翔べ君よ大空の彼方へ　　　　　6-⑳ 大いなる夢

2024年8月10日 12:00

　前走東京スポーツ杯2歳S•••行っても良いかな？と考えていた翔馬であったが、今日はその気分ではないのだろう•••ファイアスターの出脚はデビュー戦程ではなく、翔馬はゆったりと、ゆっくりとレースを進めた。
　何せ愛馬は競馬というものを理解している。彼の意思を素直に尊重した騎乗をすれば、最後に弾丸のように弾け飛ぶ事は分かっているのだから。

　翔馬はこのレース、どれだけ切れるのかを試す意味合いを込めて、敢えて馬群に入れて中段でレースを進め、その隙間を縫って行く競馬を試みたのであるが•••
。

　直線、前方に先頭を争う3頭の馬群の壁•••さて、下がってきた馬を避けて一気に抜けようか、それとも安全に外を回して、と考えた翔馬であったが、何とファイアスターは一瞬にして自ら馬群に突進
、僅か1頭分にも満たない狭い空隙に自身の首ごと差し込んで両サイドの馬を気で弾き飛ばし、壁をこじ開け、正に一刀両断したのである。

　そして、残り400メートルで先頭に立った彼は、直線だけで他馬を撫で切りにし、結果2着に1秒6もの大差を付け圧勝したのであった。

〝俺が制裁を食らわない程度にお手柔らかにな、ファイアスター！〟

　ヒヤヒヤしながらゴールを駆け抜けたものの、またしても第3コーナーまでの直線を全力で駆け抜けたのには心底呆れたが。

　と言う訳で、この尋常ならざる闘争心が諸刃の剣となる可能性も秘めており、無難に外を回したい翔馬なのであった。

　第3コーナー入口•••
「先輩、俺を内に閉じ込めないでくださいよ！外に出られませんよ！せめて2着までには•••」
　バーズオブコンドル鞍上の河田ユウの叫びに翔馬はニヤリと笑い、またしても愛馬に合図を送った。

「先輩！もう行っちゃうんですか〜〜〜
⁉︎」
　後輩の驚きの叫びをその背に聞きながら、ファイアスターと大空翔馬は一気にポジションを上げた。

　そのフォームは、惚れ惚れとする程美しい。
　その腰の柔軟さと体幹の強さが生み出す爆発的な推進力。
　他馬とは一線を画する大きなストライド。まるで宙を飛ぶかの如くの。

　この極悪馬場の中、スタミナを、スピードを削られては脚取りが乱れ、推進力を失いつつある他馬を尻目に、彼だけが意に介せず別次元の脚を披露、先頭で最後の直線へと向かった。

「さあ、最後の直線！一気に捲ったファイアスターが先頭だ！他馬は付いて行けるのか？ファイアスター先頭！極悪の不良馬場も何のその！ファイアスター真一文字に突き進む！白銀のたてがみと美しいその尾をなびかせて、美しいスターマークと炎の流星を煌めかせ、王者が栄光へ突き進む！

　世界のホースマン達よ見ているか⁉︎
世界中の競馬ファンよ、この名を記憶に刻み込め！離した！離した！これは途轍もない強さだ！大空翔馬持ったまま！
ファイアスター宙を舞う！2番手にはバーズオブコンドル上がったが、その姿は遥か彼方後方！

　ファイアスター離した！大空翔馬振り向いた！後ろからは何も来ない！まるで何も見えない！強い、強い、ファイアスター圧倒的な強さだ！
　世界よ待っていろ！欧州の頂きよ待っていろ！これが、日本が世界に誇るファイアスターだあ〜〜！

　ファイアスター1着〜〜ファイアスターが超絶的な走りでホープフルステークスを制覇〜！
　世界への前哨戦を見事に、見事に飾りました〜！今、世界へと発進します！
ファイアスターです‼︎」

　見えない敵とでも戦っているのであろうか、その残像を追うかのように彼は走り続けていた。
　またしても、第3コーナー手前まで全速力で駆け抜けた彼を、スタンドの観客は驚きの表情で見つめるばかり。

　やがて、スピードを落としながらクールダウンを行いスタンド前に戻ってきた人馬を迎えたのは、割れんばかりの拍手の喝采と、自然発生的に沸き上がった人馬へのコールであった。

　泥だらけになりながらも、観客に誇らし気にその勇姿を見せつけるかの如く仁王立つファイアスター•••一体何が彼をここまで奮い立たせるのであろうか？

「この先に見つめるものは何でしょうか？」アナウンサーの問いに翔馬は答えた。

「彼は、自分の背中が何を背負っているのかを理解しています。
　生まれた時から今に至るこの時まで。
そして、これからも。
　決してまだ完成形ではありません。
彼を応援してくださる皆さんがいる限り
、その応援がある限り、彼はまだまだ成長するでしょう。これから一体どれ程の夢を見させてくれるのか•••これからも彼と共に闘い続けたいと思います！」

ファイアスター！カケル！ファイアスター！カケル！ファイアスター！カケル！

　人々は、夢を夢想する。
大いなる夢を。彼等ならばきっと•••。

　揺るがぬ自身を携えて、いざ英国へ！

　壮大な物語は、次のステージへと移行する。

　欧州の遥か高き頂きをを目指し、ファイアスターは今、海の向こうに打って出るのだ。

　新なる一歩を踏み出す人馬に、コールとエールが盛大に贈られていた。