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数年前ツイッターで書いたものです。

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「小さすぎる」

　唸るような声に振り返る。水月が座り込みながら手を掲げていた。

「ちょっと、片づけさぼんないでよ」

　雪解けにつられるように、長く患っていた母が逝った。晩婚だった母はもう結構な年で、私たちが大人になるまでまっていたようだった。

「いやみてよ、これ」

「なにこれ？　わっか？」

　水月が差し出したのは小さな銀の輪だった。

「よく見てよここ」

「ん？」

　指でさされた場所を見ると、アルファベットが二文字。母のイニシャルだった。

「それに小さいけど石も」

「ほんとだ。指輪？」

「これ、母さんの結婚指輪だったんじゃないの？」

「結婚指輪？」

　母は結婚指輪をしていなかった。父は私が幼い頃に病気で死んだと聞かされていたけれど、もしかしたら蒸発したんじゃないだろうかと、ひそかに思っていたものだった。だから指輪を捨てたのではないだろうかと。

　けれど母のイニシャルの入った指輪は、そう新しくは見えないのに、よく磨かれ輝いていた。大切にされていたことが伺える。

「でも、これ」

「うん、小さいよね」

　水月が頷く。指輪は小指ほどしかなかった。母は太ってもいなかったが特別に痩せていたわけでもなく、とてもではないがこんな子供用のようなサイズの指輪が薬指に嵌るとは思えなかった。

「でも母さん、あんまりアクセサリーとかもつ方じゃなかったし。イニシャルがあるからおばあちゃんから譲られた、とかでもなさそうだし」

「そうだね…。ん、こっちは？」

「え？　ああ、しんない。隣にあった」

　この指輪が入っていたであろう小さな箱の隣に、同じ作りの色違いの箱が置かれていた。手を伸ばし、箱を開ける。

「……これ」

「え、もう一つ？」

　箱には同じデザインの指輪が入れられていた。取り出してみると、少しだけ大きい。それでも成人の薬指に嵌るかは微妙だったが。

「……ちがう」

「え？」

　指輪の内側には、やはりアルファベットが彫られていた。けれど、最初の一文字が、母とは違う。

「ねえ水月、これ、もしかして、父さんのなんじゃない」

「父さん？」

　ゆっくり頷いた。イニシャルは、伝え聞いていた、会ったことのない父の名前と同じだった。

「あ、じゃあ、もしかして」

　水月がはっとして背後に置かれたいくつかの箱を漁る。

「水月？」

　声を掛けるが返事はしない。やがてどこかの和菓子屋の名前が書かれた古ぼけた箱を見つけ、ゆっくり開く。

「……この箱、その指輪とかの下に置いてあったんだ。母さんの昔の友達とかかなって思って、後で整理しようと思ってたんだけど」

　蓋の開いた箱を、水月が差し出す。覗き込むと、重ねられた封筒と、折りたたまれた紙、そして小さな本。その上に、置かれた、端がよれている、一枚の写真。

　息を飲んだ。少し照れの滲む、穏やかな笑顔。目元には少し皺があるけれど、それすら印象を優しくしていた。そしてその、垂れ気味の眼は、水月にすこし似ていた。

　一枚の、男性の写真。

「父さん……？」

「ちょっとだけさ、口元が、姉さんに似てる気がしたんだよ」

「え？」

　写真の男性を見る。優しい笑顔。私に似ているだろうか。よく、分からないけれど。

　写真を箱に戻す。それから、小さな指輪を二つ並べて、隣に置いた。

　母から父の話を聞いた回数は、あまり多くない。触れてはいけないのだと思い込んで、あまり多くを聞かなかったせいもある。けれど、母は父を、愛していたのだろうか。ずっと。

　二つの小さな、奇妙な指輪。そこには、どんな物語があったのだろう。今はもういない父と母に、それを聞けないことが、とても、とても残念だった。

　それでも。

「……綺麗な指輪だね」

　水月が言った。笑った目が、やっぱり写真の父にすこし似ている。

　二つの指輪はとてもきれいで、二人の愛情を、教えてくれた。

　思わず笑った私の顔は、父に、似ているだろうか。