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どこまでもポジティブな奴が勝つ、気がする

”サロンに行ってシャンプーしてもらった後、傍に花王のメリットがありました”、貴方はその時何を思いますか?

近年はAIが作詞作編曲した曲を好んで聴く方も多いそうで、凄い時代になりましたね〜
そういうの作家としてどう?と問われても、それはその方達の嗜好ですしどうとも思わない私がいたりします
演奏家としてもこれまた何とも思わなかったりします、何か思えばよかったんでしょうけど笑

AIに対してその多くが概ね賛否で語られている方が、よっぽど気になりましたが
その上で”賛か否か2択しか答えるな!”と問われたら賛かな、と思いました

あなた作家でしょ?演者でしょ?何故?と、思われるかも知れませんね
今はまだAIは歴史の模倣かも知れませんが、いずれAI作家のオリジナル曲をAI演者が奏でる公演があるかも知れません
それの何がいけないのだろう?と考えてみたら、何も悪いことはなかったのです、少なくとも私には

いずれAIの書いたバラードを聴いて泣けるかも知れませんし、更にAIの演奏で泣けるかも知れません
朝AIの書いたボサノバが流れてきたらご機嫌になるかも知れませんし、夏にAIの書いたサンバで踊っているかも知れません
そのようなことに、それっぽいいちゃもんをつけるほどのことなのかな?と

私はIQOSが名古屋とミラノで発売された時に”これからはこれじゃ〜”とセブンスターから移行しました
喫煙所で訳のわからない機材でそれっぽい煙を吸うのは正に奇行、少数派どころか”私だけか?”という日々が続きまして
少数派位になったのは翌々年、現在は紙巻きの方が少ない時も多々です

発売当初数種類だったタバコスティックはいわゆるタバコ店でも扱っているかいないか?だったのが、今ではコンビニで何種類あるの?って程ですが
”いや〜昔と比べて種類増えましたな、時代ですかね?”とか考えたことないんですね
嗜好品に思うことなんて、こんなもんでいいと思うのです

自分が大事にしているモノだったり、思い出だったり、人生の助力になったような、まぁ音楽でも何でもいいのですが
そういうことを人に語るような場面があった時に、思ったような感想を得られなくてがっかりした経験があったりしますか?

私はそれはどこまで突き詰めても人にとっては所詮嗜好品なのですから、致し方ないかな〜と思っています
大事なのは自分の揺るぎない思いでいいんじゃないかと、人にとっては嗜好品でも自分には芸術品だったり宝物であったりで

人の感想で心がブレているうちは、本当はさして大事ではないのかも知れないのかな?と精進の足りなさから自分を奮い立たせますね笑

おっと後日の加筆分は残しておかないと笑 書き過ぎ禁止ですね

さて冒頭の
”サロンに行ってシャンプーしてもらった後、傍に花王のメリットがありました”、貴方はその時何を思いますか?
ですが、、、、

私ですか?複雑な思考の末に真っ先に出そうな言葉は
”せめて見えないとこに置いといて欲しかった〜”かな笑 
今日のところはですが

それでは今後とも引き続きよろしくお願いします

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