翔べ君よ大空の彼方へ 2-㉗ 継承
日本ダービーの2週間前、未来は米競馬史にその名を刻む快挙を達成した。
米国三冠第二弾のプリークネスS(ダート1900メートル)で、5番人気のヴァイオレットエヴァーガーデンに騎乗、見事に2馬身半差の快勝を演じてみせたのだ。あのサンデーサイレンスも勝ったレースで、である。
米国はもとより、ここ日本にも、いや世界中にそのニュースは拡散された。
お祝いのメールを送ると、しばらくして、
〝お前には負けてられないからな!三冠目も狙うぞ!お前も頑張れ!〟
と、返信があった。
米国の三冠レースは、日本と比較すると、かなりタイトなスケジュールで行われる。
第1弾、ケンタッキーダービーは、5月1週目に、その2週間後に第二弾、プリークネスS、そしてその3週間後に三冠目のベルモントステークス(ダート2400メートル)と、約1ヵ月強の中で全て行われるのだ。
それにしても・・・まさかあんな大レースを勝利するとは・・・そりゃあ、冨士原先生も、朝日先生も鼻高々な訳だよな。
安田記念も、ベルモントSも来週の日曜日。う〜む・・・。
「何と言っても来週は安田記念とベルモントS。これは大変だ!」
産みの親先生、プレッシャーをかけないでくださいよ!と言おうとしたその時、来客を知らせるインターホンが鳴った。
「ようやく来たかな?」
「?」
「久美が来客を迎えに行ってたんだ!」
師が親友に支えられて立ち上がった。
「やあ、翔馬君久し振り!ダービー、悔しかっただろうけど、格好よかったよ」
ここでもか・・・翔馬は苦笑いを浮かべた。
訪問客は、食材らしきものが入っているビニール袋を持ってキッチンへと向かった。師が言った。
「この前テレビ番組で、〝あなたは、人生 最後の日に何を食べたいですか?〟って特集をやっていたんだ。みんな焼肉とかお寿司、鰻、マトリッツオとか言ってたけど、俺はこいつの中華粥が食べたい!って強烈に思ってな!こんな遠くまでわざわざ来てもらったんだ!ステーキは無理だけど、中華粥ならな!」
翔馬はあの時の事を思い出した。
昨年の有馬記念・・・負けて、悔しくて泣いて、それでも1つ学んで、歳の離れた、親友同士の会話を楽しんだ。
みんな、先生が好きなんだな・・・再会した3人は笑顔で話し合っている。
「笑顔は、幸せを連れてくるんだから、翔馬君も泣いちゃだめだよ!私ももう泣かないし!」久美さんも言っていたな。
たくさんの事を教えてもらった。
叱ってもらった。そして、支えてもらった。
血の繋がりは無いけれど、それ以上に、消えない時間を積み重ねたのだから・・・。そうだな、いつまでも泣いてはいられないよな、男だし。
辺りに漂う、食欲を誘う匂い。
感慨にふけっていた翔馬はようやく、その匂いの正体に気づいたようだ。
「お待たせしました!中華粥とだし巻き卵の完成ですよ!」
居酒屋オーナーが、たっぷりの中華粥が入った鍋をテーブルにセットした。
「わあ、美味しそうだね‼︎」
久美が目を輝かせ、それぞれの器に粥をよそう。翔馬には大盛り、中盛りが三つ、そして、小盛りが一つ。
「どれどれ、じゃあいただこうか!」
師がスプーンを手に取った。
「いただきます!」
「いただきます‼︎」
「いただきま〜す!」
大根としらすと桜エビのお粥は、塩気と甘みが絡み合い、バランスが絶妙で胃にも優しく、何杯でも食べられそうだ。そして、だし巻き卵はほんのり甘く、だしの旨味が染み込んだ、究極の美味しさだ。
皆、時が過ぎるのを惜しむかのようであった。
師は目を閉じて、ゆっくりと、噛みしめるかの様に・・・。
そして、笑みを浮かべた。
翔馬は祈った。
〝神様・・・どうか、また来週も一緒にこうして過ごせますように〟と。
15時になった。あと1時間・・・。
師は久美に支えられて立ち上がった。
「翔馬、写真を撮ろう!」
リビングを見渡し、一つ一つのトロフィーを手に取り、優勝ゼッケンに目を留め
、師は笑みを浮かべた。
やがて3つのトロフィーを手に持ち、2つのトロフィーを翔馬に渡した。
師は左側に立ち、右手を翔馬の肩に置き、左手にトロフィーを持った。
翔馬は右側に立ち、2つのトロフィーを手に持つ。翔馬はふと考えて、師の右手を肩から外し、その右手にトロフィーを乗せて、自身の左手を重ねた。
師も久美も笑っていた。
久美が映像を確認して、満面のピースサインをした。
師は30年の思い出の詰まった26の馬房を1つずつ見て回った。
翔馬は師を支えようとしたが断られた。
「大丈夫だから。」
1頭1頭に声をかけ、人参を与えていた。
「ありがとう。頑張れよ」と、笑みを浮かべながら。
厩舎スタッフは、皆、涙を流していた。
やがて、その時間になった。
彼は、リビングの見慣れた風景を記憶に留めるかのように、深く息を吸い込んだ。ゆっくりと息を吐き、玄関へと向かう。もう一度リビングの方を振り返り、深々と礼をした。
そして、ゆっくりと歩き出した。
病院が用意した車椅子を使う事なく。
厩舎から50メートルほど離れた場所で待機している送迎車へ向かおうとしたその時、厩舎裏手に大勢の人達が並んでいるのが彼の目に入った。
たくさんの仲間であった。
ともに騎手として、調教師として、切磋琢磨してきた数十人の仲間達、数え切れないほどの厩舎スタッフ達、数多くの現役騎手・・・たくさんのホースマンが彼を見守るためにその場に留まっていた。
「葬式じゃあるまいし、また戻ってくるさ!」彼は笑いながら言った。
しかし、不覚にも、流れ出る涙を抑える事ができなかった。
今、彼にできる事は、自らの足で、ホースマンの矜持を示す事だけであった。
彼は、すべてを記憶に残すかのように、一歩ずつ、一歩ずつ、力強く大地を踏みしめて行く。
翔馬は瞬きもせず、その姿をじっと見つめていた。
確かに彼は、最後の最後までホースマンであった。
祭壇の中央に飾られた遺影の笑顔は、彼が知るどんな笑顔よりも輝いていた。
彼は、遺影の横に置かれてある3つの優勝トロフィーの横に、1つのトロフィーをそっと置いた。そして、そのレースの優勝ゼッケンを大切な人の胸にそっと被せた。安らかな笑顔であった。。
〝喜んでくれてるかな?〟
彼の目に涙はなかった。立派に役目を果たそうとしている喪主との約束を破る訳にはいかないから。
師は翔馬の安田記念制覇を見届けた30分後に、親友2人と娘に見守られ、永遠の眠りに就いた。
彼は、翔馬のゴール直後のガッツポーズを当然といったかのように、最後の直線に入る前には、既に笑みを浮かべていたという。そして、〝背中の翼が・・・
〟と一言二言呟いた後に昏睡状態となりそのまま息を引き取ったのだった。
あの日、翔馬は目に見えぬ力が、自身の背中を押している事をはっきりと確信していた。
ライバルを競り落とし、ゴールした直後、はっきりと師の言葉が聞こえたのだから。
「ありがとう!」と。
その時、翔馬は悟ったのだった。
何度も、何度も、何度もガッツポーズをした。
師に贈る魂の咆哮であった。
翔馬は、師がどれほど多くの人に頼りにされていたか、愛されていたかを改めて知る事になった。
滋賀県栗東市内のセレモニーホールで行われた、中田圭一調教師の告別式には、とにかく数え切れないほどの弔問客が訪れた。
北は北海道、南は鹿児島、はてはフランスから、数多くの馬主、調教師、厩舎関係者始め、生産牧場、育成牧場の関係者、そして一般の多くのファンも悲しみを分かち合い、天国へ旅立った師を見守った。
翔馬は思いを込めて、追悼の言葉を述べた。天国にいるであろう師に向かって優しく語りかけた。
感謝を、誓いを、思いの波動よ届けとばかりに。
「安田記念を勝ったから安心して天国へ行っちゃったんですか、先生?いつか・・
・会えた時に、たくさん話をさせてくださいね。どうか、僕達ホースマンと、全ての競走馬を見守っていて下さいね」
たくさんの人々が流した涙は、やがて溢れるほどの笑顔へと変わっていった。
PS・・・いつもお目に留めて頂き、心より感謝申し上げます🙇🙏次回配信は、10月7日午前8時です。翔馬が主戦のあの馬が世界進出?乞うご期待🐴🔥🐴💨それではまたお会いしましょう🙇🙏
AKIRARIKA
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