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2.イスタンブールの靴磨き(第10章.旅先で触れた親切〜pay it forward)

 トルコの最大都市イスタンブールは「東西文明の十字路」と言われている。地理的に街のほぼ中央に位置するボスポラス海峡がヨーロッパとアジアの境目だと言われているからである。私も船に乗ってボスポラス海峡を渡った時は、今まさにヨーロッパからアジアへ渡っているのだ、と感激したものだった。

 もちろん、「東西文明の十字路」と言われているのは地理的な理由だけではない。例えば、イスタンブール観光のハイライトであるアヤソフィア。ここはイスタンブールが東ローマ帝国の首都であった時(コンスタンチノープル)のギリシャ正教の大本山である。その後、トルコ軍の侵略によってモスク(イスラム寺院)に変えられた歴史を背負っている。要するに、アヤソフィアはキリスト教文化とイスラム教文化が同居している珍しい所で、まさにイスタンブールの「東西文明の十字路」を象徴している。

 また、市内にあるグランド・バザールとエジプシャン・バザールはヨーロッパやアジアから様々な物資が集まってくる。アーチ型の屋根が付いた市場を歩くと、小さな店が軒を連ね、金細工、絨毯、食器、香辛料などが所狭しと陳列してある。どこか異国情緒を感じさせるのは、ここが洋の東西から様々なものが集まってくるからだろう。まさにイスタンブールらしい所と言えよう。

 このように、「東西文明の十字路」と言われているイスタンブール。だから、人々はとても親切だ。昔から様々な文化を抵抗なく受け入れているので、我々外国人に対しても非常に寛大で、かつ親切に接してくれるのでは、と勝手に想像している。

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イスタンブールの街角

 そんなイスタンブールの街角で出会ったある出来事を紹介しよう。私はスィルケジという庶民的な店が集まる界隈を歩いていた。そんな中、一人の靴磨きの青年とすれ違った。その時、彼は何かの拍子で自分の商売道具である靴ブラシを道端に落としてしまった。私はすぐに靴ブラシを拾い上げ、「落としましたよ。あなたのでしょ?」と声を掛けた。彼は振り向くと、落としたブラシを受け取りながら喜びをあらわにした。そして私に「あなたはジェントルマンだ。お礼に靴を磨かせて欲しい。お金はいらないから」と言った。しかし私の靴はスエードだ。磨くものではない。それに急いでいるし、彼の申し出をやんわりと断った。それでも彼は負けじと食い下がってくるが、私は急ぎ足でその場を立ち去った。

 靴磨き屋の中には、磨かせて欲しいと言いながら法外な金額を請求してくる輩がいると聞いたことがある。彼の場合、そのような輩ではないかもしれない。それでも見ず知らずの人が声を掛けてきた時、そのことを信じ切ってしまうことがいかに危険なことか、海外を旅する上では鉄則と言われている。

 まあ、靴磨きなら法外な金額を請求されるだけで済む。しかし、中には仲良くなったと見せかけて飲み物を奢るという輩もいる。そういう輩はその飲み物の中に睡眠薬を入れて飲ませ、そしてこちらがすっかり眠りに落ちている隙を狙って身ぐるみ剥がすという犯罪が横行していると聞いたことがある。そんな事態になったら大変なことだ。

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エジプシャン・バザール(イスタンブール)

 しかし、である。この靴磨きの青年。この時、私は彼の申し出を断ってしまったが、今思い返せば、やはり彼は本当の親切心で私に声を掛けてくれたのではないかと思う。何故、そう思うのか…やはりそれはトルコの人々が寛大で親切だからである。それは東西の様々な文化を受け入れてきた歴史から学んだ彼らの生きる術なのである。だからこそ、彼らの親切心に応えてあげなければいけなかったのだと今にして思う。

 それは、いずれトルコ人か、その他の外国人が日本に来た時に、私が親切にしてやれば、青年の親切心に応えたことになるだろう、と私は思っている。私がイスタンブールの街角で出会った靴磨きの青年から学んだことは、つまり、そういうことである。

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グランド・バザール(イスタンブール)


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