翔べ君よ大空の彼方へ 5-⑮ 想い人
少年が砂浜を駆けている。
闇夜に浮かぶ満月が、彼の行き先を照らしていた。しっかりと手綱を握り、駈歩で誘導している。
〝俺、こんなに乗馬上手やったかなあ•••〟少年が訝しんだその瞬間、彼は宙へと投げ出された。
〝やばい!せめて頭だけは守らな!〟
少年は、両手で頭を守ったものの、見事に波打ち際の硬い砂浜に背中から落ちてしまった。
「イテテテ•••」少年は辺りを見回した。
そして、口をあんぐりと開いた。
ただベッドから落ちただけであった。
少年は頭を掻き、苦笑いをした。
「何ちゅう夢や•••こんな夢見るほど、乗馬にハマっとるんかなあ」
昨日の乗馬クラブでの落馬も何のその
、そのポジティブシンキングで乗り切るのだから、この少年の未来は有望であろう。
午前3時半•••夜明けにはまだ早い。
明日は、いや、今日は学校だ。
〝今度こそ、ベッドから落ちないように•••〟と、少年は呟いて、再び眠りへ落ちていった。
少女は両親と競馬観戦をしていた。
待ちに待った瞬間•••彼が復活するのだ。
少女の手に握られている1枚•••未成年には程遠い少女の為に、父親が彼の騎乗する馬の単勝馬券をプレゼントしてくれたのだ。勿論、両親の手にもそれぞれ1枚ずつ。
やがてレースはスタートし、あっという間に先頭に立った彼は、後続を引き離し1度もその影を踏ませる事なく、悠々とゴールを駆け抜けた。
少女も両親も笑顔で喜びを分かち合った。
〝この馬券は、お守りにしよう!〟
少女がそう思い、いつも身に付けているポーチの中から、サンリオのメモ帳を取り出し、その馬券をしまおうとしたその時、彼女は〝あ!〟と声を上げた。
確かに握っていたはずの単勝馬券が、1枚の白い紙へと変わっていた。両親の握っているものもまた白い紙••• 3人が目を見合わせたその時、その夢は解けた。
「夢?•••」
少女はベッド脇のライトのスイッチを押し、枕元に置いてあるメモ帳の中の白い納め札を見つめた。
大空翔馬からのお守り•••夢見る少女は
しばしの間、先程の夢の余韻に浸っていた。
彼がこの世に生を受け1年が経った。
昨年秋には母馬からの独り立ちを果たし
、今、数十頭の若駒の群れを先導するかのように、放牧地を縦横無尽に駆け巡っていた。
旺盛な食欲と、それに見合うだけの豊富な運動量、そして先祖代々脈々と受け継がれたその尊い血が、彼を日一日歴史に名を残す名馬への階段へと誘っていた。
闇夜に溶け込むかのように、栗毛の馬体が躍動していた。暗闇を照らすのは、頭上で満面の輝きを放つ大きな月のみである。
この牧場の地形、全てを把握しているのか、決して柵に体をぶつける事なくスムーズにコーナリングをし、サラブレッドが掘り返した所々に見られる穴にも、脚を取られる事無く、まるで、〝目をつぶっていても走れるよ!〟と言わんばかりに、猛烈な勢いで駆けていく。
大地を蹴散らす彼の脚音と、熱い息遣いが放牧地に谺していた。
今、彼の周りにはただの1頭もいない。
仲間が寝静まった頃を見計らい、彼はこっそりと馬房を抜け出し、放牧地へと向かうのだ。
1人の少女が、ゆっくりと柵に近づいてゆく。
〝またか•••〟少女は苦笑いをする。
〝怪我だけは勘弁してよね!〟
少女が柵に手をかけたのを察知したのか
、彼は勢い良くダッシュで向かって来る
。
〝だから危ないって!〟
少女の心配も何のその、彼は少女の2メートルほど手前で大きくジャンプをし、正に目の前から姿を消した。
後ろを振り向いた少女は呆れ果てた様子で、ストレス発散に満足したであろう
、こちらへと意気揚々引き上げて来る愛馬を迎えた。
「マジョ、飛び越えたら危ないでしょ」
マジョと呼ばれたその馬は、〝ん?〟と首を傾け、甘えるように鼻面を少女に寄せた。
力強く輝きを放つ満月の明かりに照らされて、主従は馬房への道を歩き出す。
PS•••いつもお目に留めて頂き、心より感謝申し上げます🥹🙏次回配信は5月4日土曜日午前8時🕗です!ライバルの〝マジョ〟サイレントマジョリティーに続いて、あの青毛の馬もまた🐴💨🔥⭐️
大空翔馬がこの馬の背に乗るのはいつなのか•••それではまた土曜日お会いしましょう🔥⭐️🐴🥹
AKIRARIKA