翔べ君よ大空の彼方へ 2-⓬ ホープフルS
快晴の寒空の下、レースに出走する16頭がパドックで周回を重ねている。
有馬記念当日にも負けず劣らずの熱量が、年末の中山競馬場を包み込んでいた。
パドックには、色鮮やかな横断幕が隙間なく飾られている。
それぞれの想いを、夢を、希望を言葉に乗せて。
その中に、その一団はいた。
大切な友人を見守る一団は一声も発せずに、ただ、彼が騎乗する競走馬を見つめている。
鮮やかな鹿毛の馬体が目の前に現れた。ゲメインシャフトだ。
二人引き。大きな歩様で堂々パドックを闊歩している。まるで他馬を威圧しているかのようだ。
馬体重は440キロ、前走時より+10キロで2ヶ月の休み明け。重賞勝ち馬3頭を押しのけ、堂々の1番人気・・・新馬、1勝クラスのステッキいらずの圧勝を、ファンは忘れていなかった。
そして、彼に騎乗する鞍上には、たくさんの力強い応援団がいる。
あの涙よ再び!
それは悔し涙ではない。歓喜の涙である。
やがて騎乗する騎手が整列をし、それぞれの持ち馬に向かった。
彼もまた、その一員の中にいた。いつものように馬の正面に立ち、その瞳に話しかける。どうやら笑っているようだ。
なんと言ったのであろうか?
翔馬には遠目にもその一団を確認する事ができた。
《大空翔馬、大志を抱け!道産子魂!》の横断幕が光り輝いていた。
本日の彼は絶好調であった。
これまで8鞍騎乗して、6勝2着2回・・・まさに無双状態である。
そして迎えたG1ホープフルステークス・・・来春のクラシックを見据えた大1番に翔馬は挑むのだ。
さて・・・どうやら今日が大一番って、お前わかっているみたいだな。
先程まで他馬を睥睨するかのように威圧していたにも関わらず、今は顔を擦り寄せている。前掻きをしながら。
腹減ったのか?レース終わったら何本でもにんじん食べさせてあげるぞ!頑張ろうな!
翔馬は彼に語りかけ、馬上の人となった。
スターターが旗を振り、荘厳なG1ファンファーレの演奏と同時に、大観衆からの手拍子が重なりあい、その熱気が最高潮となった。
そして、暮れの寒さを切り裂くような音を立ててゲートが開いた。
「ガシャン!」
ゲメインシャフトは好スタートを切った。大外16番枠・・・これまで8鞍乗って対策は万全だ。インは猛烈に荒れている。
この枠は好都合・・・ハナを切れるほどの行きっぷりだが、翔馬はガッチリと手綱を押さえた。
彼は従順に鞍上の指示に従った。
人馬は呼吸を合わせ、後方2番手で最初のコーナーを回る。行きたがる様子も見せず、まるで他馬を観察するかのように悠々と第2コーナーを回った彼に、翔馬は指示を与えた。
明らかなスローペースになりつつあるのを見越して、一気にポジションを上げる。外から次々と他馬をパスし、向正面では既に5番手にまで押し上げた。
1000メートル通過、61秒5のスローペース。明らかに荒れているインに進路を取るつもりは更々ない。インコースで走る馬を閉じ込めるようにして、ゲメインシャフトは大きなストライドで駆けている。
第3コーナー入口、翔馬が終始外でプレッシャーをかけ続けた事もあり、インコースを走る馬の行きっぷりが鈍くなり、鞍上が手綱をしごきはじめた。
最終コーナー入り口では既に3番手、まだまだ力が有り余っている様子だ。翔馬は心の中で呟いた。
You are strong horse‼︎
最後の直線・・・ゲメインシャフトを含めた3頭が並走、翔馬は距離ロスを承知で進路を更に大外に取った。ゲメインシャフトの直後には、札幌2歳ステークス、東京スポーツ杯2歳ステークスと重賞連勝中のバッケンレコード、その真横にはピッタリ並走するのが京都2歳ステークスの勝ち馬スターダイナマイト。
熾烈な叩き合いが始まった。
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