追悼〝Q〟 音楽の愉しみと不思議
NHKがまとめている今年亡くなった人々の中に、クインシー・ジョーンズが入っていなかった。
カール・ウェザース(映画「ロッキー」のアポロ役)が入っているのに。セルジオ・メンデスが入っているのに。うーん、そういうものなのか…?
というわけであらためて。
Qおじさんこと(誰もそんな風に呼んでないが)クインシー・ジョーンズが、今年(2024年)11月に亡くなった。
91歳だったとのことで、坂本龍一や高橋幸宏の時ほどの急激な喪失感はないが、大きな星がまた消えた…との思いは強い。
ある時からクインシーの肩書は〝大物プロデューサー〟ということになっていったわけで、ある時というのはつまり、マイケル・ジャクソンの「スリラー」であり、「ウィー・アー・ザ・ワールド」であり、それは確かに疑う余地のないクインシーの代表作、そして80年代のポップスの象徴と言ってもいいのだと思う。
最近新しいヘッドホンを買ったうちの息子が、「ノイキャンの性能が高いんだ、これでスリラー聴いてみよー!」と言っていた。現在の最新技術で聴いてみようと思う40年前の音楽、そこからもそのクオリティの高さがわかる。そんな仕事を残せる人は、世の中にそういるものではないのは確かだ。
ただ〝大物プロデューサー〟って響き、なんか胡散臭くないすか?(超偏見!)あんまりいいイメージが浮かばないんですけど…(超個人的偏見!)なので?ここはひとつ、クインシーの私的この3枚として、大物前夜のQおじさん時代(いやQおにいさん時代か)の職人(プロデュース)ぶりを味わってみたいと思います。
◼️OFF THE WALL
/Michael Jackson(1979)
マイケルがクインシーに直接プロデュースを依頼したという、2人の共同作業第1弾。これがなければスリラーもなかっただろうし、ある意味ワクワク感と上昇する熱量みたいなものは、スリラーより高いと感じる。
パーカッシブなマイケルのボーカルと、ストリングスとブラスが絶妙のバランスで絡み合っていく気持ちよさ。鉄板のロッド・テンパートンによる楽曲、ポール・マッカートニーやスティービー・ワンダー作の曲もあり、生まれついてのスター、マイケルの求心力と、クインシーのプロデューサーとしての包括力が生んだアルバムは、良曲良演の玉手箱のよう。
◼️GIVE ME THE NIGHT
/George Benson(1980)
ジョージ・ベンソンのギターとボーカルを引き立たせる抑制されたアレンジ。参加メンバーは手練揃い。その細部を聴くのも楽しい。ポップだがシック、聴きやすいけど流れていかない音世界。
80年代のシンセサウンド前夜というか、「OFF THE WALL」と同じく、生のブラスとストリングスが活躍するこの時代のアレンジがやっぱり好きだなぁと、このアルバムを聴くと思う。
イヴァン・リンス(ブラジルの作曲家)の曲を取り上げているのもクインシーの仕業だろう。その辺の目のつけどころも絶妙。
◼️SOUNDS…AND STUFF LIKE THAT!!
/Quincy Jones(1978)
さて、クインシー本人名義のアルバムとなると、♪愛のコリーダ をはじめ粒揃いの楽曲、アルバムとしての高い完成度から、「The Dude」が東の横綱というのが大方の見方だと思う。
しかし自分は迷わず「SOUNDS…」に軍配を、というかこれしか考えられないのだ。
その訳は、4曲目の♪Tell Me A Bedtime Story である。それに尽きる。
この曲は、ハービー・ハンコックの作曲で本人が演奏にも参加している。そしてエレピのソロをとっている。というか曲の半分以上がハービーのアドリブソロという構造なのだが、そのエレピのアドリブをストリングスがユニゾンでなぞっていくのだ。これがたまらん。しかもソロが白熱していくに連れ、エレピの音が次第に聴こえなくなっていって、ストリングスがアドリブソロをとり続けるという様相を呈していく。
と書きながら今も聴いていて思うのだが、なんでこんなこと思いついたのかジョーンズ。宇宙人なのか。
クレジットを見ると〝Sy Johnson さんがハービーさんのソロを書き起こしたものを元に、ジャズバイオリンの Harry Lookofsky さんが弾きました〟とある。つまり、ストリング「ス」ではなく、ハリーさん1人で(おそらく多重録音して)やってるわけですね、人の(しかもピアノの)ソロとのユニゾンを。なんてことをやらせてるんだ宇宙人ジョーンズ。
でもこれがめちゃくちゃいいわけです。この6分45秒に音楽の愉しみが詰まっていると言ってもいい。時にブラスやコーラス、アンソニー・ジャクソンのベースに耳を傾けて聴くのもこれまたおつなもので。これまでにおそらく何百回と聴いているけれど、全然飽きない。アルバムの他の曲もいろいろ言いたいポイントありますが、とにかくこの曲だけでも聴いてみてほしい(特に音楽好きな人には)と、心から思う。
その後すっかり大物プロデューサーになったクインシーは、90年代に入り遂にジャズの帝王マイルス・デイビスをプロデュースする。モントルージャズフェスティバルで、マイルスとギル・エバンス(アレンジャー・作曲家)の世界を再現するライブを企画。〝過去を振り返らない〟と言われたマイルスが、かつての音楽を再演する、しかもその数ヶ月後マイルスに死が訪れたことで、このライブ(アルバム)はどうしても何かしらの意味づけを伴って語られてしまうことになる。
発表当時も、賛美両論あったと記憶している。自分はあんまり〝賛〟じゃない方で、その代表格だった故 中山康樹氏の見方には納得感があった。(参照:「マイルスを聴け!」中山康樹著)
オーケストラがゴージャスすぎるし、そもそもギルとのアルバム3枚分の( ♪Boplicity を入れると4枚に渡る)世界を(つまみ食い的に)全部やろうということにちょっと無理があると思うし、無理があるからウォーレス・ルーニーというセカンドトランペットを入れることになるわけで、結果気になるポイントがちょこちょこ生まれてしまい、今考えても〝無理しなくてもよかったんじゃないかアルバム〟という印象は拭えない。マイルスがどうしたかったのかは今となってはわからない。
ただ、これにも1曲、個人的にどうにもたまらない演奏がある。
♪My Ship である。
マイルスはメロディーをほとんど崩さず淡々とミュートで奏でていく。ここではウォーレス・ルーニーも吹かず、みんながマイルスの音に耳を澄ませている感じ。
そして後半、マイルスがミュートからオープンに変えてメロディーを吹き切る直前で、聴いていて毎回どうしても涙が出てくるのだ。毎回同じところで。
曲名に重ね合わせて、終演が近づいていたマイルスの〝音楽人生という航海〟に思いを…とか言えなくもないのだけど、そんな意味づけを超えた部分で毎回なぜか〝来る〟ので、そのメカニズムは自分でもわからない。これはもう音楽の不思議としか言いようがなく、この曲(演奏)を聴くと、それを感じるためにこのアルバムがあってもいい、Qおじさん許す!(笑)音楽の愉しみと不思議をありがとう!
そう思うのである。