窮鼠たちのメメント・モリ(戯曲)
2019年の作品です。今読み返すと想像力が及ばない描写もありますが、改稿はせず執筆当初のまま掲載します。20分の短編です。
初演:在り処 6th place(第8回名古屋学生演劇祭 参加作品)
【登場人物】
・新島(にいじま)
・蘭子(らんこ)
・林田(はやしだ)
・鳥居(とりい)
・ヒカル
*
そこには、一人。佇んでいる。
ヒカル 鼠をね、見たんだよ昨日。私こんな大都会にも鼠っているんだなーって思ってさ。あ、名古屋は大都会っていうか、大都会と言うには魅力もないしダサいけどさ、一応人は腐るほどいるじゃん? だから大都会かなあって。あ、都会でいっか。でまあ見たんだけど。栄の裏の方歩いてたらさ、なんか黒っぽく汚れたでっかい毛玉みたいなのが落ちてたの。なんだろなーこれって思ってよく見たら血吐いて死んでるドブネズミだったの。ずんぐりしててさあ、私、鼠って案外大きいんだーって思ったんだよね。
新島 へえ。
ヒカル 結構あるよ、こんぐらい。
新島 嘘だろ、そんなん子猫やん。
ヒカル マジだって。
新島 ドブネズミねえ。
ヒカル ……あのさ。
新島 うん。
ヒカル 私、神なんだよね。
新島 ……へえ。
ヒカル あ、信じてない顔。
新島 信じてるよ。
ヒカル ほんとにー?
新島 まあ、八百万の神? って言うし、一人くらいこんな感じのやつがいてもおかしくないかなって。
ヒカル 絶対馬鹿にしてる。
新島 してないって……え、じゃあ全知全能だったりするの?
ヒカル は? んなわけあるかい。
新島 なんだよ。
ヒカル なんだよってなんだよ。
新島 いやだって、神なんでしょ? 神って凄いじゃん。全知全能で当然じゃん。がっかりだわ。
ヒカル それ、偏見だとか無知って言うんだよ。
新島 ごめん。
ヒカル そういうのばっかで疲れるんだよね。よく知りもしないくせにさあ。
新島 ごめんって。
ヒカル 傷ついたわー。
新島 だからごめんって。
ヒカル 傷ついたから死ぬわ。
新島 は?
ヒカル 死ぬ。
新島 神って死ぬの?
ヒカル あ、神任せていい?
新島 え、やだよ。
ヒカル よろしく。
新島 やだってば。
ヒカル じゃあね。
ヒカル、死ぬ。
*
蘭子 へーそうなんだ。
新島 うん。
駅前の雑踏。人々はそれぞれの方向に歩いている。スマートフォンを一心に見つめながら歩いている。
新興宗教のパンフレットを持った数人が、その雑踏を眺めている。対岸にはホームレスが座っている。
蘭子 ヒカルちゃんって神様だったんだね。
新島 そうらしいね。
蘭子 あの子だよね? 林田さんと一緒にいる子。
新島 うん。
蘭子 ……神って何するの?
新島 俺も知らない。
蘭子 えー知らないの? 神なのに?
新島 まだ自分が神って信じてないから。
蘭子 信じてないんだ。
新島 信じてないからまだ神じゃないんだ。
蘭子 へえー。
沈黙。二人は横断歩道の前で立ち止まる。信号機は赤色。
蘭子 あ。
蘭子、スマートフォンを構える。
信号機が青に変わる。人々が動き出す。新島、歩きだそうとするが、蘭子は動かない。
新島 え、何。
蘭子 ……。
新島 何、どうしたの。
蘭子 ……。
新島、蘭子の見つめる方に目を向ける。
ホームレスが身体を縮こまらせている。徐々にその身体が小さくなっていく。
新島 え、あれ、え。
蘭子 ……。
ホームレスの身体はさらに加速して収縮する。ホームレスが鼠になる。元は人間だった鼠は一声鳴き、人々の足下を走り抜け、やがて見えなくなる。
蘭子はその一連の流れを動画に収め、顔をスマートフォンから上げる。
蘭子 ……やば。見た? ねえ今の見た?
新島 え、うん。
蘭子 やばくない? え、やば。やばくないさっきの。
新島 どうしよう。
蘭子 どうしようって、私に聞かないでよ。
新島 でも、なんか、こういう時ってどうするの。警察?
蘭子 もうどうしようもないでしょ、どっか行っちゃったし。
新島 追いかけようよ。おじさん鼠になったんだよ? 潰されちゃうかも。
蘭子 え、それこそ神様の仕事じゃない? 初仕事じゃん頑張れ。
新島 は? え、そうなの……かな……。
蘭子 (先ほど撮った動画を見返して)えーすっご……うわ……わー……。
新島 蘭子。
蘭子 これやばいね。ストーリーにあげよ。
その様子をヒカルが見ていた。
ヒカル ちょっと前までは人と人との繋がりは目の前に立って話をすることで、少し経ったら手紙を送ることになって、電報になって電話になって、気づいたらインターネットが現れてSNSの時代になった。そのストーリーは急速にコピーされて急速に広まった。そのうち似たような動画がタイムラインを覆い尽くすようになって、トップニュースは鼠たちで一色になった。パンデミック。突然現れた鼠は人々を不安にさせて、怖がらせて、絶望させた。前より病が広がるスピードが速くなったように思う。奇妙な病は鼠病と名付けられ、多くの人を飲み込んで膨れ上がっていく。肥大化しすぎた病は、そのうち日常へと変化した。
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