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辻咄 異郷の旅/ダラガン『エコーと共に異郷荒野で旅をする』 第14話

第14話 【 レ・ナパチャリがもたらした勝利 】

 それから起こった闘いは、柳緑の体験した事のないものだった。
 この闘いに比べれば柳緑の経験した「あの闘い」すらも優雅に思える程だった。
 近代兵器の出番のない、まさに肉弾戦だった。
   しかも彼らは敵味方とも、拳銃やライフルの弾丸では数十発を撃ち込まないと破壊出来ないような肉体を持っていた…。

 間近で見るレプタイルズの姿は、二足歩行の小型恐竜に良く似ていた。
 その体格は部族の中でも非常に大柄なレ・ナパチャリと互角だ。
 別の世界で、恐竜が生き残り進化を遂げ、知性を獲得し今ここに至ったのかも知れない。

    又、吐気や鼻息が非常に荒いが、それは機構上の結果であって知能の低い動物のものではない。
 この生き物には、空想上の作り物の怪物ではない自然さと知性があった。          ただ、彼らは獰猛さにおいて、柳緑の知っているどの猛獣たちをも遙かにしのぐ原始性を感じさせた。

 その相反性において、レプタイルズは異質だったのだ。


 プロテクトスーツを完全装着した柳緑が、レプタイルズに傷つけられる事はなかったが、その闘いの苛烈さに心がなんども折れそうになり、柳緑は悲鳴を上げてそこから逃げ出したくなった。

 相手の骨を折り、肉を断っても、相手は柳緑を喰い殺そうと向かってくるのだ。

 どんなダメージを被っても衰えることを知らない、ただただ獰猛な攻撃性と知能が同居している。
 それは強烈なまでの文化・感情の違いだった。

    殺しても殺しても切りがなかった。
    この闘いでは、圧倒的に"死"が無価値だった。

 柳緑は交戦中、二度、レ・チャパチャリに助けられた。
 レ・チャパチャリの精霊石の力は、空気層をすりあわせて斬撃を可能にするカマイタチのようなものだった。
 それをレ・レ・チャパチャリは自分の振るう剣にのせて自在に使った。 

 一度はカブから転げ落ちた柳緑に覆い被さってきたレプタイルズの背中を、レ・チャパチャリのカマイタチの斬撃で断ち割って貰った。
 二度目は両腕をもぎ取られても、柳緑の首筋に噛みつこうとするレプタイルズの首を彼に撥ねて貰った。

 もちろん、そんな手助けがなくてもプロテクを身に付けた柳緑が、被害を受ける筈はなかったが、もう精神の方が持たなくなっていた。
 レ・チャパチャリは、このような状況を見越したイェーガンから、柳緑を守ってやれという密命を付帯されていたかも知れなかった。

 それでも何時終わるともない闘いは、二人を引き離していく。

 柳緑は味方が放棄した剣を手に持っていた。

 もうなにも考える事が、出来なかった。

 敵が近寄って来たら、プロテクによって強化された筋力と脊髄反射を使って、闇雲に剣を振り回していた。

 気付けば近くに味方は一人もおらず、柳緑は圧倒的多数のレプタイルズ達に取り囲まれていた。
 期せずして柳緑は敵陣のど真ん中にいたのだ。

 最初は近寄ってくる数人のレプタイルズを切り倒した。

 そしてその死体の数が柳緑の足場を危うくした。

 二度目の総攻撃に、柳緑は思いきりジャンプして、上に逃げた。
 プロテクの力で、柳緑は遠くの戦況が見渡せる程の高さまで飛んだのだ。

 その空中で、自分の少し向こうに、こちらに駆け寄ってくる一頭の馬と武人の姿が見えた。
 死ぬほど嬉しかったが、柳緑の身体はやがてレプタイルズたちの群がる海の中に落ちた。

 ・・・あと一人や二人、いやプロテクなら四・五人は倒せるだろう。

 だがそれがどうだというのだ。

 無限と思えるほどの、それくらいの人数がいることを、柳緑は先ほどのジャンプで見て取っていた。

 次々と覆い被さってくるレプタイルズ達は、一種の「衝撃」となり、プロテクに守られている筈の柳緑の身体を押しつぶすだろう。
 折り重なってくるレプタイルズ達の下で、ついに柳緑の心が完全に折れた。

 だが予想された最後の「衝撃」は、レプタイルズたちの包囲網の向こう側からやってきたのだ。
  
 その突き込んでくる衝撃によって、柳緑の周囲にへばり付いていたレプタイルズたちが、次々と何かに突かれては、そのまま振り回され引き剥がされ行く。

 明らかに、その救援者は精霊石の力を、槍の一振り、一突きにのせていた。     その一振りで、四・五人がなぎ倒されていくのだ。

 柳緑はついにその力の使い手の正体を見た。

 それは、なんとあのレ・ナパチャリだった。

「小僧!お前はその程度か!思った通りだの!戦士気取りの軟弱者が!」

 レ・ナパチャリがそう言って柳緑を嘲笑ったような気がした。

 その瞬間、柳緑が切れた。

 花紅が長年かかって癒し、柳緑もその為に努力した傷口が、今完全に開いたのである。

 柳緑の口から咆哮が迸った。

    愛も情もない、快感が付随した身体の芯からのどす黒い怒り・破壊欲の噴出。

 もう柳緑は柳緑でなくなっていた。

    プロテクトスーツが中身の人間のことを完全に忘れ果てて暴走する……いや、この場合、プロテクは只、主人の本能に忠実だった云う事になるのか?

     ………………………………………………………………

「りゅうり!柳緑!目を覚まして!」

 何処かで誰かが柳緑を呼んでいた。

 花紅だった。

 花紅は戦闘に入る前に、強制終了させたはずだが、その花紅が緊急措置的に再起動していたのだ。

「かこう、、、俺は。」

「またやっちまったね。、、でも今回は仕方ないな。りゅうり でなくてもそうなる。」

 柳緑はやがて、自分の周囲に見知った顔が揃っているのを知った。

 レ・チャパチャリもいる。チュンガライもいる。プーラもいる。遊牧の民の戦士達も大勢いる。

 それに対して、地上に立っているレプタイルズは一人もいなかった。

 だがレ・ナパチャリの顔が見えなかった。

 チュンガライが厳しい顔をして柳緑の足元を見ていた。

 もしや!と思って柳緑は、自分の視線を足元に落とした。

 そこに目を見開いたままのレ・ナパチャリの無惨な死体があった。

「ナパチャリ、、、あんた。俺なんかの為に。」

「柳緑、それ以上何も言うな!涙を流したら、俺がお前をぶちのめす!レ・ナパチャリは戦士として誇り高く死んだんだ!そして俺達は、レ・ナパチャリのお陰で、この闘いに勝利した…。」

 普段冷静なチュンガライが珍しく、感情を剥きだしにして言った。

「勝利?チュンガライ。…どうもそれは…違うようだ。ここは全軍、待避させよう。今すぐ引くんだ!」

「チャパチャリ、何を言ってる!いくらお前でも、ゆるさんぞ!」
 ズラリと剣を抜きかけたチュンガライを、プーラが止めた。

「チュンガライ!あれを見ろ!レ・チャパチャリが言っているのは、あれの事だ。」
 プーラが指を指す先に、怪異が起こっていた。

 彼らが集まっている地点から少し離れた場所に積み重なっていたレプタイルズ達の死体が、モゾリと動いたのだ。

 そして見る間に、多数のレプタイルズの死体がゾロリゾロリと立ち上がり始めた。 
 しかも手には剣などの武器を握っている。
 だが胴体を両断されたり、首を撥ねられた死体はそのままだった。

「蘇りだよ!奴ら、あれを見せ付けようとして我々全軍がここに揃うの待っていたんだ。プーラ!ここへの後方の軍を止めろ!全軍即時撤退だ!」 
    チャパチャリが唸るように言った。

「プーラ!従うな、止めろ!レ・ナパチャリが死を賭けて得た勝利だぞ!たとえ相手が死者でも俺達は勝てる!勝機を逃すな、兵をまとめて一気に攻め抜け。見ろ!首を取られた奴らは生き返ってはいない!」
 思いも掛けず、チュンガライが食い下がる。

「…そうではないチュンガライ。私が懸念しているのは、恐怖だ。これ以上、兵達が恐怖に感染しないうちに、全軍を引き上げるんだ。プーラ!私に従え!千人隊長の資格とはなんだ!?私は イェーガン様が戦場に使わせし者だぞ。レ・ナパチャリ亡き後、私が千人隊隊長だ!」

    イェーガンの名をここまで己の口から権力の証として明示的に使う事には大きな責任を伴う。
   それを今、チャパチャリはやったのだ。

「判り申した、レ・チャパチャリ!」

    プーラが胸の石に手をかざした。
    それは忠誠の証だった。

「チュンガライ!行くぞ!」
 レ・チャパチャリの命にチュンガライは一瞬、顔を歪めたが、直ぐに馬に飛び乗り馬首を撤退の方向に返した。

「柳緑!カブを捨て俺の後ろに乗れ!」 
    チュンガライは、馬を走らせる前に柳緑へ声を掛けた。

   チュンガライは単に撤退の速さを言っているのではない、自分の背後にいれば仲間の戦士達がお前を守ると伝えたのだ。

「駄目だ!俺は俺のカブで帰る!」

「馬鹿な!そんな暇が何処にある!そんな余力が今のお前の何処にある!」

「もう良い!チュンガライ!捨て置け!それが柳緑の選択だ!」

 走り始めた馬を一時止めて、レ・チャパチャリが振り返ってそう言った。


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