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1.それぞれの朝食(第7章.旅先で考えた食することの楽しみ①)

 フランスの朝食に「tartine(タルティン)」という食べ物がある。「食べ物」と大袈裟に書いてしまったが、何のことはない、単にバゲットを切り裂いて、バターやらジャムを薄くパンに塗っただけのものである。日本ではこの「tartine(タルティン)」のことを何故か「タルティーヌ」と発音する人がいるみたいだが(何故そう発音するのかは不明)、正確には「タルティン」と発音する。また、「tartine(タルティン)」が日本へ輸入されると、バゲットを薄くかわいくスライスし、バターやジャムを塗るだけでは飽き足らず、色々なものをお洒落にトッピングするように変化したみたいだ。これは、恐らくフランスのものというだけでお洒落なイメージに仕立て上げたい日本人が工夫を凝らして変化させたのではないか、と私は推測する。

 しかし、本場の「tartine(タルティン)」はいたってシンプルだ。それをカフェオレと一緒に頂く。それ以外は無い。それがフランスの伝統的な朝食である。サラダや卵、ましてやベーコンなど無いのが一般的である。

 私が南フランスの有名なリゾート地ニースへ行った時のことである。到着した初日は小さな家族経営の宿に1泊した。そこで出された朝食がまさに「tartine(タルティン)」だった。長いバゲットが三分の一程に切られ、それが真ん中で裂かれていて薄くバターが塗られていた。もちろん、カフェオレも一緒だった。

 私はそれまでフランスの田舎の小さな宿に幾度となく宿泊してきた。その手の宿の朝食は、たいていこのスタイルだった。それがニースのような世界的なリゾート地でも、このような朝食が出されたことに何となく安心したのを覚えている。

 海外から観光客が集まってくると、朝食のスタイルも次第に変化してくる。ニースのようなリゾート地では、恐らくほとんどのホテルの朝食がブュッフェ形式だろう。だからこそ、小さな部屋で食べた伝統的な「tartine(タルティン)」がとても嬉しかった。私が「朝食はシンプルが1番」と思うようになったのは、この伝統的なフランスの朝食がきっかけである。

 ちなみに、フランス語で朝食のことを「petit déjeuner (プティ・デジュネ)」という。昼食が「déjeuner (デジュネ)」だから、朝食は「小さい昼食」「軽い昼食」という意味になる。つまり、フランスではもともと朝食という概念が無かったのだ。だから、タルティンとカフェオレだけのシンプルな朝食が一般的なのである。朝、そそくさとパンをかじりながらカフェオレで流し込み、職場へと向かう。それが彼らのスタイルだ。

 私はこのシンプルなフランス式朝食が大好きで、日本に帰ってからも彼の地を真似してバゲットとカフェオレの朝食を続けている。海外で見つけたものを日本で試してみるのは実は私のちょっとした楽しみでもあるのだ。

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 一方、所変わってイギリス。イングリッシュ・ブレイクファースト(または「スコティッシュ・ブレイクファースト」「ウェーリッシュ・ブレイクファースト」)で非常にボリュームがある。カリカリに焼いたトーストの他に卵料理、ベーコン、ハム、サラダ、豆料理、マッシュド・ポテト、そしてシリアルまである。それらを淹れたての紅茶を飲みながら、そして中庭を眺めながら頂く。

 フランスとは随分趣が違うが、これ程までにボリュームがあるのは、イギリスの朝食はいわゆる農家メシから由来している。農作業をするには体力が必要なので、朝しっかり食べなければ体が持たなかったのだ。もちろん、今では観光客向けの朝食になりつつあり、朝からこんなに食べていたら職場や学校に遅刻してしまう。それでもフランス人より朝食はたくさん食べるのがイギリス式なのである。

 さて、私は先程「海外で見つけたものを日本でも試してみるのが楽しみ」と述べたが、こういう日本人がいるくらいだから、世界の朝食スタイルもあらゆるものが混ざり合って時代と共に変化する。それを「淘汰」と言って眉をひそめる人もいるかもしれないが、私はむしろ歓迎したい。「自分達のスタイルしか受け入れない」と肩肘張るより、せめて食くらい「美味しいものは美味しい」と言えるほうがいい。特に朝食は一日のスタート。にっこり笑えば、一日いい日でいられる。

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