瓶を売る男 6/8
小林Ⅲ
店に戻ると小林は遠藤に報告を入れた。坂上の親友、野木と接触し、新しく空になった瓶を託してきた帰りだ。
「お疲れ、小林。ああ着替えなくていいぞ。きっと彼はすぐ店に来る」
「坂上さんが来店されるなら、早くスーツに着替えた方がいいのでは?」
「だからこそだ。接客は俺一人でいい」
小林は現在黒のパーカーとデニムのジーンズにスニーカーと、この店には不釣り合いな恰好をしている。対して遠藤はシルバーグレイのスーツと紺色のシャツにノーネクタイ。今日は黒のハットを被っている。灰皿にはタバコが一本、そして二本目に火を点けている。こういうときの遠藤は、“仕事”をした後だ。
「野木さんと会うのは初めてでしたけど、様子が変でした。親友である坂上さんを忘れているみたいでした。貴方が“盗んだ“んですよね?」
小林が言うと、遠藤は笑って答えた。
「さあな。その坂上って少年は親友から忘れられるほど薄い関係だったんじゃないのか?」
苦そうな煙を吐き出しながら遠藤は再び煙を口に含む。この第二客室に窓は無いが、遠藤はお構いなしだ。
「その瓶、ですよね。野木さんの記憶」
机の上に一リットルはありそうな瓶があった。坂上の漂着瓶より少し大きい。瓶の持ち主は、きっと野木だ。遠藤が野木から盗んできた坂上との記憶だろう。遠藤は答えなかったが、その代わり口角を上げて見せた。
「野木さんが坂上さんに瓶を渡したという事は、二人は対面してしまうんですね。仲違い中だというのに」
「ああ。その時に仲直りできてしまえばいいが、彼の漂着瓶を見る限り、その望みは薄そうだな。だからきっとここに来る。もし来たなら、あたりだ」
「そういえば、どうしてあのお二人は仲違いしていたんでしょう?」
「おいおい、もっと早く疑問に思え。本当に顧客に関心が無いんだな」
「ありませんけど」
遠藤が笑いながら煙を吐き出した。二本目が無くなろうとしていたとき、遠藤の目つきが変わった。
「小林、隠れろ」
低い声でそう言った。小林は頷き、ロッカールームに隠れた。遠藤が灰皿で煙草を消し、店のラウンジに向かった。遠藤自ら客を迎えるつもりだ。襟を整え、ハットを被りなおす。遠藤が身だしなみを整えるのは、いわゆる“本気モード”だ。
他人の心に触れるには、鎧のごとく身を固めた“敬意”が必要である。余計な傷つきを与えぬため、何より自分が余計な感化されぬために。