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もゆるかがやく(戯曲)

2019年の作品です。ミソゲキのために書き下ろした二人芝居です。30分の短編です。
初演:在り処 7th place(阿吽:ミソゲキ2019 参加作品)

【登場人物】
・ヒナタ(日向)
・ユウコ(夕子)

 *

 深夜。狭い公園。敷地内には、ブランコと滑り台があるのみ。冷たく乾いた空気が辺りを覆っている。
 そこへ、女が男の手を引いて駆け込んでくる。

ヒナタ  どうして。
ユウコ  ……。
ヒナタ  なあ、どうしてだよ。ユウコ。
ユウコ  ……。
ヒナタ  なあ。
ユウコ  きれいだね。
ヒナタ  は?
ユウコ  きれいだね。凄くきれい。
ヒナタ  ……。
ユウコ  ね、きれいだよね。ヒナタ君もそう思うよね。ヒナタ君はきれいなのが好きだもんね。だから、ね。好きだよね。好きになってくれるよね。みんなのこと好きになってくれるよね。
ヒナタ  どうしてこんなことになってしまったのだろう。僕はただ、綺麗なものを綺麗なまま保ちたかった。清潔でいてほしかった。輝きを守りたかった。それだけなんだ。それだけだったのに。どうしてこんなことに。ただ、僕にわかるのは、もう戻れないこと。全て消えてしまったこと。


 *


 あるシェアハウスのリビング。共有スペースとして使われている場所。
 ユウコ、ゴミ箱の中身をゴミ袋へ移し替えている。
 そこへ、ヒナタが通りかかる。

ヒナタ  やめなよ。
ユウコ  え?
ヒナタ  汚いよ。
ユウコ  え、でも。
ヒナタ  ゴミは汚いでしょ。だから。
ユウコ  え、でも。
ヒナタ  え?
ユウコ  誰かがやらなきゃ。
ヒナタ  ユウコがやらなくてもいいじゃん。
ユウコ  え、別にわたしがやればいいよ。
ヒナタ  でもユウコの仕事じゃないだろ。
ユウコ  えーでもさあほぼわたしの担当じゃん。
ヒナタ  それが嫌なんだよ。
ユウコ  嫌なの? 何で?
ヒナタ  ユウコがここに来てからさ、自然とゴミ出しがユウコの仕事みたいになってるじゃん。入ったばかりからずっと、一年くらい。それまでは持ち回り制だったんだよ。
ユウコ  へえ、そうなんだ。
ヒナタ  なんか、新入りに押しつけてるみたいだろ、面倒なこと。それが気にくわない。
ユウコ  そうかなあ。
ヒナタ  頼んでくるわ朝日に。あいつ確か今日バイト休みだから。
ユウコ  うふふ。
ヒナタ  えっ。
ユウコ  僕がやるよって言わないんだね。
ヒナタ  あ。
ユウコ  うん、ごめんわかってるよ。ヒナタ君はゴミ出しできないもんね。
ヒナタ  ……なんか、ごめん。
ユウコ  いいよー、みんなそれぞれ苦手なものくらいあるでしょ。わたしも片付けとか苦手だもん。
ヒナタ  よくしてるじゃん。
ユウコ  ここだけね。わたしの部屋めっちゃ汚いよ。
ヒナタ  そうなんだ。意外。
ユウコ  ヒナタ君のが掃除得意じゃん。きれい好きだもんね。
ヒナタ  綺麗好きというか、汚いものが嫌いなだけだよ。
ユウコ  潔癖性?
ヒナタ  そうかも。
ユウコ  まあ、それも含めてさ、自然と役割分担ができると思うの。バランス悪くても、上手く回ってればいいよ。そういうさ、お互いのできないことを補い合ってこそだよ。一緒に暮らすっていうのはさ。
ヒナタ  そんなもんかな。
ユウコ  そんなもんだよ。それに、わたし好きなんだよね。
ヒナタ  好き?
ユウコ  うん。こういう仕事。汚れ仕事。
ヒナタ  なんで?
ユウコ  だって、生きてるって感じするでしょ。あ、そうだ。
ヒナタ  ん?
ユウコ  これ、ヒナタ君宛だったから。拾っといたよ。

 ユウコ、ヒナタに皺だらけになった封筒を差し出す。

ヒナタ  ……あのさ。
ユウコ  うん?
ヒナタ  ゴミ拾ったの?
ユウコ  え? 手紙、うん。拾った……ん?どういうこと?
ヒナタ  これ多分だけどさ、捨てられてたよね? ゴミ箱に。
ユウコ  うん。
ヒナタ  それは手紙じゃなくて、ゴミだよ。
ユウコ  え、いらないの?
ヒナタ  え、だって捨ててあったんでしょ?
ユウコ  でも宛名。
ヒナタ  いや、読まれたくないから捨てたんでしょきっと。
ユウコ  ……でもさあ、一度でもさ、ヒナタ君に伝えたいことがあったからこそ、この手紙は存在するんだよ。
ヒナタ  ……誰が書いたかわかんないけどさあ、
ユウコ  小夜ちゃんだよ。
ヒナタ  あ、そうなの?
ユウコ  うん。ほら。

 ユウコは封筒の裏側をヒナタに見せる。

ヒナタ  じゃあ、小夜がさ、嫌な思いするんじゃないかな。勝手に読んだら。やっぱり知られたくないやって思ったんでしょ。
ユウコ  ……知りたくないの?
ヒナタ  えっ……まあ、少しは……。
ユウコ  読む人がいてこその手紙だよ。誰にも読まれずに捨てられて、たくさんのゴミたちと一緒に燃えちゃうなんて、かわいそうだよ手紙が。わたしはそう思うけど。
ヒナタ  ……変なやつ。
ユウコ  そうかな。
ヒナタ  うん。
ユウコ  ……秘密にしとこうね。

 恐る恐る、ヒナタは封筒を受け取る。
 ユウコ、ゴミ袋を持って廊下に出る。ヒナタはそれを目で追う。
 ヒナタ、封筒を開封し、中身を読む。しばらく黙って読んでいるが、ポケットからガスライターを取り出し、手紙に火をつける。

 シェアハウスの裏庭。洗濯物を干せる程度のスペース。
 灰になっていく紙を見つめているヒナタの背後に、ユウコがやってくる。

ユウコ  もったいないことするね。
ヒナタ  君が拾ってなかったらどうせ燃やされてたんだから、同じことだよ。
ユウコ  そっかあ。

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