翔べ君よ大空の彼方へ 5-⑯ 目覚め
彼はその足音で目を覚ました。
それは彼のよく知る足音であった。
〝迎えに来たのかな?〟
そう思った彼は、横たえていた体を起こし、颯爽と立ち上がった。
彼は嬉し気に〝ブルルン〟と鼻を鳴らす。
「シッ!」
足音の人物が人差し指に手を添えた。彼もまた心得たもので、大人しく馬せん棒が取り外されるのを待っている。
まあ、彼自身は40程ある馬房の一番端で過ごしているし、厩舎への出入口は彼の馬房の目の前にもあり、両隣4馬房は空き馬房であるから、少々の物音は問題ないだろう。
それに、そのつもりならば彼自身で馬せん棒を外して外に飛び出る事は朝飯前なのだ。
それでも、真夜中に良い夢を見ている仲間達を起こしてしまうのは申し訳ないのであるから、極力人馬は息を潜め、足音を忍ばせて目的地へと向かうのである。
彼は嬉々として広大な大地を駆け巡っていた。
この馬もまた、有り余った力を発散させる時間が必要であるのだ。
一日中でも大地を駆け巡っていたい若駒は今、雄大なストライドで、まるで宙を飛んでいるかの如く、素晴らしいスピードに乗り、彼の目の前を駆けていった。
その青毛の馬体からは、その情熱が迸るかのような汗の玉が、自身が作り出している空気を切り裂く、猛烈な風に吹かれて飛び立ってゆく。
その姿は、〝俺をもっと走らせてくれ!〟と、訴えているようにも見えた。
凛と輝く大きな月が、彼の姿を鮮明に映し出した。
四肢に映える4本の長い白斑、燦々と輝くスターマーク、炎のような白い流星、そして白銀のたてがみと尾をなびかせながら力強く大地を蹴り上げ、飽きる事なく、己の力を見せつけるかのように、自らの力を解放していた。
どれほどの時間が経過しただろうか•••ようやく満足したのか、彼は柵の前で立ち止まり、鼻を鳴らした。
「お腹空いただろう⁉︎」
手のひらに載せられた人参を遠慮なく貪り食らう。一本、二本、三本•••。
りんごを咀嚼し、剥き栗を丸呑みし、バケツに入っているミネラル水を胃に収め、ようやく一息をついた。
「もう少ししたら、お前の本当のご主人様に会わせてやるからな!まあ、ご主人様って顔じゃないけどよ!でも、あいつのおかげで、お前が生まれてきたんだから、ちゃんと言う事を聞かなきゃだめだぞ!」
彼は〝ん?〟と首を傾け、空を見上げた。東の空が白み始めた。
「じゃあ、帰るか」
人馬は空に浮かぶ満月を見上げながら
、馬房へと戻る道を歩き出した。
白み始めた空の下、1頭の競走馬がCWコースに姿を現した。
10馬身程先行した2頭を目標に、鞍上は彼を導く。
首を使い伸びやかに、そして脚捌きはパワフルかつスピーディーに、久しぶりの実戦に向かうとは思えない程の雄大な走りを見せている。
残り300で先行2頭を捉え、2頭の真ん中にコースを取り、ラストはストレッチをさせるような感じで走らせた。
鞍上は笑みを浮かべた。
「1年前と変わっていませんね。息遣いも良好ですし。いや、むしろ本当の意味で芯が入ったかな」管理する冨士原師も笑みを浮かべた。
「うん。彼自身も走る喜びに溢れているみたいだね。もう次が競馬ってわかっているだろう」
1年前の阪神大賞典後に右前脚繋靭帯炎を発症し、引退種牡馬入りも検討されたものの、長期治療休養が功を奏し、見事にターフへと復帰する目処が立った、2024年JRA最優秀4歳以上牡馬受賞のG1競争3勝馬ブレストファイヤーの復帰戦は、3月下旬の日経賞(中山芝2500)と決まり、最終追い切りを今無事に終えたところであった。
「今回もよろしく頼むよ」
師の言葉に彼が答える。
「ええ、あいつとの約束ですから」
2人は、それ以上の言葉を発することなく、朝焼けに染まる東の空を見つめていた。
PS•••いつもお目に留めて頂き、心より感謝申し上げます🥹🙏次回配信は5月8日水曜日です。大空翔馬を想う人々がそれぞれに🥹🙏
もう少し!です!翔馬、みんな待っているよ!
それではまたお会いしましょう🙏
AKIRARIKA
NHKマイルカップ🏆🏆
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