千駄木で働き始めたことを振り返る
新型コロナウイルスはなんとなく分かってはいたけれど、やっぱり1年以上かかる長丁場で、これは過去のリーマンションや東日本大震災の時などのインパクトと比べると期間が長い分しんどい。
千駄木で働き始めて社長になる前から数えると15年くらい経っているけど、当時は千駄木も良く分からず、父親がやっていた会社の不動産支店が暗くてじめっとした街という幼少のイメージしかなかった。
誰も知り合いがいなくて、知らない不動産の仕事を誰に相談できる訳もなく、自分で考えて過ごしてきた。
それまで不動産なんか借りたこともなかったのに。
それから正式に事業を引き継ぐことになり、今度はさらに経営というものも全く知らない中で手探りで始めることになる。
当時は親の代から引き続き雇い入れた自分の親以上の歳の部下と二人きりだった。その方が売買担当で自分が賃貸やりながら、管理もやりながら、経理もやりながら。
話が長くなるので途中は端折るが、それから15年が経って、街や自分の環境も変わった。
谷根千だと(今もタイピングで一発で谷根千って出た)地域が呼ばれ、なぜか下町いいねって、本当は下町でないのにひとくくりにされ、良く地域のことを知らない自分はそういったことも地元の大家さんなどにからかわれながらも教えられ、同時に経営もすったもんだしながら、何回もお金が無くなりそうに(なくなったり)しながら、なんだかだんだで続けてきた。
今までで雇ってきた人はバイトさんも入れて6人くらいだけど全員そばにはいない。一人になりもう7年目になっている。単身赴任みたいな生活にも慣れてしまった。
商売的には地域の賃貸は15年も働けば新築以外は大体は知っていて、悪く言うと新鮮味がない。接客にも正直なので悪いところも平気で言う。お客様へわくわくもさせられない。40代にもなったおじさんなので、仕事を始めた30歳のころの若気もない。
ただ一人になり7年間の間に会社の事業はガラっと変わり、不動産というよりも建築に近いことが多くなっている。古くて使われていない建物を借り上げて傷んでいる所を直してあげて、そして谷根千という場所に貢献できるような企画を考えてさらに建物自体を細かく分割して家賃を抑えて複数にシェアをさせている。
今一級建築士の資格取得に向けて学校にも通っているけれど、授業の中でタウンマネージメントという言葉が出てくるのだが、まさにこれをやっている。あ、これ俺もう今やってるけどね。と思いながら若い方に紛れて最前列で勉強もしている。
貸し出しているリノベーションされた物件を借りてくれている人はみんな若い人ばかりで、(お金が掛からない物件な変わりに人を選んでいるが)そんな人たちと日々触れ合っていて自分も少しだけ若くいられている。
そんなことも15年前には想像できなかったことだ。
お金のこと、人のこと、世の中のこと、自分の未来のこと、色々なことに今まで出会ってきたけれど、でも最初に立ち戻ると何にもしらない土地で何も知らないことを始めた自分がいる。
千駄木という街を歩くことにまだ正直慣れていないけれど、いつかは慣れるのかなと思いながら時間を過ごしてきたけれど、同時に街も変わっていくスピードが速くて、自分の今までの時間も今にとってはあまり重要でない出来事の積み重ねに思う。
ただ昔みたいに今日、明日に不安になるよりは、何とかなるだろうという気持ちは自分だけでなく、自分を取り巻く人たちのおかげで入れるわけで、たった一人で寂しかった思いだけは今は全くなく、毎日挨拶ができる街で生きている。
まだ新型コロナは終息も見えず、経営とか働きとか、不動産とか、どう考えていけば分からないし、考えても仕方がないけども、たぶんこの騒ぎが収まった後にも何か事件は起きてその時はと語っているのは間違いない。
その頃に何をやっているか、誰と一緒にいるか、どこにいるかは分からない。だけどたった一人で初めてきたことは変わることはない。
今色々と苦しんでいる人たちがいる。暗い顔、丸まった背中、愚痴、弱気を身に包みたくなる気持ちも分かるけど、これを過ごせば絶対自信になる。
一つは心が折れないこと。今やっていることをやめれば楽にはなるけれどまた何かのスタートが始まるだけ。そっちの道と今の道とどっちがいいかだけの話だ。道は歩き続けるから道ができる。
誰でも最初は歩く道なんてない。涙は流していい。つらい経験もしてもいい。人生にはそれは大事なスパイスだ。
だけど自分の道の先頭には自分だけが歩けるという特権もある。
その道が汚れたり、信じられなかったり、途中で途切れたり、全然違う方法へ行ってもいい。だけど最終的には自分の心が折れなければ、支えてくれる誰かがいれば、歩き始めた自分は今の自分とは違う自分だけど、それを成長と知ることができる。
今日、ふとそんなことを15年前を思い出してみた。
毎日歩く千駄木の道。前とは違うけども、やっぱり馴染めないところも正直ある。だけどそれでもやってきた。
そう思えるだけでありがたいと思う。
それでは。