気に雑草が増えるからさ・・・。
今は雑草が最大の敵だな!
あ、雑草と言えば、俺らが小学生の時に年に2回農業実習で行った農園あっただろ!ほら、あの黒いサツマイモとか美味しかったあの農園。
よく草むしりしたよな。名前なんだっけ、ほら、あのきれいなお姉さん。・・・
思い出せん。あの人がさ、夢に出てきた訳さ。
「この人参、あの馬にあげてきて!」 って、笑って俺に言うわけよ。で、この人参甘くて美味しいの知ってるから、俺1本食べちゃったんだよね😅怒られたよ、夢の中で・・・。
何だか最近、馬の夢ばかりだわ。このままこうやって馬社会に染まっていくんだろうな、俺。
お前だけに話すけどさ・・・牧場長さんの娘さんがさ、結構可愛いんだ😅絶対、誰にも言うなよ‼︎
そう言えばさ、この前話したオルフェーヴルの仔・・・この秋に育成牧場に移動するよ。でもさ、こんまいままだから心配だよ。今、310キロ位かな😓
でもみんなが、心臓がでかいから大丈夫!って言ってるから、何とかデビューして欲しい。この仔は牧場長さんの持ち馬だからさ、余計気持ちが入るよ!
マイメロディーって名前さ!覚えておけよ!
しかし、キタサンブラック・・・ステイヤーじゃなかったの?まさか2000メートルの大阪杯勝つとは💦あの勝利は、引退後の種牡馬としての価値を考えると、非常にデカい!ってスタッフが言ってたよ。
で、あのダービーか・・・。
スローペースを、向こう正面で捲って2番手につけてぴったり折り合って、最後の直線で抜け出して・・・と。あの、2段階の加速は掟破りだよ!翔馬も負けてられないぜ!
打倒ルメートルだな!😁
調子いいみたいだな!
ま・・・今は一つ一つ勝ち星を積み重ねていけばいいさ。プロの俺に素人が口出すんじゃねーってか😛牧場長さんも親父も期待しているぞ!もちろん俺も!あと、クラスのみんなもな!祝勝会、楽しみにしてるってよ😁
怪我だけはしないようにな!何とか年末に会おうぜ!楽しみにしてるぞ!
2017・8・20
蒼井 翼
PS・・・俺の事も応援してくれよ!あと、お前も早く彼女作れよ🤪
翔馬は手紙の中に入っていた1枚の写真を手に取った。
1頭の仔馬の背中をブラッシングしている翼と、人参を両手に持ってピースをしているうら若き女性。
「あ〜あ、デレデレしちゃって」翔馬は微笑んだ。
お前も!って・・・。何が俺の事応援してくれだよ😓
親友の変わらぬ奔放さは、常に勝負の世界に身を置く翔馬の気分転換にはもってこいである。
「その恋が成就するといいな」
翔馬は写真に呟く。
俺には恋なんてまだ早いよなぁ・・・今は、馬が恋人だからな〜・・・。
翔馬は自虐的に笑ってから思考を切り替え、今週騎乗したレースを頭に描き、自室の片隅に設置している木馬に跨った。